表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
295/329

第三十四話 山田弥五郎、謀反

「ひっつかまえよ! 山田弥五郎を! 早くせぬか!!」


 秀吉の命令を受けた侍たちは。

 ゆっくり、ゆっくりと俺に近づいてくる。


 本気だ。

 こいつらは。

 そして、秀吉も――


「待て、お前たち――」


 俺は手のひらを前に突きだす。

 それは、制止の意味を込めての行動だった。


 だが、それがいっそう、相手の侍たちを刺激してしまったのか。

 侍たちは、くわっ、と、険しい顔になってさらに接近してくる。


 俺の胸の内にはリボルバーがある。

 彼らを倒すことは容易だ。

 だが、秀吉に仕える彼らと戦うわけにもいかない。


「くそっ!」


 俺は回れ右をすると、全力で駆けだした。

 逃げる! ひとまず、それしかない!

 俺だって、ここで捕まるわけにはいかないんだ!


「待て、弥五郎――」


 秀吉の声が轟いたが、俺はそのまま疾走を続けた。


 秀吉のことだ。

 すぐに冷静さを取り戻してくれる。

 そう確信して、いまはただ、自分の屋敷に向かって必死に逃げた。


 それにしても、秀吉がこんな行動に出るなんて。

 やはり未来人であることを、打ち明けるべきではなかったか?


 それか、もっと、段階を踏んで――そう、例えば秀頼のことや朝鮮出兵の話は後回しにするべきだったか? 疲れ果てた真夜中に、いっぺんに喋りすぎたか?


「いまさら悔いてもどうにもならん……!」


 俺はとにかく、屋敷に向かって走るのみだ。




 山田屋敷に飛び込んだとき、世界はすでに夜明けとなっていた。

 恐らく、午前6時半くらいだろう。


「伊与! カンナ! 誰か――起きてるか!」


「なんだい、こんな朝っぱらから」


「おう、五右衛門!」


 真っ先に現れたのは五右衛門だった。


「どうしたんだい、血相を変えて」


「話すと長くなる――みんなを集めて……いや、五右衛門、悪いが、朝から一仕事頼めるか? 大坂城内の……藤吉郎の様子をこっそり見てきてくれ……」


「ふわ~あ。どげんしたとね、こんな時間から」


 カンナがあくび混じりにやってきた。

 続いて、伊与、あかり、次郎兵衛と、仲間たちが集合する。


 他には誰もいない。

 好都合だ。


 いや、都合がいいのか悪いのか分からんが……

 とにかく事態を説明するにはいまが最適だ。


「藤吉郎が、未来を知った」


 俺が切り出した瞬間に、全員の顔色がさっと変わった。

 続いて、説明する。


「話すと長くなるが、藤吉郎は俺を捕まえようとしている。藤吉郎の朝鮮出兵に、俺が反対したからだ」


「……なぜ、そんな流れになったのだ……?」


 伊与が険しい顔を見せる。


「また七面倒なことになりそうだね。……分かったよ。うちがちょっくら、城内の様子を見てくる。だから弥五郎、いつでも逃げられる準備くらいはしておきな」


「心得た」


 と言いつつ、俺はひとまずその場にどっかりと座り込み、大きく息を吐いた。


 五右衛門が、出発する。あかりが慌てて「どうぞ」と俺に水を持ってきた。俺は一気にぐいっと飲み干す。


 そして俺は伊与たちに、改めて事態を説明した。

 伊与たちは、がく然として、


「子供が生まれる未来のために、出兵する? そんな名分もなにもない戦を、本当に殿下はなさるおつもりか?」


「……大丈夫よ。藤吉郎さん、思わずカッとなっただけよ。だって、そんな理由で、これまで一緒に頑張ってきた弥五郎を……」


「あっしもそう思うッス。……殺せ、じゃなくて、捕まえろ、なところに藤吉郎のアニキの優しさが見えるッスよ」


 そうだろうか……。


 次郎兵衛のフォローはありがたいが、俺にはそうは思えない。


 未来を知る俺がいればこそ、『茶々が秀頼を産む歴史』に向かって、進むことができる。もしもここで俺がいなくなれば、秀吉は未来を知ることができにくくなる。あいつの望む、秀頼出生の未来に進めなくなる。


