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第十五話 荒木村重、反乱

 天正6年(1578年)6月21日。


 毛利軍3万が上月城を攻める。


 城を守るのは尼子衆、数百人。

 城の命運は風前の灯火だった。

 織田方はもはや尼子を見捨てていたが、これをただ放置するのは忍びない。


 そこで俺は、予定通り、五右衛門と次郎兵衛を上月城に放ち、尼子衆に「逃げろ」と伝えた。


 尼子衆の頭目たる尼子勝久は「この場に及んで逃げては、武士として醜き振る舞い」と述べ、最後まで戦うことを五右衛門に告げた。だが逃げたいと思う尼子の兵たちを、引き止めることはしなかった。


 こうして、上月城にいた尼子衆のうち、生き残りたいと思う人間数十名を、俺たちは救うことができたのだが――


「弥五郎、敵が来おった。そろそろ逃げるぞ!」


「おお!」


 上月城を包囲していた毛利軍が、俺たちの動きに気が付いて、攻めてきた!


 そう、俺と秀吉は、五右衛門たちを上月城に忍び込ませたあと、助け出した尼子の兵を織田軍に合流させるため、手勢50人を引き連れて、ひそかに城のふもとに忍んでいたのだが、それが毛利に見つかってしまったのだ。


「逃げろ、逃げろ!」


 尼子衆や、五右衛門たちと合流した俺と秀吉の手勢は、次々と連装銃をぶっ放して、攻め寄せてくる毛利軍を追い払っていたが、


「数が多い。このまま逃げ切れんかもしれんぞ!」


「藤吉郎らしくもなく、弱気な。逃げろ、逃げるんだ!」


「アニキ、こっちの道がいい。こっちの道が夜でも走りやすい!」


 次郎兵衛の言葉に従って、俺たちは夜道を突っ走る。

 背後から、鉄砲弾が飛んできた。


「大丈夫だ、みんな。この距離で種子島は絶対に当たらない。山田弥五郎の見立てを信じろ」


 と叫びつつも、敵の多さに、これはさすがに苦しいと思い始めたところ、


「かかれ! 味方を守れい!」


 突如、声が轟いた。


「闇夜ゆえ、同士討ちになることを気をつけよ。羽柴と山田を攻撃するな。狙うは毛利のみぞ」


「汝は、……荒木摂津!?」


 秀吉が驚いた。

 月夜の下に、手勢を展開させているのは、……織田方の武将、荒木村重だったのだ。


「羽柴殿、大丈夫でござるか」


「あ、ああ、すまんのう。助かった。しかし、何故ここに」


「上月城の兵を逃がすために、羽柴殿がみずから向かわれたと聞いて、拙者、いてもたってもいられず救援に参った。……さあ、もう一踏ん張りだ。敵を寄せ付けるな!」


 荒木衆が現れたことで、毛利軍は驚いたのか、すぐに撤退してしまった。

 こうして俺たちは、無事に織田の本陣まで戻ることができたのだが……。

 まさか、いまからわずか4ヶ月後に、織田家に対して反旗を翻す荒木村重に助けてもらうなんて。


「いや、無事でようござった。それにしても、上月を見捨てるとは殿様(信忠)も冷たい。あの尼子衆は、もともと出雲の大名であった。尼子を生かしておけば、毛利攻めの大義名分としても使えましょうに」


「いえ、荒木さん。上月城を見捨てる決断をしたのは、殿様だけではなく、織田の軍議に参加していた全員です。この山田弥五郎も含めて。……殿様だけが悪いのではありません」


「ふむ。……しかし、山田殿と羽柴殿はこうして尼子をひとりでも助けようとした。天晴れ。見事でございます。拙者、お二方のような男が大好きでござる」


 荒木村重は、目を細めた。


「弱き者を見捨ててはならぬ、とは、確かキリシタンの教えでござったかな。拙者はキリシタンではござらぬが、妻がキリシタンでござってな。……教えのすべては受け入れられませぬが、良いと思う言葉もござる。はっはっは」


