表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
260/329

第四十四話 地球上でこの六人だけ

 津島の大橋屋敷――


 かつて、俺たちが集った『もちづきや』はとうになくなってしまっている。

 だからこそ俺は、いまは亡き大橋さんのご家族から、この屋敷の一室を借りたのだ。


 俺。

 伊与。

 カンナ。


 それに――


 あかり。

 次郎兵衛。

 五右衛門。


 合計、6人が揃った。


「全員、揃ったな。……伊与。部屋の外に誰もいないか、もう一度確かめてくれ」


「確認した。誰もいない。……お前がなにを話しても、それは、ここにいる者にしか伝わらない」


「よし。ならば話せる」


「どうしたってんだよ、改まって。こっそり酒でも酌み交わすつもりかい?」


 五右衛門がおどけたように言ったが、俺はじっと彼女の瞳を見つめる。

 真面目な空気を察知して、五右衛門は押し黙り、姿勢を正した。

 あぐらをかいていたのが、正座になる。


 俺は改めて、仲間たちの顔を見る。

 本当に長い付き合いだ。……誰もがもう、40歳を超えている。老けたというか、大人になったというか。


 ひとのことは言えない。

 俺など、転生前は29歳だった。

 そこから生まれ変わり、12歳の弥五郎となり、さらに31年の月日を経験したのだ。

 身体こそ満年齢で43歳だが、人生経験の年数でいえばもはや還暦である。老けるはずだ。


 回想が長くなった。

 俺は、一度、深呼吸をして。

 改めて、述べた。


「あかり。次郎兵衛。五右衛門。俺は3人にずっと隠していたことがある。……伊与やカンナはもう知っている。……さらに言えば、信長公も知っていた。そして、竹中半兵衛と明智光秀は気が付いた。……そういう秘密だ」


「アニキ。なんですか、そりゃあ……上様まで知っていた?」


「……山田さま」


「単刀直入に言おう。俺ははるか未来からやってきた人間だ。いまから400年以上も先の日本から、生まれ変わってこの乱世にやってきた」


「……!」


「はい? どういうことッスか?」


「なんだと……」


 あかり、次郎兵衛、五右衛門がそれぞれの反応を示す。

 次郎兵衛が特にピンときていなかったようなので、俺はさらに説明した。


「そもそも俺ははるか未来の日本人、山田俊明という男だった。それが雷に打たれて亡くなってしまったんだ。そして気が付いたとき、俺は尾張の大樹村に生きる小僧、弥五郎となっていた。……信じられないと思うが、事実だ。


 だから、俺は山田俊明であると共に、間違いなくこの時代の人間、弥五郎でもあるわけだ……」


「な、なにを……なにを言ってるんスか、アニキ。そんな突拍子もない……」


「次郎兵衛。俊明の言っていることは本当だ。私だって最初は信じられなかったが」


「ずーっと、ずーっと先の時代からやってきた人なんよ。……だから弥五郎は、先のことがよく分かるし、すごい武器や道具を作ることができたんよ」


「……あ、アネゴたちまでそんな……。……ええ……。……ちょっと……。……未来? アニキが――」


「……並のお方ではないと、ずっと昔から感じておりました」


 あかりが、神妙な声で言った。

 彼女は顔をわずかに伏せて――出会ったころと違って、黒髪を伸ばしたあかりは、どこか愁いを帯びた表情をして、


「ずっと、ずっと昔から。この津島で『もちづきや』をやっていたあのころから。山田さまだけは、この世のお方ではないのではと、考えておりました」


「あかり」


「……最初は、優しいお兄さんのようでした。わたしもわらべでございました。だから遠慮もなく甘え、共に暮らし、ときには商いの旅にもついていきました。共に三河、遠江、駿河、信濃に参った日々は、いまでもわたしの中に、きらきらと輝く虹のように……。


 でも、もう少し長じると、山田さま。あなたは……あるいは神仏かなにかの化身ではないかと、思うようになってきて。……そういうことでしたか。本当に、遠い、遠い未来からやってきた方だったのですね」


