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戦国商人立志伝 ~転生したのでチートな武器提供や交易の儲けで成り上がる~  作者: 須崎正太郎
第六部 山田俊明編(1582~現在進行中)

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第四十一話 佐々成政の失敗

 マカオの港は熱気に満ちていた。


 帆船のマストが林立しているその港町で、俺たちは確かに富を築きあげていた。


「あたしが交渉したこの絹、ええ値で売れたっちゃんね! どう思う、弥五郎、さすがやと思わん?」


「思うよ。カンナはいつだってさすがさ」


「それだけじゃないぞ、俊明」


 伊与が言った。


「お前の作った武器や道具も、マカオで確かに評判になりはじめている」


 毎度おなじみというか、俺はこのマカオでも、火薬の配合を改良したものや、改造した火縄銃、また簡易な望遠鏡などを製造し、これも売れ始めていた。おかげで俺は、マカオ商人たちの間で『奇跡の日本人』なんて呼ばれ始めている。


 俺の隣では、玉香が夫のレオンと帳簿を眺めていた。


「ワタシ、思うね、この儲けなら船さえもっと増やせるよ。レオン、どう思う?」


「フネ。フネ、いいね。船、買うヨ。オレ賛成!」


 レオンの片言の日本語に皆が笑った。


 だが、そんな笑顔の裏で、俺の頭を悩ませるのは秀吉のことだ。


 九州を平定した秀吉は史実通り、伴天連追放令を出した。


 恐らくこのままいけば、史実通りのルートをあいつは辿る。


「朝鮮出兵……あいつは、やっぱり動き出すつもりだな」


 秀頼に会うために。


 国益でも私欲でもなく、ただ子に会う未来に進みたい一心。


 止めにくい動機だ。


「食い止めるのが難しい」


 と同時に、俺の頭にはまた別の史実が浮かんでいた。


 佐々成政――俺にとって若いころからの親友。彼の命運がそろそろ尽きるのだ。


 九州平定が終わったあと、秀吉は佐々成政に肥後国を与えた。しかし佐々成政はその肥後国の統治に失敗し、秀吉の命令で切腹することになるのだ。


 どうしたものか。手紙でも送って、警戒させるか。……最悪、マカオに逃げてこい、とも言えるが、内蔵助(佐々成政)にも家族や家来がいるからな。そうそう逃げてはこれまいが……


「ん、手紙? ……そうか!」


 俺は次の瞬間、ひらめいた。


「どうした、俊明」


「やってみたい案が出てきた。藤吉郎が出兵を企んでも、大名や兵が動かなければ意味がない。銭の力で食い止めるんだ」




 その夜、俺は家族と仲間を集めて言った。


「俺は日本の諸大名にふみを送る。戦争より交易のほうがものすごく儲かる、とな。藤吉郎が朝鮮に兵を出したいと言っても、諸大名がすべてそれに反対し、交易のほうを推せば、外征はとてもできない」


 そして俺は、レオンのほうに目を向けて、


「同時に、交易で儲けた金を使って、俺は船を買い、船団を作り編成する。最悪の場合はそれで藤吉郎の出兵を邪魔するんだ。仮に朝鮮出兵がない未来になっても、船は交易に使えるし、買って損はない」


「俊明、悪くない考えだと思うが、しかしふみをどうやって送るんだ?」


 伊与が、真剣な目で俺を見る。


「問題はそこだ。誰か日本に戻って、各地の大名や有力者に文を届けてくれる奴がいるか?」


 すると、次郎兵衛が手を挙げた。


「あっしが日本に一度戻りやしょう。商いは苦手ッスけど、文を送りまくるなら、忍びのあっしにゃもってこいのお役目ッス!」


「うちも行くよ。なにせ商売ばっかりで、このところ役目がねえし」


 五右衛門がニヤリと笑う。


「弥五郎を守る役は伊与がいれば充分。商いにはカンナがいる。他の助けも、樹と牛神丸がいれば充分だからね」


「アニキ、商いがどれだけ儲かるか、文に書いてくださいよ。あっしは数字がわからねえけど、戦より商いのほうが儲かるんだってしっかり伝える名文、頼みますぜ」


 次郎兵衛の熱意に、俺はうなずいた。


 諸大名には、こっそり手紙を届けねばならない。


 その役割には確かに、このふたりがうってつけだろう。


「ああ、そうするよ。頼むぜ、二人とも」


 そして翌日から、俺は手紙を書きまくった。


「日本中のあらゆる大名や商人に向けて――紙代だけでも馬鹿にならないな。……俺と親しかった前田利家、徳川家康、黒田官兵衛、松下嘉兵衛……博多の神屋さん、島井さんにも送ろう。もちろん佐々成政にも。


