第五十話 対馬沖海戦
対馬沖。
夜の海は黒々とした帳に覆われ、波が低く唸る。
俺が率いる20艘の船団は、静かに波間に揺れながら、豊臣水軍と対峙していた。
船の甲板にはポルトガル製のカルバリン砲が鈍い光を放ち、俺の盟友――堤伊与、蜂楽屋カンナ、次郎兵衛、石川五右衛門――がそれぞれの持ち場で準備を整えている。
空気は張り詰め、まるで嵐の前の静けさだ。
やがて、だ。
豊臣水軍、その先頭から、15艘の船団が、まるで飢えた狼の群れのように突進してきた。
「ついに来た! みんな、始まるぞ!」
「あの船にいるのは――見覚えがある、脇坂安治だ」
五右衛門が吠えた。
「脇坂か。水軍の扱いにおいてはなかなかの強者だ。もう名護屋に来ていたのか」
信長公の時代から織田家臣として活動し、やがて明智光秀の与力となったあと、秀吉の家来となって転戦した歴戦の家来だ。信長公の没後は賤ヶ岳の七本槍として勇名を馳せたこともある。
「脇坂とは何度か話をしたことがある。……やりにくいな」
と、伊与が言った。
それは俺も同感だったが、
「もはや覚悟の上だ。まず脇坂船団を撃破しなければ、秀吉のところまでは辿り着けない!」
そのとき脇坂船団が、いっそう激しい速度で近づいてきた。
「脇坂め、猪突猛進か!」
俺は船の舳先に立ち、カルバリン砲の照準を自ら確認する。未来の知識が、俺の頭の中で火花を散らす。
脇坂は、史実では朝鮮出兵で活躍した水軍の名将だが、見る限り、まだ水軍の編成が不完全だ。船は主に木製の関船や安宅船で、武装は火縄銃や弓矢が主体だ。対して俺のカルバリン砲は、購入した上、俺が整備を加えた特製の品で、射程約6キロメートル、18ポンドの砲弾を撃ち出す怪物大砲だ。
この射程距離なら、奴らに反撃の余地はない。
「全船、カルバリン砲、準備!」
俺の声が船団に響き渡る。
甲板の兵たちが素早く動き、火薬を詰め、砲弾をセットする。
そのときカンナが叫んだ。
「弥五郎、脇坂さんの船がもうすぐ射程に入るばい!」
「焦るな、カンナ。奴らの速度は計算済みだ」
俺は脇坂の船団を観察する。
15艘の船が、風を背に受け、帆を張って突進してくる。
だが、その陣形は直線的で、密集しすぎている。史実の脇坂は、朝鮮の亀船相手に苦戦した記録があるが、この時点ではまだその経験がない。その分、動きが甘い。……いける!
「射程に入った! 全船、撃て!」
俺の号令が海を切り裂く。
ドドン! ドドン!
20艘の船から一斉にカルバリン砲が火を噴き、海面が震える。
砲弾が弧を描き、脇坂の船団に直撃する。最初の船が木っ端微塵に砕け、甲板が炎に包まれた。敵兵たちの悲鳴が、波の音をかき消す。
「うおおっ! 当たった!」
次郎兵衛が拳を振り上げる。
「アニキ、さすがッス! 強いっ!!」
「まだだ! 油断するな、撃ち続けろ! 奴らを近づけるな!」
俺は叫び、砲手たちに指示を飛ばす。脇坂の船団は、予想通り混乱に陥る。カルバリン砲の射程外から反撃できない彼らは、ただ標的になるしかない。2艘目の船が砲弾で船首を吹き飛ばされ、傾きながら沈没。海面に木片と兵士が浮かんでいく。
だが、脇坂は簡単には諦めない。
「進め! 敵の砲撃を恐れるな!」
彼の声が遠くから聞こえる。史実でも、脇坂は大胆な突撃で知られた男だ。残りの船が散開し、ジグザグに動きながら距離を詰めてくる。……見事な動きだ。さすがにやる。敵の火縄銃の射程に入れば、俺の船団も無傷ではいられない。
「俊明、敵が近づいてくる!」
伊与が刀を握り、鋭い目で海を見つめる。
「このままでは、火縄銃の射程に入るぞ」
「分かってる。だが、奴らの船はまだ密集してる。もう一撃だ!」
