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戦国商人立志伝 ~転生したのでチートな武器提供や交易の儲けで成り上がる~  作者: 須崎正太郎
第六部 山田俊明編(1582~現在進行中)

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第二十八話 豊臣秀吉の誕生

「久助!」


 いまは越前にいる滝川一益のところへ、俺たちは揃って駆けつけた。


「滝川、さま……」


 屋敷の中に入り、寝具の上に身体を横たえている彼を目の当たりにすると、あかりは絶句した。


 俺もそうだ。

 かつての滝川一益からは考えられないほど、痩せ細った姿である。


「……よう……」


 滝川一益は、薄い笑みを浮かべ、


「来て、くれたか。山田、あかりちゃん。……堤、蜂楽屋。次郎兵衛、石川……」


「苦しいか、久助。……良い米を持ってきたんだ。いますぐ、お粥をあかりに作ってもらう」


「……いや、いい。……もう、なにも喉を通らねえんだ……」


 滝川一益の隣に控えていた家族が「もう、一昨日から白湯しか召し上がらなくて」と言った。


「……それほどまでに……」


 あかりが、がく然とする。


 俺もそうだったが、しかし滝川一益がこの時期に病死するのは史実だ。

 心の中で、覚悟はしていた。……していたのだが……。


 蜂須賀小六のときと同じだ。

 分かっていても、友が亡くなる姿を見るのは辛い。


「滝川さん、しゃきっとせんね。……そうだ、あたしが行ってきたマカオの話をしようか? 面白かったばい?」


「カンナ。もう久助は、そんな力も……」


 と、俺はたしなめたが、滝川一益は一度、大きく咳き込んでから、


「聞かせてくれや。信長公が夢見た、この国の外の話、聞いてみてえ……」


「う、うん。分かった。……あんねえ、マカオではね――」


 カンナは、俺に聞かせてくれたマカオの話を、大きな声でしてくれた。

 そこに五右衛門がときどきチャチャを入れ、次郎兵衛も相づちを打つ。


 滝川一益は、満足そうに、ときどきうなずいていたが、やがてカンナの話が終わると、


「……おもしれえな……」


 とだけ言って、さらに激しく咳き込んだ。


「滝川さま、これを」


 あかりが茶碗いっぱいの水を滝川一益に近付けたが、滝川一益は身体を震わせて、


「……最高だ……」


「久助」


「あの津島の飲んだくれが、いい主に恵まれ、いい飯を食らい、そして、いい友に恵まれた。いろいろ……本当にいろいろあったけれどよ、最期がこれなら、男として人間として、こんなに幸せなことはねえよ」


 滝川一益の目は、もう焦点が合っていない。


「次郎兵衛」


「は、はっ」


「甲賀の下っ端だったお前さんが、立派になりやがって。マカオにまで行くとはなあ。……あっちに行ったら、伝右衛門(和田惟政)にしっかり伝えておくからな。次郎兵衛は立派な忍びになりやがった、と……」