 あかりにしては珍しい長口上。

 それだけ、ずっと昔から抱いていた想いだったのだろう。


 はるか昔、まだあかりが俺のことを『お兄さん』と呼び、俺は『あかりちゃん』と呼んでいた。


 それがいつごろからか、仲間ではあるが、少しだけ違う関係になった。

 あかりはそのころから大人になり、直感的にではあるが、俺のことをそういう風に、つまり違う世界の人間だと感じるようになっていたわけだ。


「嬉しゅうございます。山田さまが、このわたしに本当のことを話してくださって」


「あ……」


「常人とは違う宿命を帯びた方。その宿命をこうしてお打ち明けになること、さぞやお悩みだったと存じます。……それが、わたしに打ち明けてくださった。それだけでわたしは、もう、もう……」


「うちは納得いかねえぞ!」


 そのとき、五右衛門が叫んだ。


「そんな大事なこと、なんでいままで隠していやがった!? ええ、弥五郎――うちらにだけは話してくれよ。話したら、誰かに漏らすとでも思ったのか? うちらがビビって逃げるとでも思ったのか?」


「あのね、五右衛門――そうやないとよ」


「カンナは黙ってろ! 伊与もだ! あんたたち3人だけで知っていて、そりゃあんたたちは夫婦だからだろうけれどさ、それにしたって隠すのが長すぎるだろうが! 何年付き合ってるんだよ! 何年、何十年、死線をかいくぐってきて……そりゃねえだろう!!」


「あー、五右衛門のアネキよ。別にアニキは、隠したくて隠してたんじゃねえと思うッスよ。あかりちゃんの言う通り、アニキなりに悩んでいたんじゃないッスかね……」


「馬鹿は黙ってろよ! 話についてこれてねえんだろ、どうせ!」


「おいおいおい、馬鹿はねえっしょ!? 言うに事欠いて馬鹿呼ばわりたあ! そりゃあっしは馬鹿っすけどね、さすがに今回の話は流れが見えてきたッスよ! アニキはずっと未来からやってきた。そうでしょ? そうだ! ……それでアニキ、ちょっと聞きたいんスけれど、それでアニキのやることはなにか変わるんスか? これからも藤吉郎のアニキと一緒に戦うんでしょ!?」


「……ああ。それはそうだ。変わらない。これからも俺は藤吉郎と共にある」


「だったら話ははええや。アニキ。あんたが未来の人間だろうがなんだろうが、あっしにとっては神砲衆の山田弥五郎だ。あかりちゃんみたく神仏だとは思わねえ。兄貴分の山田弥五郎だ。命尽きるまで、アニキと一緒に戦う。和田様を助けてくれたアニキを、これまで一緒に過ごしてきたアニキを信じてついていく。それだけだ」


「次郎兵衛。……あんた、よか男になったんやね。びっくりしたばい!」


「まったくだ。人間、齢を重ねればこうもなるか」


「ひでえなあ、お二方とも。そこまで言わなくてもいいのに……」


「次郎兵衛」


 俺は、その瞳をまっすぐに見た。


「ありがとう」


「……いやぁ……」


「あかりも」


「……わたしも、次郎兵衛さんと同じ。最後まで山田さまと共に」


「なんだい、なんだい。二人揃って、隠し事してたヤツ相手にえらく優しいじゃねえか。うちはそんなに上品にならねえぞ。もともとうちは泥棒の娘なんだ。天性、性根が曲がってんだ。はるか未来からやってきたなんて話、このうちがあっさりと信じるとでも……!」


「五右衛門。……話していなかったのは本当にすまなかった。いろいろと怖かったのは間違いない。……特に怖かったのはバタフライエフェクトだ」


「バタ……なに?」


「バタフライエフェクト。取るに足らない些細な行動が、歴史に影響を与えてしまう。それが怖かったのもあったんだ。俺が五右衛門たちに真実を打ち明けることで、なにか遠い未来にとんでもないことが起きてしまう。そんな気がしたんだ。


 それこそ今回、信長公は亡くなったが、……俺の動き次第では、信長公がずっと早くに死んでしまうとか、そういう未来になってしまうかもしれない、そういうことが怖かった……」