 だから秀吉は、俺を生きたまま捕まえたいのだ。そして、例えば脅しをしてでも、あるいは拷問をしてでも、秀頼が生まれる未来にするために、俺を責め続ける。……そういう意味で、秀吉にとっては生きている山田弥五郎が必要なのだ。


「というのは、俺の考えすぎかな?」


 俺は自分の考えをみんなに打ち明けた。

 するとカンナは、「ちょっと……」と言って、悲しげに瞳を潤ませて、


「なして、そんな怖いことば口にするん? 藤吉郎さんとあんたは、何年、何十年、一緒に戦ってきた盟友やない。それがこんな、ちょっといさかいを起こしたくらいで、殺すとか、捕まえるとか……どうしてそういう話になるん?」


「まあ普通なら、そう思うよな。……でも、あいつは、豊臣秀吉だからな」


 宙を見つめながら、俺はうめいた。


「どれほど仲が良かった相手でも、必要とあれば手段を選ばない。そういうやつだ。……そういうやつ、なんだ」


 人を殺すのが嫌いな秀吉。

 だが、三木城や鳥取城を兵糧攻めにして、徹底的に敵を追い詰め殺したのもまた秀吉。


 人なつっこく、木下から羽柴に名字を改めた秀吉。

 その『柴』の文字は柴田勝家さんから戴いたもの。

 だがその柴田さんも、天下平定の敵と分かれば、倒すのが秀吉。


 信長公を慕っていた秀吉。

 その信長公が殺される未来を知ったなら。

 さっさと明智光秀を殺していたと豪語する秀吉。


「友情に厚く、忠義心をもち、人を殺すのが嫌いなのが秀吉なら、おのれの信じる目的のためにいかなる無道も成し遂げてしまうのもまた秀吉なんだ。俺はそれを知っている。知っていた、はずなのに……」


「知っていた、か。転生者だから、か?」


「いや」


 伊与の言葉に、俺はかぶりを振った。


「あいつの、友だからだ」


 そのとき、屋敷の入り口から「御免」と声が届いた。


 全員で向かうと、そこには秀吉の腹心である石田三成と、10人ほどの侍たちが立っている。


「山田どの。殿下がお呼びでございます」


「……なんの用で?」


「それはまだ内密ということで。山田どのお一人で、改めて来てほしいと。……話があるそうでございます」


「……承知した。だが時間が欲しい。半刻(1時間)ほど待ってくれないか?」


 せめて五右衛門が帰ってきてから、次の行動を決めたかった。


「殿下は、すぐに、ということでございます」


「あの、お茶でも飲んでいかれませんか? いいお茶があるんですよ――」


「お気遣い、かたじけない。しかし、無用でございます」


 あかりの申し出まで、あっさりと却下する石田三成。


「あ~あ、あの佐吉が偉うなったもんやね~。長浜城におったころは、カンナさん、カンナさんってあたしに懐きよったあんたがねえ~」


「はい、おかげさまで偉くなりました。……山田どの、ご同行を」


「……あんた、本っ当に可愛げのうなったね。好かーん、もう……」


 カンナの冗談もさらりとかわす。

 石田三成はあくまでも冷徹である。


 さて……。

 どうするか……。


 俺としても、このまま秀吉から逃げ続けるのは本意じゃない。

 やはり、一度、秀吉のところに戻って話をするべきか……。


「やめときな」


 一歩を踏み出した俺の前に、スッと出現したのは五右衛門だった。


「五右衛門! 帰ってきたのか! どうだった、様子は」


「藤吉郎さんは――殿下は、あんたに向かって言い過ぎた、仲直りがしたい、と、そう

思っているよ」


「そうなのか! だったら……」


「あんたがおとなしく言うことを聞けば、ね」


「なに……」


「殿下は、あくまでも明と朝鮮に進出するつもりだ。そのために山田弥五郎の力を必要としている。だから仲直りがしたい。しかし、弥五郎があくまでも言うことを聞かないならば、あの未来と同じように、座敷牢にでも閉じ込めて、無理矢理にでもその知識を吐き出させる。そういう魂胆だ」


「なんだって……」


 それじゃあ、俺が逃げたときと状況はなにも変わらない!