俺はカルバリン砲の角度を微調整し、風向きと波の動きを計算する。21世紀の気象学と物理学の知識が、俺の頭の中で戦術に変わる。
「右舷の船、30度右に照準修正! 左舷は10度左! ……よし、撃てえ!」
再び轟音が響き、砲弾が脇坂の船団を襲う。3艘目の船の帆が吹き飛び、甲板が炎に包まれる。兵士たちが海に飛び込むが、海は冷たく、助かる見込みはない。すまん、本当にすまん、と俺は心の中で謝った。
なお脇坂の旗艦はまだ動いている。
だが、陣形は崩れ、統率が乱れている。
「アニキ、脇坂の船が10艘は沈んだッス! 残りは5艘!」
次郎兵衛が叫ぶ。
「よし、このまま押し切る! ……ごほっ、ごほっ……く……」
「弥五郎、どうしたとね?」
「……海の水しぶきを、軽く飲んじまっただけさ……」
俺は拳を握るが、胸の奥で咳がこみ上げる。くそっ、なんでこんなときに……。
……大丈夫だ。俺はかぶりを振って咳を飲み込み、船団に次の指示を出す。
「カルバリン砲、連射! 脇坂の旗艦を狙え!」
だが、その瞬間、脇坂の船から火矢が放たれた。空を赤い筋が切り裂き、俺の船団の1艘に命中。帆が燃え上がり、甲板が炎に包まれる。
「消火しろ!」
俺は叫ぶが、脇坂の船がさらに接近し、火縄銃の銃声が響く。
バン! バン! 俺の船の兵が1人、肩を撃たれて倒れる。
「弥五郎、火矢がきよるばい! このままじゃ船が燃える!」
カンナが叫び、甲板を走り回って消火を指揮する。彼女の金髪が太陽光の下で揺れる。
「くそっ、脇坂め、しぶとい……!」
俺はリボルバーを手に取り、甲板の端に立つと、脇坂の旗艦に立つ兵を狙う。俺の目が、敵の動きを捉える。
「そこだ!」
バァン!
リボルバーの銃弾が、脇坂の旗艦の舵手を撃ち抜く。
船が一瞬制御を失い、波に揺れる。
「いまだ! カルバリン砲、集中砲火!」
俺の号令で、砲弾が脇坂の旗艦に直撃。船体が真っ二つに割れ、海に沈む。脇坂の悲鳴が、海にこだまする。
「脇坂が沈んだ!」
五右衛門が笑う。
「さすがだね、弥五郎!」
「まだだ。秀吉が本命だ!」
俺は息を整え、水平線を見つめる。脇坂の15艘は全滅したが、さらに豊臣水軍の船団が迫ってくる。あの旗印は、豊臣水軍の主力――九鬼嘉隆の船団だ!
「全船、前進! 次は九鬼を打ち倒す!」
九鬼嘉隆率いる20艘。
史実でも織田信長の水軍を支え、朝鮮出兵で船団を率いたとされる名将。その船団が、まるで海の獣のように静かに、しかし確実に迫ってくる。
「さすが九鬼だ。船の扱いに長けている」
俺は舳先に立ち、敵の動きを捉える。九鬼の船団は、脇坂の猪突猛進とはまるで違う。大型の安宅船と小型の関船が混在し、波を読み、風を巧みに利用してジグザグに進む。カルバリン砲の射程を避けるように、射程外を縫う動きだ。
「久助と共に、毛利水軍を壊滅させただけはあるよな……」
九鬼は、我が友、滝川一益と共に1578年の第二次木津川口の戦いで鉄甲船を駆使し、石山本願寺の水軍を壊滅させた男だ。その戦術能力は侮れない。
それに九鬼と俺は何度か話したことがある。多くの交流はなかったが、それでも気風のいい人物だったことは覚えている。脇坂のときと同じだ。どうにも、やりにくいものだが……。
「弥五郎、まずいばい! 九鬼さんの船団に囲まれるよ!」
カンナが甲板を走りながら叫ぶ。彼女の碧眼に焦りが宿る。
カンナの言う通りだった。九鬼の船団が扇形に広がり、俺の船団を包囲する動きを見せているのだ。
「落ち着け、カンナ。大丈夫、武装ではこちらのほうが上だ。――全船、カルバリン砲、撃て!」
ドドン! ドドン!