 荒木村重は快活に笑った。

 俺と秀吉も、さらにその場にいた五右衛門と次郎兵衛も笑ったが、……しかし、この人がどうして信長に謀反を起こすのか。俺にはいまいち分からなかった。


 上月城はこの後、7月3日に陥落。

 城主の尼子勝久は自刃。5日には、毛利軍が城を占拠した。


 しかし、毛利軍は、上月城攻めに疲弊したためか、それ以上、東に攻めてはこなかった。

 それを見抜いていた織田軍は、東播磨の三木城を攻めるべく、三木城の支城を次々と攻略していったのである。


 そして、秋にかけて、別所氏のこもる三木城を包囲。兵糧攻めが始まった。

 ここまできて、信忠率いる織田本軍は撤退。残ったのは羽柴軍だけとなったのだ。




 この間、俺は播磨にいなかった。

 毛利水軍を破るために、鉄の船を建造中の伊勢に向かい、購入した鉄を九鬼嘉隆に渡す。

 その後、津島に向かい、いまは亡くなった大橋清兵衛さんが住んでいた大橋屋敷に入って、商務を執り始めた。1578年(天正6年)9月のことである。


 大橋屋敷は、ほとんど人が居ない。

 大橋さんの長男である織田信弌おだのぶかずが、武士として安土に出仕しているからだ。


 織田信弌は、母親が信長の姉なのである。

 その繋がりで、織田の苗字を名乗ることを許されている。

 そんな彼が不在なので、大橋屋敷は人がおらず。そこで俺は、織田信弌に許しを得たうえで、拠点として借りることにしたわけだ。


 俺は、安土、岐阜、津島、長浜、越前、坂本、京の都に堺の町といった、織田勢力下の商業都市ネットワークを存分に用いて、商いを行っていた。


「柴田さんが越前で刀狩りを行ったことで、回収した刀槍とうそうがあるはずだ。この中で使えそうなものは石山の佐久間さんに回す。なまくらは伊勢に回してもらい、溶かして鉄板として使おう」


「はいな」


 カンナが紙に、サラサラと筆を走らせる。


「甲斐、信濃から、鉄や銅、さらに米までが流れ始めている。金が出なくなったのが武田はよほど痛いらしい。……構うことはない。どんどん買って、織田と徳川のものにしてしまおう。駿河の絹屋さんにも、このことを伝えてくれ」


「かしこまり」


「俊明。その絹屋さんから、知らせが入っている」


 伊与が言った。


「武蔵の北条氏政ほうじょううじまさが、世田谷新宿で楽市を始めたそうだ」


「ほう」


 世田谷せたがや新宿しんじゅく……。

 この時代にもある地名なので、驚くことではないはずだが、ふいに未来の日本で、東京の中心部として栄えている名前が出てきたので、俺はちょっと目を見開いてしまった。


「北条さんのところは、何年も前から新しい市をよう作りよったやろ? 関戸、井草、松山……」


 カンナが、白い指を折り始めた。


「織田と同じよね。商いが盛んになるけん、市をどんどん開いて、楽市も出てくるとよね」


「これまでにいた商人の特権は否定される。新しい商人の商売が、取引が、世間に求められ始めている」


 俺は大きくうなずいた。

 このとき、北条氏政が世田谷新宿で楽市を開いたことが、二十一世紀でも世田谷で開催されているボロ市に繋がることになる。


「商いは抜かりなく行うことだ。……どんどん利益をあげ続けろ。そのことが織田の安定、そして天下の泰平に繋がるはずだ」


 俺は、自分に言い聞かせるように言った。

 伊与とカンナは、うなずいた。


 そのときである。


「山田様。お客様ですよ」


 あかりが部屋の前で、声をあげた。

 なんだか、嬉しそうな声だ。どうしたんだ?


「邪魔するぜ」


 こちらの言葉も待たずに、障子の戸が引かれ、ひげもじゃの男が入ってきた。

 それであかりが上機嫌なことが分かった。

 やってきたのは、滝川一益だったのだ。


「おう、久助!」


「上様から命ありて、こちらに参った。……九鬼水軍の船作り、オレも参加することになった。といっても、お前がいるんじゃ、オレのすることは大してないと思うが」


「なにを言うんだ。俺は鉄砲、火薬に関しては誰にも劣らんが、なにしろいくさをする船を作るんだ。いくさについては、この上なく達者な久助がいてくれたら、船造りもはかどるってものさ」