「五右衛門、その情報は確かなんね? どうやって調べたと?」


「藤吉郎さんが、小一郎と話をしているのをしっかりと、この耳で聞いた」


「小一郎は……なんて言いよるとね? 小一郎もその案に賛成なんね?」


「……朝鮮に攻め入るのはさすがに理解が及ばない。しかし、山田弥五郎を『完全に家臣とする』ことには賛成し、『もしも言うことを聞かないならば捕らえる』ことにも、賛成していた」


「そんな! あの小一郎が……なんば考えとうとね、あの人は!?」


「いや……分かる気がする」


 俺はゆっくりと首を振った。


「何年か前。そう、滝川久助が藤吉郎と戦ったころだったか。……小一郎は俺に向かって、ひそかにこう言ったんだ。『これからは、人前ではせめて筑前様、筑前どのと呼んでいただきたい』と。


 俺はそれを了承しながらも、ついつい、昔からのくせで、藤吉郎、藤吉郎と呼んでしまっていた。それが小一郎には――


 いや。――いまや豊臣政権の中枢を担う、大納言豊臣秀長には許せなかったんだ。……小一郎は、もう昔とは違う。……天下人に親友はいらぬ。……関白に家来として従うか、それとも否か、と、俺に迫ってきているんだ。


 そういうときが来たんだ、きっと」


 俺はすっと、顔を上げた。


 石田三成は、無言のまま、じっと俺を睨みつけてきている。


 俺にはふたつの選択肢がある。

 このまま秀吉のところに戻り、豊臣政権に忠誠を尽くす商人となるか。

 あるいは秀吉の前から逃げ去り、別の道をゆくか。


 悩むまでもない。

 あのときの、熱田の銭巫女の叫びを心に残してしまったときから、俺の選ぶ道は決まっている。


「伊与、カンナ。……みんな。聞いてくれ。藤吉郎は朝鮮に攻め入る歴史を歩もうとしている。あいつに雷同することは簡単だ。しかし俺は、それを許すことがどうしてもできない。だから俺は、あいつと、豊臣秀吉と、袂を分かつ! そう決めた!」


「俊明」


「本気ね……?」


「山田さま」


「アニキ」


「……そうかい」


 俺の宣言を聞いて、仲間たちはそれぞれの表情と反応を見せる。


 石田三成は、なお無言だった。

 まるで、俺がそう言うのが分かっていた、というように。


 ただ――


「石田――石田佐吉。いまここで、俺が藤吉郎のところに向かっていけば、当然、大坂城内の兵たちは俺に立ち向かいするな?」


「無論です。いかに神砲衆といっても城内に詰めている1000を超える兵には敵いますまい」


「確かに敵わない。……ここはいったん、逃げるしかなさそうだ。……正直、なんの策もいまはない……。だが俺は必ず、関白を止める。止めるために、また戻ってくる。絶対にだ! それがいまの、この俺の、新しい志だ!!」