「あ、ありがとうございます。……ありがたし……」


 次郎兵衛は、全身を震わせた。


「……堤……蜂楽屋……石川……元気でな。それと、山田――」


「ああ! なんだ、久助!」


「羽柴と、最後まで、うまくやれよ」


 まぶたを閉じたまま、かすれたような声だった。


「天下を頼むぜ。ここでまた乱世に戻ったら、ここまでのみんなが無駄死にだ。羽柴秀吉と山田俊明で、信長公にも成せなかった、天下の平穏を――」


「分かっている。分かっているさ」


 俺は久助の両手を、がっちりと握った。


「天下布武は俺たちが必ずやり遂げる。安心しろ。絶対にだ」


「それで、安堵……」


 滝川一益は、ついに目を閉じた。


「滝川さま……!」


「……あかりちゃん」


「は、はいっ!」


「オレの面倒をずっと見てくれて、ありがとうな。本当の妹みたいだったよ。もちづきやは、最高だったぜ。…………それ……くれや……」


 滝川一益は、振り絞るようにして声をあげた。

 あかりはさっと、水を差し出す。


 滝川一益は、飲んだ。

 末期の水だ。


「最後の一杯だ」


「滝川さま!」


「久助!!」


「――……」


 滝川一益は、もう、目を開けなかった。


 この世を、去った。

 その実感があった。


 その場にいた誰もが、顔を伏せ、涙をこらえ、あるいは涙を流し、彼の死を悼んだ。


 滝川一益。

 秀吉の次に、俺が出会った戦国武将。


 あの津島で出会い、共に働き共に戦い、ときには敵同士となって、しかし最期を看取ることができた。


 久助。……滝川さん。

 秀吉とはまた違う友情を、俺に教えてくれた男。

 お前がいてくれて、お前と出会えて、良かった。


 昔のことを。

 つまり津島の時代を思い出すとき、俺が真っ先に考えるのは、商いよりも、なによりも、お前とカンナと3人で海老原村のイノシシ退治をしたときのことなんだよな。


 転生とか、天下布武とか、戦国時代とか、そういうことをまったく考えずに、ただこの時代の人間として、この時代の友達と共にやり遂げた、小さな思い出だ。けれどその思い出が、俺にとってはたまらなく大事で、幸せなことだったんだ。


 久助。

 本当にありがとう。


 再び転生することがあったら、夕焼けに染まる津島の町でまた会おうぜ。




 滝川一益がこの世を去ったその日。

 つまり天正14年(1586年)9月9日。

 ある重大な出来事が起きていた。


 秀吉が、『豊臣とよとみ』になったのである。


 関白に就任したとき、近衛前久の猶子となることで、藤原氏の一族となっていた秀吉だが、そうなると藤原氏のひとりとして行動しなければならない。束縛が増える。それは秀吉にとって面白くない。


 また、自分の代からまったく新しい時代を始めるという気持ちもあって、秀吉は前年から、藤原氏ではなく、自分だけの一族を創出しようと試みて、朝廷に働きかけていた。


 その結果が、今日である。

 秀吉を創始者とする『豊臣氏』が誕生した。


 豊臣氏の羽柴秀吉となった秀吉は、いよいよ完全無欠の天下人となり始めた。




『マカオの報告は聞いた。面白い。実に交易、盛んにするべし』


 越前から坂本まで戻ってきた俺たちのところに、秀吉からの手紙が届いた。

 秀吉は忙しい。ここ数ヶ月、ろくに顔も合わせられていない。


 俺自身も多忙だ。

 だがその間に、マカオの話だけは使者を出して報告しておいたので、秀吉からその返事が来たということだ。


『しかしマカオと交易するとなると、九州の安定が不可欠である。博多の町も支配下において復興させなければなるまい』


 と、秀吉は手紙の中でもっともなことを言い、


『九州の島津氏はまるでわしの言うことを聞かぬゆえ、これを征伐するつもりである。だがそのためには、東を安定させることが大事だ。すなわち浜松の徳川家康を早くなんとかしなければならん。松下嘉兵衛を通じて和睦の動きを進めているので、弥五郎もじつに、嘉兵衛と繋がり、樹の嫁ぎ先もおおいに利用して家康との和睦に動いてほしい』


「承知したぜ、藤吉郎」


 俺は独り言で、秀吉に返事をすると、伊与とカンナに向かって、


「伊与。俺といっしょに徳川領にまた行こう。五右衛門もついてきてくれ。――カンナは次郎兵衛とあかりと一緒に大坂に戻って、マカオ交易の件を進めてほしい」


「かしこまり。あたしに任せとかんね」


 カンナはどんと胸を叩いた。


 そういうわけで二手に分かれた俺たちは、それぞれ別個に行動した。

 俺は娘の樹とまた再会し、松下嘉兵衛さんとも会って、徳川と羽柴――いや、これからはもはや豊臣と呼ぼう。そのほうがふさわしい気がする。……徳川家と豊臣氏の仲介のために行動した。