「山田、お前もずいぶん口がうまくなったな。羽柴を見ているようだぜ」


「それは上様にもこの前、言われたよ。……腹、減ってないか? あかり、なにか飯を頼む」


「もう、持ってきていますよ。お餅と握り飯、それに梅干しです」


「ありがてえ、腹が減っていたんだ。……あかりちゃんにメシを作ってもらうのも何年ぶりだ? はっはっは」


「あかり、あたしも貰うてよかね? ……うん、美味しい! こうして大橋さんの屋敷で、みんなが揃うのは本当に何年ぶりやろうか。懐かしいねえ」


「それを言うなら、津島に来ること自体が何年ぶりか。……尾張にはときどき来ていたのにな」


 伊与までもが、目を細める。


「忙しかったんだから、仕方ないさ」


 言いながら、俺も梅干しを頬張る。

 うお、すっぺえ……。


 津島には思い出が本当に多い。

 大橋さんに、イノシシ退治、八兵衛翁、もちづきや、青山聖之介あおやませいのすけさん。


 俺が戦国にやってきてからの、いわゆる青春時代が、確かにこの町にあったな。


「お、この握り飯、中に焼き味噌が入ってるぜ。うん、津島の味噌はやっぱり違うな!」


「滝川さま。それは三河の味噌です」


「おう!」


「なにがおうだよ」


 思わずツッコんだ。

 全員が、大笑いになった。




「山田よ。伝右衛門でんえもんと近ごろ、ふみを交わしているか?」


 その日の夕方、津島の片隅で、夕焼けを浴びながら。

 俺と滝川一益は、ふたりきりで喋っていた。


「和田さんか。ここ最近はないな。……まだ、公方様のところにおられるのだろう?」


 命を永らえた和田さんは、足利義昭を見捨てることができずに、ひそかに彼の下にいる。

 そして、時たま、毛利家や義昭の情報を俺にくれたりするのだが……。


「あいつはな、やはり、織田と足利に和睦してほしいらしい。……帝、そして公方様がおり、その下で織田家が天下に君臨しているのが理想だと」


「上様(信長)だってもとはそのつもりだったんだ。その体制を捨てたのは公方様自身だぜ」


「そうだ。だからオレは、もう義昭公なんか見捨ててしまえと言っているんだが」


「織田と毛利は完全に戦となった。もうこれまでのように文を交わすことも、できなくなるかもしれないな」


「もしかしたら、伝右衛門はオレたちの敵になるかもしれんのか」


「そうならないと、いいんだが」


 友が敵になり、敵が友になる。

 それはこの戦国乱世では当たり前のことだ。

 死んで欲しくなかったひとも、あっけなく死んでしまったりする。


 先ほど思い出した青山さんもそうだった。

 そうだ、かつて飯尾屋敷にいた、あの未来みくはどうしているだろう。

 生きて、……幸せになっていてくれたらいいんだが。


「征夷大将軍が、もう少ししっかりしてりゃよかったのによ……」


「応仁以降、みんながずっとそう思っているんじゃないか?」


「違いねえ」


 滝川一益は、笑った。

 笑いながら、草を蹴った。


 もうなにもない草地だが、……ここはかつて、あの、もちづきやがあった場所だ。

 あかりは昨日、ここを見に来たらしい。なにもなくなっていました、なんて笑っていたが。


 家があった本人よりも、俺や滝川一益のほうが懐かしがっているのは、どういうわけだろうな。


「まあ、考えても、どうにもならねえこともあるな。オレたちは目の前のお役目をやり遂げるだけだ」


「そうだな」


 俺と滝川一益は、目を合わせた。


「まずは明日、伊勢にいく。そこから、山田、お前さんが考え出した鉄の船を作り上げて、毛利水軍を打ち倒すんだ。……やろうぜ、山田。オレたちが手を組めば天下無敵だ。いつだってな」


「無論だ。やろう、久助」


 津島の夕陽が、燃えるように赤かった。




 それから、しばらくして。

 摂津の荒木村重が、謀反を起こしたという知らせが伊勢に入ってきた。


「ついにやったか」


 結局、歴史通りになった。

 あの優しかった荒木村重が、なぜ反乱を起こしたのかは分からないが。


 しかしこれは予測通りだ。

 俺は羽柴軍に、武器や兵糧をたくさん送っている。

 荒木村重が反乱を起こしても、羽柴軍は、つまり秀吉は大丈夫のはずだ。


 小寺官兵衛についても、気をつけるように忠告しておいた。

 だから、大丈夫だと思うんだが……。




 しかし、さらに数日が経って、播磨の羽柴小一郎から続報が来た。

 小寺官兵衛が、なんと、荒木村重のいる有岡城に入ったまま、出てこないというのだ。


「あれほど言ったのに! なぜ……」


 俺は思わず叫び、立ち上がった。

 そして、数秒間考えたあと、リボルバーをふところに突っ込んで部屋を飛び出し、


「伊与、五右衛門、次郎兵衛。播磨に行く。ついてきてくれ! 商いのことはカンナに、家のことはあかりに、船のことは久助に任せる。急ぎ、藤吉郎のところへ行くぞ。……馬、引けぇ!」




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