 それと小一郎――豊臣秀長にも一応な……」


 俺は必死になって、手紙の上に、筆を走らせる。


『戦は金と命を食うばかり。交易なら船一隻で銀百貫、絹なら一反で金十貫。俺はマカオでこれを証明した。そっちを選ぶが国家のため、お家のためになにより良し――』


 代筆は使わなかった。


 俺自身の直筆でこそ、きっと伝わるものがある。


 そう思ったからだ。


 特に佐々成政には、若いころからの我が友には、長い手紙を書いて送った。


『自分がマカオに逃げたことは、もうあなたなら承知のことだと思う。言い訳はしない。自分と秀吉の行く道が違い始めてしまった。


 自分はいまでも秀吉個人に友情を感じているが、彼の天下構想には異議がある。秀吉は天下統一後に朝鮮へと外征を行うつもりである。それを自分は承知できない……。


 ところで我が友内蔵助よ、肥後国の統治には苦労をされていると思う……』


 俺は、長々と手紙を書いて、彼の説得にかかった。


『――肥後の統治には時間がかかるので、根気よくやられたほうがいいと思う。本当に難しいときは秀吉によく相談してほしい。また、お金が足りないときは自分がなんとしても都合をするし、マカオとの交易も自分が仲介する。くれぐれも、焦らずに、自分と家の未来を大事にしてほしい。最悪の場合はマカオに逃げてきてほしい。自分といっしょに、また、商売をやろうじゃないか……』


「これで内蔵助の命運を、保てたらいいのだが。……頼むぜ、五右衛門」


「承知した。あんたの書いた手紙は確かに諸大名に届ける。……特に佐々内蔵助には、まっさきに届けるさ」


「任せた」


 俺は五右衛門の肩を、ぽんと叩いた。




 それから――




 肥後国の、隈本城にて。


 佐々成政は、薄暗い部屋で一通の手紙を手にしていた。


 差出人はかつての友、弥五郎だ。


 ある夜、ふと気が付けば、この手紙が自分の部屋に置かれてあったのだ。マカオにいるという弥五郎からの長い文だった。


「五右衛門か、次郎兵衛あたりを使ったか」


 佐々成政は文を読んだ。


 ――自分といっしょに、また、商売をやろうじゃないか……。


 懐かしい筆跡だ。


 若い頃、共に戦った日々が脳裏に浮かぶ。


 弥五郎はいつも奇抜なことを考えていた。火薬を改良したり、妙な道具を作ったり。


 それにしても、秀吉の下を離れ、マカオで商売に転じたという話は耳にしていたが、まさかこんな手紙を送ってくるとは。


「交易。儲け。……マカオへの逃亡」


 弥五郎らしい手紙だ、と思う。


 そして友情にも感謝している。


 ふと、空想した。……家族や親しい家来だけ率いて、マカオに向かい、そして弥五郎たちと共に商売ができたら、どれほど楽しいか。


 昔の自分だったら、間違いなくマカオに向かっていた。


 自分は嫡男ではなかった。佐々家のひやめしだった。家のために、という意識がどこか希薄だった。


(あのころならば、弥五郎と共に商いをしていたのだ)


 だが。


 もういまは、あのころではない。


 佐々成政は手紙を畳み、しばらく目を閉じた。


 自分にはもう、マカオに行けない理由がある。


 それは――




 1587年(天正15年)の夏、豊臣政権の主城として、聚楽第じゅらくていが完成の輝きを放つ。


 金箔の装飾、広大な庭園、能舞台と茶室を備えたこの城は、秀吉の権力と文化の結晶だった。


 秀吉はここで、弟の豊臣秀長と対峙していた。


 そのころ、豊臣秀吉は、刀狩りの政策を進めていた。

 農民たちによる武装蜂起の可能性をなくすため、そして武器を集めて朝鮮出兵に使うためでもあった。


 そして次に、天下一の大茶会である北野大茶会についての準備を進めていた。信長でさえなしえなかった大規模の茶会を開催することで、天下人は秀吉だと、諸大名から商人町人、民衆にまでアピールする必要があったからだ。


