第四十三話 北条氏滅亡、……そして
豊臣秀吉は聚楽第の奥深くにて、幼い長男・鶴松の寝顔を見つめていた。
まだ赤子でしかない我が子。
ふっくらとした頬に柔らかな笑みを浮かべ、まるでこの世の憂いを知らぬかのように眠っている。
弥五郎から聞かされていた、自身と茶々(淀殿)の間に生まれる長男。存在は知っていたが、本当に生まれたとなると、秀吉の心はいよいよ高ぶり、また慈愛に満ち満ちていくのだ。
「可愛いのう……これが息子というものか。ほんに、愛らしい……」
秀吉の声は、普段の威厳ある関白のそれとは異なり、柔らかい。
しかし、その眼差しには深い憂いが宿っていた。
弥五郎から聞かされた我が子の運命が、秀吉の心を重くしていた。
「鶴松は幼くして死ぬ」
弥五郎から聞かれたその言葉は、秀吉の胸に突き刺さったまま離れなかった。未来を知る弥五郎の言葉は、まるで神の啓示のように重く、秀吉の行動を縛っていた。
「死ぬ、かもしれぬ。だからといって、この子をほったらかす阿呆もおらぬわ」
秀吉はすでに、鶴松の命を守るため、あらゆる手を尽くしていた。
名だたる薬師を常につけ、贅沢な食事と衣服を与え、病魔が寄り付かぬよう祈祷まで行わせた。
だが、秀吉の心にはもう一つの大きな計画があった。
「やはり、朝鮮には兵を出す……」
秀吉は独りごちた。
弥五郎から聞かされた未来では、朝鮮出兵が豊臣政権の衰退を招くという。
しかし、秀吉にとって出兵は、単なる野心や国益のためではなかった。弥五郎が語った「豊臣秀頼が生まれる文禄2年(1593年)」を確実なものにするため、史実通りの道を歩まねばならなかった。
もし出兵をやめたら、秀頼が生まれない未来が訪れるかもしれない――
そんな恐怖が、秀吉を突き動かしていた。
皮肉なことに、鶴松が生まれたことで、その思いはいっそう強くなっていた。
(この愛らしい笑顔が、もうひとり生まれるかもしれんのだ。その笑顔がなくなる未来など、わしは許容できん!)
まだ見ぬおのれの子供のために、誰かの子供を殺戮する。
それはとてもおかしな理屈だと、秀吉の明敏な頭脳は当然、理解していたが、理解を通り越した感情が、秀吉の中を支配している。
「わしは、秀頼に会わねばならん。そのためには、何を犠牲にしても……」
その頃、遠くマカオの地にて――
俺は病床にいた。
とにかく咳が止まらない。
身体がやけに硬い。常にどこか熱っぽい。この体調がすでに年単位で続いている。
それでも、俺は商いをやめなかった。病室の中から、樹や牛神丸に指示を出し、よく利益を出した。牛神丸は特によく動く我が子だ。黒田家で鍛えてもらった甲斐があった。ときには俺以上の商才を見せて、多大な収益をあげてくれる。ありがたい限りだ。
そんな、我が子のありがたさを感じながらも、俺は――
いま俺の部屋には伊与がいる。
「ごほっ……ごほっ……。……藤吉郎がまもなく朝鮮に出兵する。多くの人が死ぬ。そして、その先には豊臣の破滅が待っている……」
そこまで言うと伊与が、俺の手を握りながら言った。
「俊明。あまりしゃべるな。無理をするな。お前の身体はもう……」
「無理でもやらねばならん。藤吉郎を止めねば、豊臣は滅びる。多くの民が苦しむんだ……」
それにしても俺は、ことしで満年齢51歳という年齢を痛感していた。
身体のどこかが常に痛む。死にかけたことは何度もあるが、こうも年単位で体調が回復しないなんてことはなかった。