「……だから、うちらに教えなかったわけかい。ふん。……だったら、どうしてここに来て、急に話し出したんだ?」


「五右衛門が言ったじゃないか。なにもかも終わったらすべて話してほしい、と。……そうだな、とさすがに思うようになった。そして――信長公が亡くなったいま、歴史は大きく動き出した。俺も40歳を超えた。……ここまできたら、すべてを話したいと思うようになったんだ」


「それで、か。……分かるような、分からんような。……全部、結局あんたのお気持ち次第じゃねえか。だいたい伊与とカンナにだけは、しっかりとしゃべっているのも腹が立つし、それに、信長公? なんで信長公まで知ってたんだよ」


「そこは、また話すと長くなるが……」


「あっしはむしろ、そこ、スゲエと思うッスけどね。伊与とカンナのアネゴたちはそりゃまあ別格としても、その次があの上様ってのがねえ。あっし、上様の次にアニキの秘密を知ったのかって。ねえ、あかりちゃん」


「う、うん、まあ、そうだけど」


 あかりは次郎兵衛を相手にしたとき、ほんの少しだけ昔のような顔をした。

 そんな顔をしてから、


「山田様。このことは、羽柴様にも滝川様にもお話していないのですね?」


「……ああ。話していない。上様に、半兵衛も明智も亡くなったいま、知っているのはここにいる6人だけだ」


 そう言うと、部屋がしんと静まり返った。

 この広い日本、いや地球上にたった6人。

 俺たち6人だけが、未来を共有している。


「弥五郎」


 五右衛門が、うつむいたまま言った。


「なんだ」


「どうしてもムカッ腹が立つ。理屈じゃない。たまらん。……一発、平手打ちさせろ」


「ちょっと、五右衛門。あんた、そらいくらなんでも」


「……いや、大丈夫だ、カンナ。構わんぜ、五右衛門」


 ばちん!


 思い切り、俺は平手で打たれた。

 さすがに五右衛門の力は凄かった。

 俺は思い切り吹っ飛んで、尻もちをついた。


「……痛え……くっ……」


「よし、これでしまいだ」


 五右衛門が俺のところへ寄ってきた。

 もう、先ほどまでも怒り顔は見えない。

 目を細めて、ニッコリ笑っている。


「勘弁してやるさ。……さあ、あんたの知っていること、もっと全部ぶちまけな。さあ、うちらはこれからどうする? なにをしたらいい? もう、上様もいねえんだ。怖いものなんてない。思いっきり、大暴れしてやろうぜ」


「五右衛門。……ありがとう」


 俺と五右衛門は、がっつりと握手をした。

 この時代に握手という習慣はないのだが、それでも手と手をつなぐことに、なにか人間としての本能的な喜びがある。俺と五右衛門は笑顔を交わし合った。


「それで未来から来たアニキ、いろいろと聞きたいことはあるんスけれど、どうしても気になることを最初に聞きたいッス。……あっしって、何歳まで生きるんスかね? それが知りたくて、へへへ」


「分からん。……いや、別に隠してるんじゃなくてだな。いつまで生きるかなんて、400年後の世界に名前が伝わっている人間しか分からないんだ。だから俺はもちろん、伊与もカンナもあかりも次郎兵衛も、何歳まで生きられるかは分からないんだ。……これが有名な人なら、そう、例えば藤吉郎だったら何歳まで生きるかも分かるんだが」


「わ、分からないんスか。……あっし、名前が残ってないんスね。ううん、こりゃ参った」


「なるほど、それじゃ迂闊に誰かに相談もできねえわけだな。なるほど、なるほど。じゃあ、この石川五右衛門も何歳まで生きるかは分からないわけだ」


「………………」


「ん? おい、弥五郎、いまなんで目をそらした? さてはなにか知ってんな、おい!? 言えよ、隠し事をするなよ、おい! ……弥五郎~っ!!」


「……久しぶりだな、俊明がここまでいじり回されているのは……」


「津島の風のせいかもしれんね。みんな、昔を思い出すけん」


「本当に。懐かしい限りです。……どうでしょう、いまからわたし、おむすびでも作ってきましょうか。


 ……昔みたいに……!」





















次回、第45話で第5部は終わります。

第6部にて戦国商人立志伝は完結します。最後までよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