 秀長は、仕事の話だけを秀吉としていた。

 弥五郎から来た交易の手紙は、もちろん見ていた。

 だがその中身は、秀吉にすら伝えていない。


(マカオとの交易。まことに魅力的ではある。だが……)


「……それで、小一郎。そろそろ弥五郎から連絡がきたか?」


 そのとき秀吉が突然、そんなことを切り出したので、秀長は驚いた。


「ご存じでしたか。弥五郎どのが私に文を送ってきたことを」


「いや、知らなんだ」


「な……」


「だが、やつならばそろそろ、動きを見せるころだと思うてな。弥五郎の考えることなら、だいたい分かるのよ。マカオとの交易をみんなでやろう、戦は天下統一を最後にやめよう。そんなところじゃろう」


「……ご明察の通りで。さすがは兄上……」


「それで小一郎、弥五郎の文をどう思うた」


「いくさよりも交易、まことに結構と存じます。天下統一のあとは、豊臣はより外国と交易をしては」


「汝までそう思うか」


「は……」


「交易、むろん結構。バテレンは追ったが、交易自体までわしは禁じておらぬ。やるのは大いに構わぬ。じゃが、ひとつ足らんな」


「ひとつ、とは……?」


「…………」


 秀吉は黙した。


 秀長はしばらく沈黙に耐えていたが、やがて、我慢ができなくなり、


「兄上。そろそろ弥五郎どのと仲直りをされては……」


 兄と弥五郎の対立と、弥五郎の逃亡。


 それは豊臣政権そのものにとっての痛手だった。


「わしはいつでもそのつもりだ。じゃが、あいつがいまのわしを許すまい」


 秀吉は天を仰いで、思った。


(弥五郎。交易をエサにして諸大名を釣り、おのれの影響力を高めて、わしの出兵を阻止するつもりか。らしいな。じゃが、その策には大きなしくじりがあるぞ。それがなにか分かるか。分かるまい。小一郎ですら分からなかった……。


 ……汝は、信長公やわしとばかり、つるんでおったのがよくなかったのう……)


 黙り込んだ秀吉に、秀長が怪訝な顔を見せたとき、使者のひとりが飛び込んできて、佐々成政が肥後の統治に失敗したことを伝えてきた。




 佐々成政は、成政なりに、国人――肥後の領主や領民たち――たちの不満が渦巻く肥後の地で、懸命に統治を進めていた。


 弥五郎の助言を完全に無視したわけではない。

 手紙にあった交易の言葉を胸に、国人たちにこう訴えたのだ。


「長崎やマカオとの交易は利益を生む。皆で富を築けるのだ」


 だが、国人たちの反応は冷ややかだった。

 肥後の国人、隈部親永くまべちかながやその一派は、こう囁き合った。


「交易? ふん、儲けてもけっきょくは佐々が独り占めするだけだろう。俺たちの苦労は水の泡よ」


 信頼がなかった。


 佐々成政は織田信長の忠臣として名を馳せた男だが、肥後の在地勢力にとっては、どこまでもよそ者に過ぎなかった。秀吉の命によってやってきた新参の大名が、国人たちの心をつかむのは容易ではなかった。


 交易案は拒絶され、隈部たちは常に佐々家と敵対的だった。


 佐々成政は、なめられてはいけない、とばかりに肥後国を強制的に検地して、肥後の生産高を調べようとした。土地を測り、年貢を定めることで統治を確立しようとした。


 だが、それが裏目に出た。


 国人たちはそれを佐々成政による搾取としか見なかった。隈部親永が挙兵し、一揆の火種がくすぶり始めた。成政は自らの手で鎮圧を試みたが、戦況は悪化する一方だった。




 秀吉は、佐々成政の失敗を聞くと、不愉快そうに眉を曲げ、


「これが佐々内蔵助の限界か。……しかし……。弥五郎、分かるか、汝の失敗、内蔵助の失敗、小一郎の考えの限界、どれも根は同じじゃ。……分かるか……。……小一郎、武将どもを集めい。佐々の尻ぬぐいをしてやろうぞ」


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