対して、伊与は同い年とは思えぬ若々しさで、剣士としての鋭さを保っている。髪も黒く、40歳くらいにしか見えない。握ってくれるその手のひらも、とても柔らかく、温かい。
そこへ、カンナが部屋に入ってきた。
こちらもせいぜい40歳くらいにしか見えない若々しさで、明るい顔をしている。
「弥五郎、言われた通り、金銀の準備ができたばい。それで、これをどうするん?」
「よし……その金銀を九州の諸大名に送れ」
「送る? 送ってどうするん」
「文をつけるんだ。金銀を与えるから、秀吉の出兵命令を拒否してほしい、というんだ。拒否できないなら、船をわざと壊すとか、やり方はいくらでもある」
俺がそう言うと、カンナは首をかしげた。
「そんな頼みを、諸大名が引き受けるかいな?」
「おそらく、ほぼ聞かん」
「へ? や、やったら、なんで……」
「そこから噂を流すんだ」
俺は説明した。
「『九州の諸大名は山田弥五郎から金銀を受け取り、内通した』という噂だ。そうすれば、豊臣政権の中に疑念が生まれる。本当に内通したかもしれない、とな。肥後の一揆の件だってまだ藤吉郎たちの記憶には新しいはずだ。藤吉郎は調査に乗り出す。そうすればその間、朝鮮出兵への時間を稼げるだろう……」
俺は、これが名案だと信じていた。
数か月でも、秀吉の出兵が遅れたら、その分、あいつを説得するチャンスが生まれると思ったのだ。
だが、伊与とカンナは顔を見合わせ、渋い表情を浮かべる。
「弥五郎。……あんた、ちょっと……やっぱり、疲れとるよ」
「なんでだ……」
「そんな噂を流して、その結果、関白が怒り、九州の諸大名やその家来が無実の罪で処罰されたらどうなる? 誰かが切腹や斬首をたまわるかもしれないぞ」
伊与は、怖い声で、しかしどこか俺を憐れむようなまなざしをしている。
「朝鮮出兵という大乱を阻止するためとはいえ、敵でも悪でもないひとびとに、財宝をばらまいたり、間違った噂を流そうという策は、……上策とはとても思えない」
「…………」
俺は、無言。
また、数秒間、せきこんだ。
すると、カンナが、
「弥五郎。あのね。……少し前から思うとったんやけれど……もうええんちゃうかな?」
「……もういい、とは……?」
「あんたはこのマカオで、お金がある。あたしたちもいる。……もうここで、ゆっくりと暮らしてもええんやないかな……」
「…………」
カンナの顔は真剣だった。
「朝鮮出兵、豊臣氏の滅亡。……悲劇やろうけど、それを全部、あんたが背負い込む必要はないやろ。これからの未来は、関白――藤吉郎さんと、豊臣の家来と、日ノ本の民がそれぞれ決めて、作り上げていくものよ。やからあんたはもう、マカオで平和に暮らしたらどうやろうか。……あたしたちと一緒に……」
「…………」
俺は天井を見上げた。
カンナの言葉は、確かに心に響いた。
マカオでの暮らしは平和で、家族と共に穏やかな日々を送ることも可能だった。
だが――
「確かに虚言策はやりすぎだな。それは取り消そう。俺に焦りがあった」
と、認めたうえで、
「しかし……やはり俺は、なんとしても藤吉郎を止めたい」
そう言った。
「若いころからの友なんだ。あいつの破綻を知りながら、見過ごすことはできない」
と言いつつも、どうすれば秀吉を止められるのか、作戦が思いつかなかった。
秀吉の目的は「豊臣秀頼の生誕」。
そのために史実をなぞろうとしている。
私利私欲でも国益でもない理由で出兵を考えている。
となると、どうやってそれを止められる?