海が震え、砲弾が空を切り裂く。
だが、九鬼の船団は素早く散開し、砲弾をかわす。1艘の関船に命中し、帆が炎に包まれるが、他の船は巧みに距離を保ち、じわじわと包囲網を縮めてくる。
「ちくしょう、読みが深い。さすがは九鬼だ、やってくれる……!」
「俊明、敵はつねに射程の外にいる。カルバリン砲だけでは勝てんぞ」
伊与が刀を握り、鋭い目で海を見つめながら言った。
「分かっている。なら、こちらも一計を案じる」
俺は甲板に膝をつき、改良した火縄銃――ライフリングを施した特製の銃――を取り出す。俺の銃は螺旋状の溝で弾道を安定させ、射程を約200メートルまで伸ばしている特製品だ。揺れる船上での狙撃は難しいが、大丈夫、俺ならできる。
「ライフリングの銃を用意しろ。カンナ、弾を補充してくれ!」
俺は叫び、船の先端に伏せる。
波の揺れ、風の向き、船の傾き――
すべてを計算に入れた。
九鬼の船団が、カルバリン砲の射程外で弧を描きながら接近してくる。
その甲板に立つ敵兵を、俺の目が捉えた。
「もう少しこっち……揺れているのが面倒だが、慣れた。ちょいこっち、ちょいこっち……そう、そこ!」
バン!
銃弾が風を切り裂き、九鬼の船の舵手を撃ち抜く。船が一瞬制御を失い、波に揺れる。
「ひとーつ!」
俺は次の弾を装填し、別の兵を狙う。
バン! 甲板の火縄銃手を撃ち倒す。
「ふたーつ!」
「さ、さっすが弥五郎やねえ……!」
カンナが弾と火薬を運びながら驚嘆する。
だが、九鬼は動じない。
「不用意に近づくな! 山田弥五郎は天下無双の鉄砲の名手ぞ!」
彼の声が海を越えて響く。
「名手といっても、外海の上で、この揺れで、この距離で、当ててくるというのはもはや怪物でございます!」
「その怪物さ! ゆえに、殿下も重用されたのだ。だが、退くな! 九鬼水軍の力を見せつけてやるのだ。……竹束を用意せい、山田の鉄砲はこれで防ぐ!」
九鬼の船団が竹束を盾に構え、俺の狙撃を防ぎ始める。史実でも、九鬼は竹束や板で船を防御する戦術を使った。
バァン! 俺の銃弾は、竹に弾かれ、防御された。
「くそっ、本当にやる……!」
俺は舌を巻いた。
九鬼の船団は、包囲網をさらに縮め、近づいてくる。バン! バン! 敵の火縄銃が火を噴き、俺の船の甲板に弾が突き刺さる。兵が1人、肩を撃たれて倒れる。
「アニキ、こりゃまずいッス! 包囲される!」
次郎兵衛が叫ぶ。
「まだだ! 九鬼の動きを乱す!」
俺は特製の散弾――弾丸に小石を詰めたもの――をライフリング銃に装填する。
はるか昔、大樹村がシガル衆に襲われたときに使った弾丸を再現したものだ。
これなら威力は低いが、広範囲を攻撃できる。
「これでどうだ!」
バァン! 小石の散弾が九鬼の船の甲板の一部に降り注がれぎ、兵たちが混乱する。
「新しい武器か!?」
と叫ぶ声が聞こえる。
だが、九鬼は冷静だ。
「惑うな! 石ころを撃ってきただけだ、当たっても大したことはない! ……いいか、これは勝てる船いくさだ。怖いのは山田弥五郎ただひとり。他はどうということはない。竹束を構え、ゆっくり迫れ! 敵の大筒に狙われないようにだけ気を付けよ!」
九鬼の船団が、まるで網のように俺の船団を包み込む。カルバリン砲の砲弾は、撃ち放っても、九鬼の船のすぐ横に落ちてしまう。……九鬼め、こちらの大砲の射程を完全に読んだな!? やつもやはり怪物だ……!