 家康と直接会うことは、なかなかできなかったが、しかし松下さんを通じて、家康自身の意思も知った。


「徳川様としても、もはや豊臣氏の傘下に入ることは承知済みだ。しかし、家臣団の中にはあくまでも反豊臣を叫んでいる人間がいる」


「まだいるのか。しぶといことだ。……だから石川さんも、徳川を出ていったのかな」


「そういう一面もあっただろうね。……愚痴を言っても仕方が無い.もう少しだ。某たちの手で、両家を和解に導こう」


 こうして俺と松下さんは、徳川家中の和睦反対派、ひとりひとりを、説得したり、あるいは都からの土産といって金品を渡したりして仲良くなろうとしたが、これがやはりなかなか頑固で、なびかない者も多い。


 金で動かない徳川家臣を、俺はひそかに尊敬さえしはじめていたが、しかしこれが続いてはキリがない。俺は秀吉に手紙で相談し、やがて、


『我が母を徳川家に人質として出そう』


 という言葉まで頂戴した。


 秀吉の母親――俺も何度か顔を合わせたことがあるが、善良で賢い女性だ。秀吉はこの母親、名前はなかというがこの方のことを心から慕っている。父親にはほぼ無関心な秀吉だが、やはり母親は別らしい。


 その母を人質に出していいから、家康よ、大坂に来い、というわけだ。

 秀吉の母親想いは諸国でも有名だったから、誰もが驚いた。


 徳川家臣でさえ驚愕し、


「……関白にここまでされて拒絶しては、逆に徳川のメンツも丸つぶれか」


「左様。もう意地を張る時代は終わったかと」


 一気に、両家は和解ムードとなった。


 ここにきて、家康は上洛を決意。

 選ばれた家臣と共に、大坂城へ向かうことになったのだ。


 いよいよ、徳川家康が、豊臣秀吉に臣従するときが来たのである。

 俺と伊与と五右衛門と、松下嘉兵衛さんも、この徳川上洛団に合流し、共に大坂へ向かうことになった。


「山田弥五郎どのよ」


 大坂に向かう途中、ある古寺で休憩しているとき、家康が俺に話しかけてきた。

 俺はすぐさま平伏しようとしたが、家康は「いい、いい」と手を振って、


「昔なじみではないか。それほど、かしこまらないでくれ」


「はっ、そう言っていただけると……」


「それよりも、羽柴――いいや、関白殿下と会うときは、弥五郎どのも同席してくれるのだろうな?」


「俺は、そのつもりです」


「頼む。弥五郎どのがいれば、殿下も少しは心が和らぐだろうからな」


 家康はそう言って、俺の肩をぽんぽんと叩き、また家臣団のところへ戻っていった。

 家康なりに、秀吉と会うことについて緊張しているのだな。無理もないが。


 史実通りにいえば、ここで徳川は豊臣に臣従するはずだが、


「さてどこで妙な揉めごとが起きるか分からないからな。最後まで気を抜かないようにしなければ。……伊与、五右衛門。頼むぜ」


「ああ、変なやつが来たらうちがぶっ飛ばしてやるさ」


「その意気だ。相変わらず頼もしいな、五右衛門は」


「……そういえば、俊明。変なやつといえば、大坂城の座敷牢のうわさを知っているか?」


「座敷牢? 知らないな、なんだそれは」


「大友宗麟のお付きだった女が、大坂城内で藤吉郎さん――つまり殿下に向かって発狂し、失礼を申し上げたので、座敷牢に入れられてしまったという噂だ。大友宗麟はひたすらに謝り、その女の首を刎ねてくだされと言ったそうだが、殿下はなぜか、牢に入れて飼い殺しにしていると……」


「怪談めいた話だな。いっさい知らないぞ、そんなことは」


「藤吉郎さんは人を斬るのが嫌いだからな。だから牢に入れたんじゃねえの?」


 五右衛門は深刻な話とも捉えていないらしく、呑気な調子でそう言った。

 殺すのが嫌だとしても、それなら大坂から追放でもすれば済む話だ。

 なぜ、城内に閉じ込める?


 ……秀吉なりに、なにか思うところがあるから、閉じ込めているのか?

 いや、そもそもその噂が本当なのかどうか。


「徳川家のことが片付いたら、軽く尋ねてみるかな。藤吉郎に」


 俺も、五右衛門同様、大したことはない話だと思っていた。


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