あのとき、秀吉に、未来のことを話すべきではなかった。心底、そう思う。……伊与やカンナや、あの信長公が、俺が未来人であることをよく理解してくれたために、心のどこかに油断があったんだ。話しても大丈夫だ、という。
「……くそっ!」
「俊明」
「……かくなる上は、俺はもう一度、日本に戻る!」
「弥五郎。やめりいよ、その身体で! それに藤吉郎さんに見つかったら、殺されるか、最低でも幽閉よ!」
「それでも俺自身が行かなくては。……内蔵助の一件もある。あれは俺が自分で行くべきだったんだ」
盟友の佐々成政がこの世を去った。
あのとき、俺が日本にいれば、あんなことにはならなかったんだ。
「いまならまだ間に合う。命をかけても、藤吉郎を止める――」
「アニキ。やっぱりお疲れのご様子ッスねえ」
そのとき、部屋に次郎兵衛が入ってきた。
「次郎兵衛」
「僭越ながら、関白説得のお役目、この次郎兵衛にお任せ願えませんかね?」
「な……」
「なにを……」
俺も伊与もカンナも顔を見合わせた。
「無茶だ、次郎兵衛」
伊与が言った。
「お前はそんなに弁舌が得意でもあるまい。お前が単身で関白の前に行ったところで、話を聞いてもらえるものか」
「そうよ。やったら、あたしも行く! あたしやったら、まだ藤吉郎さんは聞いてくれるかもしれん!」
「いや、アネゴたちはアニキについていてくださいよ。……ここはあっしがいきやす。……日ノ本には五右衛門もいるんスから。合流して、ふたりして関白の寝床に忍び込んで……なんとしても説得します」
「次郎兵衛……」
俺は顔を一瞬伏せたが、やがて首を振り、
「よせ。捕まるか、殺されるだけだ。お前はマカオにいろ」
「実はねえ、マカオは少しばかりヒマなんスよね。あっしのような忍びができる仕事は、そう多くはねえし……。だったら日本に戻って、忍びとして最後の働きをしたいと思いやして」
「最後の……?」
「あっしも、もうご覧の通りですんで」
次郎兵衛は、髪の毛をかきむしった。
白髪が、ずいぶん混ざっている。
「体が動くうちに最後のお勤めを果たしたいんです。……アニキたちの話を聞いていてね、あっしだって、戦いたくなったんだ……なにか、こう、運命のような巨大なものにたいして。自分の働きで、絶望的な未来が変わるかもしれねえなら、男としてこんなにやりがいのあるお役目もねえんです。……だから、行かせてもらえませんかね?」
「…………」
俺は、ふと、次郎兵衛と初めて会ったときのことを思い出した。
甲賀の、和田惟政さんの家来として現れた、若い忍者、次郎兵衛。
滝川一益こと久助とも知り合いだった。……和田さんにも、久助にも、可愛がられていたあの忍びが、いまやマカオから関白のところに向かおうとしている。
次郎兵衛は、仕事をしたくなったんだろう。
忍者として動けなくなる前に、自分ができる、自分なりの、最後の大仕事を。
「……分かった。じゃあ、日本に戻って五右衛門となんとか合流し、ふたりでことにあたってくれ。……ただし無茶はするな。危なくなったら逃げろ。そして絶対に生きて帰ってこい。それが条件だ」
「アニキ! ……ありがてえ! ええ、絶対に生きて帰ってきやすから!」
「よし、行ってこい。武運を祈るぞ!」
次郎兵衛は、一礼してから、部屋を出ていった。
1590年(天正18年)、豊臣秀吉は天下統一の最終段階として、小田原征伐に乗り出した。
関東の雄、北条氏を討つべく、秀吉は自ら大軍を率いて小田原城へと進軍した。
その数は20万を超えるとも言われ、畿内、九州、四国、さらには東海・東国の諸大名が結集した、まさに天下の軍勢であった。秀吉の旗下には、徳川家康、前田利家、蒲生氏郷、石田三成、黒田官兵衛ら名だたる武将が名を連ね、天下人の威光を内外に示す一大軍事行動だった。