「山田弥五郎、謀反!」


 石田三成が叫ぶ。

 と同時に、侍たちが次々と抜刀した。

 あかりが、小さな悲鳴をあげたのが分かった。


「殿下のご命令に反すると分かったいま、山田どの、貴殿を討たねばなりませぬな!」


「来るか、石田佐吉……。俺のリボルバーなら、まばたきをしている間にお前たち全員の眉間をブチ抜く。よく知っているはずだろう、俺の鉄砲の腕前は」


「そうだとしても、殿下に刃向かう者を見過ごすわけには参りませぬ。命に代えても殿下の命令は遂行する。山田どの、お覚悟を」


「見上げたものだ」


 あまり親しくしていたわけじゃないが……

 昔から知っている石田三成が、忠誠心溢れる発言と行動をしたことが、俺はぞくぞくするほど嬉しかった。……藤吉郎よ、良い若者が育ってきてるじゃないか……。


 そのときである。


「覚悟をするのは、そちらのほうだ」


 と、言葉が響いた。

 その瞬間に、石田三成以外の侍たちが、ばたばたと倒れた。


 伊与だ。

 伊与が、愛刀の関孫六を抜いた瞬間、踊るようにして回転した。

 5秒とかからなかった。石田方の侍たちは、全員、その場に突っ伏した。


「峰打ちだ。早く連れて帰って手当てをすることだな」


「堤伊与どの。あなたもやはり、山田弥五郎についてご謀反なさるか」


 石田三成の言葉に、伊与は振り向いて、


「当たり前だ。私が俊明から離れるはずもない。敵が神であろうが仏であろうが、あるいは

天下人であろうとも、私が共にいるのは山田俊明のそばだけだ」


「伊与に向かって、そんな質問をすること自体が愚問ばい。もちろん、このあたしにも、やけどね」


 カンナが、目を細めながら俺の隣にやってくる。

 すると、五右衛門と次郎兵衛も、俺を守るように周りにやってきて、吠えた。


「神砲衆のみんな! 聞いてるね!? うちらはゆえあって、殿下に刃向かうことにあいなった!」


「あっしはアニキにどこまでもついていく。けれども、みんながついてくるかどうかは任せる! はっきり言って、どこか地の果てでくたばりそうだ! それでも一緒に戦いたいっていう大馬鹿野郎だけ、ついてこい! ……これでいいでしょう、アニキ?」


「ああ。最高だ」


 俺は指で丸を作った。

 そして、石田三成を睨みつけながら、


「……藤吉郎に……いや、関白に、伝えてくれ」


「……なんと?」


「……必ず、もう一度、あなたの前に現れる、と」


「…………」


 石田三成は、絶句の顔を見せた。


 俺は、伊与、カンナ、あかり、五右衛門、次郎兵衛、そして屋敷中から集まってきた十数人の仲間たちに囲まれながら――吠えた。


「行くぞ! いまから俺たちは謀反人となる!!」


 絶叫。

 そして俺たちは、屋敷の外へ一歩を踏み出し、やがて駆けだした。




「けれども、どこに行くんスか、アニキっ!」


 山田屋敷を飛び出して、馬に乗り、走り出した俺に、同じく乗馬している次郎兵衛が問うてくる。


「天下人と決別した以上、向かうところはどこにもねえッスよ! 大坂や坂本、津島にだってすぐにお触れがまわるッス。神砲衆の家屋敷や財産は、ほとんど関白に押さえられますよ!?」


「まず堺の港に向かわんね、弥五郎! 関白のお達しが来る前に、堺の神砲衆屋敷に入って、中にある金銀と兵糧をかっさらっていけば、これからが一安心ばい」


「名案だ。まずはそうしよう! 堺に向かう!」


 神砲衆は堺に向かって疾走する。


 仲間の数は、俺、伊与、カンナ、あかり、五右衛門、次郎兵衛、それに17人ってところか。大坂城の山田屋敷には100人以上がいたはずだが、他の連中は残ったか。無理もないが……


 秀吉のことだ。大坂に残ったやつらにまで罪は問うまい。そういう部分だけは、俺は相変わらず、秀吉に対して絶大な信頼を置いていた。


 問題は、俺たちだ。


「俊明、堺に逃げるのはいいが、そのあとはどこに逃げる? 関白の手が届かない奥州か、それとも九州か!?」


「実はひとつだけ、いま、案を思いついた!」


「言ってみな! つまんねえ策だったらうちがぶっとばすけどな!」


「あれだ!」


 堺の町が見えてくると、俺は馬の上から『あれ』を指さした。


 はるか遠くからでも、その存在が見える。

 マカオとの交易のために作り上げていた、巨大船――


「キュウスケ号だ!」


「……滝川さま……!」


 大坂からここまで、ずっと黙っていたあかり。

 だが彼女はこのとき初めて、感極まったような声を出した。


「船出だ! 久助の名がついた船に乗って、俺たちは海に向かう!!」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