そのとき、九鬼船団から火縄銃が撃たれた。敵の反撃が始まったのだ。さらに火矢も鼻垂れる。俺の船の帆が火矢で燃え、甲板が煙に包まれる。
「消火しろ!」
「はいな!」
カンナが走り回り、火を消して回り、また彼女が兵たちに指示を飛ばす。だが、敵の包囲は完成間近だ。
「俊明、このままじゃやられるぞ!」
伊与の声が鋭い。彼女もまた、敵の火矢を切り落としながら戦っている。
「まだ終わらん! 全船、集中砲火! 包囲の右側を崩せ!」
カルバリン砲が一斉に火を噴き、九鬼船団の右翼の船2艘が炎に包まれる。だが、九鬼の統率力は揺るがない。「退くな! ここが踏ん張りどころぞ!」彼の声が兵を鼓舞し、包囲網はなおも縮まる。俺の船団は、まるで檻に閉じ込められた獣のようだ。
九鬼嘉隆率いる20艘の船団が、巧妙な機動で俺たちを包囲しつつあった。そのくせ、こちらのカルバリン砲はなかなか命中しないのだ。やつらめ、船の扱いが巧みすぎる……!
「弥五郎! カルバリン砲の残りの弾と火薬が、もう最初の半分以下ばい! このままじゃ持たん!」
カンナが叫ぶ。
俺は、激しく舌打ちした。
「こんなときに、久助や和田さんや内蔵助がいてくれたら、どれだけ心強いか……」
思わず、つぶやいてしまった。
弱音だ。……だめだ! 大将がこんなことでは。弱さは、忘れろ!
このいくさは、俺が始めたいくさだ。俺が、生きている俺の仲間と、最後まで戦うべきいくさだ!
俺は九鬼水軍を睨みつけた。
「かくなる上は……接近戦を仕掛ける!」
俺は九鬼の船団を観察しながら言った。
大型の安宅船が中心に構え、小型の関船がその周りを素早く旋回している。
「俺の船を前進させろ! 九鬼水軍の船に殴りこむぞ!」
「俊明、無茶だ!」
伊与が叫ぶが、俺は首を振る。
「九鬼は俺たちが大砲や鉄砲の攻撃に頼っていると思い込んでいる。だからこそ、一気に近づいて攻撃すれば必ず打ち破れる!」
「九鬼の火縄銃の的になるだけだ!」
「ならば、オトリの船を出す。……もう1艘、船を前に出せ。カルバリン砲を発射させながら同時に前進するんだ。その船に九鬼が注目しているうちに、殴りこむ!」
「伊与、うちは弥五郎に賛成だ。このままじゃジリ貧だ。賭けになるが、突っ込んでみるべきだ!」
「……五右衛門までそう言うなら、わかった! 私も俊明の賭けに乗ろう!」
「よし! ――全船、砲弾を撃ちまくれ! ……その間に俺の船とオトリ船は前へ……!」
俺の号令に、船団が動き出す。
俺の旗艦と、もう1艘の船が、九鬼の包囲網に突っ込む。敵の火縄銃が火を噴き、弾が甲板に突き刺さる。火矢が帆を燃やし、煙が視界を覆う。だが、俺は怯まない。
「進め! 九鬼の旗艦を狙え!」
九鬼の船団が、俺の突進に一瞬動揺する。だが、すぐに反撃が始まる。バン! バン! 火縄銃の弾が俺の船の甲板を叩き、兵が1人、胸を撃たれて倒れる。
その瞬間、俺の船の隣を進んでいたオトリ船が、九鬼の焙烙玉――火薬を詰めた爆弾――の攻撃を受ける。史実でも、九鬼は焙烙玉を多用し、敵船を炎上させた。ドカン! 爆発音が響き、船が炎に包まれる。甲板が傾き、兵たちが海に投げ出される。
「退避しろ!」
俺は叫ぶが、九鬼の船がその隙を突いてさらに接近してくる。包囲網が完成しかけている!