小田原城は、北条氏政とその子・氏直が守る難攻不落の要塞として知られていた。城は相模の平野にそびえ、背後には箱根の山々が天然の障壁を形成し、前面には海が広がる。
かつて武田信玄や上杉謙信さえ跳ね返してきた、小田原城を有する北条氏である。過去に関東の覇者として幾度も戦を勝ち抜いてきた自信から、籠城策を選んだ。氏政は城内に兵糧を蓄え、家臣団を鼓舞し、秀吉の軍を迎え撃つ準備を整えた。
「北条ごときが、わしの天下統一を阻むと思うてか。笑止千万じゃ!」
秀吉は、陣を構えた石垣山でそう豪語した。
石垣山は小田原城を見下ろす高台にあり、秀吉はここに一夜にして城を築き上げ、北条氏に圧力をかけた。
この「石垣山一夜城」は、秀吉の戦略家としての才覚を示す象徴だった。
徳川家康は、秀吉の命を受け、城の建設を監督し、その迅速な工事を目の当たりにして舌を巻いた。
「関白殿下の采配、実に鮮やかですな。北条もこれには動揺するでしょう」
家康は、落ち着いた口調で秀吉に進言した。
かつて信長の盟友であり、秀吉にとっての最大の宿敵だった家康は、いまや秀吉の盟友として豊臣軍の要を担う存在となっていた。秀吉は家康の慎重さを信頼し、今回の征伐では家康に大きな役割を課していた。
一方、秀吉の盟友である前田利家も一軍を率いていくさを続けていた。前田利家は北条の支城である八王子城を友軍と共に攻め立て、これを陥落させたのだ。
「ほう、又左め、さすがじゃ。北条の支城を次々に落とせば、氏政も観念するしかあるまい」
秀吉は満足げにうなずいた。
八王子城の陥落は、北条氏の補給線を断つ重要な一撃だった。
家康はさらに続けた。
「氏政はまだ籠城を続けるつもりらしい。兵糧はまだ豊富だとか。長期戦も覚悟せねばなりませぬ」
「ふん、長期戦だと? このわしがそれを許すと思うか。皆のものに命じる。小田原城を包囲し、北条の息の根を止めるのだ!」
秀吉の号令の下、包囲戦が本格化した。
小田原城は、秀吉の大軍に四方から囲まれ、孤立無援の状態に追い込まれた。秀吉は、城の周囲に堀を巡らし、柵を設け、夜襲や脱走を防ぐ厳重な陣を敷いた。家康は、東海道方面の守りを固め、北条の援軍が来ないよう監視を徹底。利家は、北陸方面からの圧力をかけ、北条氏の同盟勢力を牽制した。
籠城戦は三か月に及び、北条氏の士気は次第に低下した。秀吉は、戦闘だけでなく心理戦も仕掛けた。城内に投降を促す文書を矢に結んで射込み、降伏すれば命を保証すると約束した。一方で、北条氏に与した周辺の小大名や豪族には容赦なく攻撃を加え、恐怖を植え付けた。こうした策が功を奏し、北条氏の家臣団の一部は離反を始めた。
「氏政め、そろそろ限界じゃろう。徳川どの、汝の考えはどうじゃ?」
秀吉は、家康を呼び寄せ、戦況を尋ねた。
家康は、慎重に言葉を選びながら答えた。
「北条氏は確かに追い詰められております。関白殿下のご威光を以て、和平を提示すれば、戦を早々に終わらせられるかと」
「ふむ、和平か。確かにそれも一案じゃ。……徳川どの、いくさが終われば汝には関東を与えるつもりじゃ。準備を怠るなよ」
徳川家康は一瞬、目を細めた。
関東の領地がまるまる与えられるとは考えにくい。
おそらく、関東に移封せよ、という意味だろう。それはすなわち、三河・遠江という徳川家の重大な基盤を離れることを強いるものだった。過去、何十年もの時間をかけて切り開き、あるいは守り抜いてきた領土を、あっさりと、捨てよという命令――
家康は、内心、歯ぎしりした。もともと織田信長と同格だった自分が、なぜこうまで秀吉に頭を下げねば、という思いが芽生える。
何十年も前、商人だと身分を偽って、今川領に潜入していた秀吉と、山田弥五郎の顔が、家康の脳裏にちらついた。
あの秀吉が、いまや自分へ頭ごなしに命令を――
何様のつもりで――
しかし。
(辛抱。なにもかも、辛抱)
ひとの一生はときとして、ただ辛抱の一語が必要なときがあるのだ。
生来、短気な家康は、必死に自分へと言い聞かせていた。この感情を処理できるかどうかで、自分の一生があるいは決まるのだと思って――
のみこんだ。
憤怒を。
家康は秀吉の前、表情を変えず、深く頭を下げた。
「関白殿下の仰せ、謹んで承ります」
背中に、ずしんと、なにか、重き荷を背負った気がした家康だった。
その後、この年の7月、ついに北条氏政と氏直は降伏を決意した。
秀吉は、氏政に切腹を命じ、氏直には助命を与えたが、北条氏の領地は全て没収された。
秀吉は、関東八州を家康に与え、伊豆・相模・武蔵・上総・下総・常陸・上野・下野を統治する大大名とした。家康は、江戸を新たな本拠地とし、関東の再編に着手した。
小田原征伐の勝利は、秀吉の天下統一を決定づけた。さらに、奥州の伊達政宗もこの戦いの後に秀吉に臣従を誓った。政宗は、秀吉の陣に参上し、膝を屈して忠誠を表明した。
「伊達政宗、遅ればせながら関白殿下に仕えることを誓います。以後、命を賭して忠義を尽くします」
「遅かったが、許す。政宗、汝の才はわしも認めておる。今後は豊臣の旗下で励め」
秀吉は、政宗の若さと野心を見抜きつつ、その力を利用するつもりだった。こうして、関東から奥州に至るまで、秀吉の支配は盤石となった。
この戦いで、秀吉は冷酷な一面も見せていた。北条氏に与した者や、政権に異を唱える者を容赦なく排除した。
特に、茶人の山上宗二は、もとより秀吉に対して反抗的な態度が目立っていた男だったが、小田原征伐のころ、耳と鼻を削がれたうえで打ち首にされた。
このころ、山上は北条氏のところにいたが、秀吉のもとへ逃れてきた。秀吉は山上を許してやろうとしていたが、山上はそれでも北条氏に義理立てするような言葉を口にしたため、処罰され、命を落としたのである。
「豊臣政権の安定のためには、ああいう反対者は不要じゃ」
秀吉はそうつぶやき、鶴松と、やがて生まれる未来の秀頼のため、政権を盤石にする決意を新たにした。
さらに、秀吉は織田信雄に転封を命じた。織田信雄は尾張清洲から家康の旧領だった三河や遠江に移封されようとした。しかし信雄は「父・信長以来の土地である尾張を譲るわけにはいかぬ」とこれに強く反対した。信雄は怒りの感情を処理できなかった。秀吉は容赦なく信雄の所領を召し上げ、改易とした。
(なるほど、やはり凡愚は土地をなにより愛するわ)
秀吉は信雄の怒りを、別方面から理解しながらも、信雄に対する不愉快さは押さえられなかった。
(逆らわねば、領土を与えたものを。つくづく、自分の立場が分かっておらん)
秀吉は内心でそう思った。
秀吉としては、信長の孫である織田秀信(かつての三法師)には官位と家臣を与え、余裕のある養育をしており、これで織田家への義理はじゅうぶん、果たしているつもりである。
(わしも丸くなったものよ。信長公への忠義は海より深いが、織田家そのものには、大した感情をもっていなかったものが)
これでも世襲について、多少は共感できるようになったからこそ、さほど有能でもない織田家の面々に領土を与えているのだ。
(たとえ鶴松や秀頼が凡愚であったとしても……あとを継いでほしいものじゃからな……)
そして、その秀頼が生まれる未来を求めるために。
聚楽第に戻った秀吉は、朝鮮に使者を出すよう、家来へ命じた。
「わしはこの次、明に攻め入る。その道案内のために、朝鮮は我が指揮下に入るべし」
その瞳は、かつてないほどに輝いていた。
(弥五郎、汝はどこにいる? わしを止めるなら、いまこそ出てこい)