「アニキ!」
次郎兵衛が叫ぶ。彼の忍び装束は汗と硝煙で汚れ、だがその目はまだ闘志を失っていない。
「大丈夫だ! これが狙いだったんだ!」
俺は叫び、甲板に立つ。
敵の砲火を潜り抜け、俺の乗る旗艦は、ついに九鬼船団に隣接した。
「よし、このまま白兵戦で決める! 伊与、五右衛門、次郎兵衛、いくぞ!」
「心得た!」
伊与が刀を抜く。
彼女の黒髪が夜風に舞い、戦士の気迫が全身から溢れる。
「よっしゃ! 久々の大仕事だ!」
五右衛門が短刀を閃かせ、まるで夜の精霊のように軽やかに動く。
「合点ッス! アニキの為なら、命を賭けるぜ!」
次郎兵衛が縄と鉤を手に、忍びの技を繰り出す準備をする。
その他にも俺の家来たちがそれぞれ得物を手にした。
旗艦に乗っているのは、神砲衆の中でも特に精鋭の者たちばかりだ。秀吉と敵対してもなお、マカオまで俺についてきてくれた、共に戦ってきた家来たち。彼ら彼女らが、九鬼の船に飛び乗る。
俺の旗艦が九鬼の旗艦に隣接し、縄と鉤が敵船に引っかかる。ドン! 船がぶつかり、甲板が揺れる。
「突撃ィ!」
俺の号令に、兵たちが一斉に敵船に乗り込んだ。
伊与の刀が閃き、九鬼の兵を薙ぎ倒す。敵兵が火縄銃を構えるが、伊与の刀が一瞬早く、銃手を斬り倒す。
「俊明、道を開ける! 進め!」
五右衛門はまるで影のように動き、短刀で敵の喉を切り裂く。
「へっ、九鬼の兵よ、動きが鈍いねえ! はい、こう! もういっちょ、こう!」
彼女の短刀が閃くたび、敵兵が倒れる。
次郎兵衛は縄と鉤を使い、敵船の帆を切り裂く。忍びの軽やかな動きで甲板を駆け回り、敵の火縄銃手を背後から仕留める。
「アニキ、この船の帆を落としたッス! これで動きが鈍るぜ!」
「よし!」
俺はリボルバーを手に、射撃を行う。
バン! バン! 九鬼の兵が次々と倒れる。
九鬼の旗艦は混乱に陥るが、九鬼自身は冷静だ。
「退くな、惑うな! ここがふんばりどころぞ!」
彼の声が兵を鼓舞し、反撃が始まる。火縄銃の銃声が響き、俺の兵が1人、肩を撃たれて倒れる。さらに焙烙玉が投げ込まれ、甲板が炎に包まれる。状況は一進一退だ。
その隙に、味方船がカルバリン砲を撃ってくれた。
ドドン! 砲弾が九鬼の旗艦に直撃し、船体が半壊する。火薬に火がついたのか、船は炎上を始めた。
さらにもう1艘の敵船が、味方船の放火を浴びて炎に包まれ、海に沈んでいく。
包囲網の一部が崩れ、九鬼の船団は旗艦を失い、大混乱に陥る。
「九鬼を倒したか!?」
どこからか、伊与の雄叫びが聞こえたが、
「まだだ! 奴はしぶとい!」
俺は叫び、炎上する九鬼旗艦の船上を見つめる。
煙でよく見えないが、九鬼の声が響く。
「山田弥五郎、さすがだ! だが、わしも織田信長公の家臣だった男! ここで終わると思うな!」
「悪いが、終わらせてもらう!」
すでに俺の戦略は次の段階に入っていた。
「みんな、いったん味方船に戻れ!」
俺の命令により、伊与たち仲間はみんな、味方船に戻った。
九鬼船団の包囲網は崩れかけていた。俺はそれを確認すると、
「全船、包囲網から脱出しながら左右に大砲と銃を撃ちまくれえ!」
ドドン、ドン、ドン、パン、パン、パァァン!!
動きが鈍っていた九鬼水軍包囲網を、縦に並んで脱出する山田船団が砲撃しまくり、九鬼水軍を壊滅させていく。九鬼水軍は8艘が沈み、さらに残りの船も半壊状態となり、戦闘能力を失った。
「アニキ、やりました! 九鬼の船はもう残り少ないッス!」
次郎兵衛が叫ぶ。
「よし、このままこの海域から離れろ。そして一気に秀吉の旗艦に迫るぞ!」
俺は叫び、水平線を見つめる。
30艘を超える豊臣水軍が、まだ無傷のまま、横綱のようにどんと構えているのだ。
「弥五郎。カルバリン砲の弾と火薬が切れたばい。これ以上は……!」
「分かっている。だが、ここで退くわけにはいかない!」
俺は拳を固く握りしめ、さらなる指示を全船にくだした。
「次の敵は豊臣秀吉だ! 全船、前進!!」




