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戦国商人立志伝 ~転生したのでチートな武器提供や交易の儲けで成り上がる~  作者: 須崎正太郎
第五部 本能寺鳴動編(1575~1582)

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第六話 堺の夜、血刀の夜

「久しぶりだな、堺の町も」


 天正4年(1576年)3月。

 織田家の傘下となった国際貿易都市、堺。

 俺はカンナとこの町にやってきた。護衛は伊与と五右衛門のふたり。


 そして――


「父上、父上。ひとがいっぱいやん! 岐阜より凄い! すごすぎるやん!」


「樹……。もう少し静かにしろ、恥ずかしい。……俊明、連れてきてよかったのか?」


「こうして大はしゃぎできるのも楽しいもんだろう。俺たちだって、最初に堺を見たときは驚いた」


 そう。

 我が娘、樹も今回の旅についてきたのである。

 これまでずっと岐阜の屋敷で育ち、岐阜城下で育ってきた愛娘。


 いいかげん、嫁にやるだのやらないだのという話が出ている娘だが、結婚するにせよ、しないにせよ、一度、広い世間を見せてやろうと思い、この町にまで連れてきた。


 岐阜から堺まで、娘の足でついてくるのは厳しいだろう。途中、絶対に音を上げると思っていたが、樹は泣き言ひとつ言わず、平気な顔でついてきた。


「さすが伊与の娘だよな。足腰が頑丈だ」


「暇なときはうちが鍛えてあげてたからねえ。樹はスジがいいよ。立派な泥棒になれる」


「冗談でもそういうことは言うな、五右衛門……」


「あっあっあっ、すごい。あれ、南蛮人やろ? 南蛮のひとやろ? すごーい!」


 どうもノリが軽い。

 堺の町中は日本の武士や商人はもちろん、明らかに外国の者と思われるひとびとがチラホラ見受けられる。それを見て、興奮しているんだろうが……。


 まあいい。

 気を取り直して。


「ここ最近、堺の交易部門はカンナに任せきりだったが、調子はいいんだよな?」


「おかげさんで。去年、出羽国に新しい銀山が見つかったねえ、ちょろちょろ銀が掘られはじめたんよ。それで出羽の商人が堺にまで船で来始めたけん、京の都や近江、美濃、尾張の名物をたっぷり売ったんよ」


「ああ、金蔵に見慣れない銀がやたら転がっていたけど、あれ、そうだったんだ。へえ~」


 カンナの説明に、五右衛門が何度もうなずく。

 出羽の銀山、といえば阿仁鉱山あにこうざんか。

 あれは鎌倉時代からときどき金が出た、銀が出たと騒ぎになるんだ。本格的に金銀銅が算出されるようになるのは江戸時代からだが、それまでも少しは出ていたらしい。……その銀が、堺に入り込みはじめたか。


「と言っても、出羽商人相手の交易利潤は、藤吉郎さんの朝廷工作のために全部使うてしもうたけど。……あのひと、じゃぶじゃぶ銀を使うけん。小一郎が嘆きよったばい」


「必要な使い方だ、仕方ないぜ。それで今回はどうするんだ。また出羽商人を相手にするのか?」


「うん、それやけどね。今回はね、ちょっと南蛮の品を仕入れてみようと思うてね。まずはここから、今井さんのところにいくばい」


「今井さんって、堺の今井宗久のこと? すごく偉いひとなんやろ? いきなり会いに行って、大丈夫なん?」


 樹がキョトンとした顔をした。

 カンナは、ふふんと笑って、


「大丈夫、ちゃんと今日会いたいって使いを飛ばしとるけん」


「そうやなくて。そんな偉い人が父上に会ってくれるん?」


「あっはっは、ほら見ろ、岐阜だけで育てるからこうなるんだぞ、弥五郎。娘がまるで父親の偉さを理解していない」


 五右衛門が笑い飛ばした。

 俺は苦笑しながら、「まあ、いいじゃないか。……さあ、早く行こう」と言って、伊与たちと一緒に今井さんの店に向かった。




「今井さん、お久しぶりです」


「おう、山田さん、蜂楽屋さん。これはこれは、お懐かしい顔ぶれで」


 堺の大商人、今井宗久の邸宅である。

 今井さんと会うのは、去年、長篠の戦いの少し前に会ったのが最後だったな。


「あのときは硝石や硫黄をふんだんに用意してくださり、ありがとうございました。おかげで武田に勝つことができましたよ。お礼を言うのが遅くなって申し訳ありません」


「いえいえ、織田様の勝利はこの宗久の願いでもございますから」


 今井さんはニコニコ笑っている。

 

「さあさあ、まずは茶と菓子でもどうぞ、どうぞ。こちら、南蛮渡来のカステイラでございます」


「ありがたくいただきます。樹、カステイラは名前を教えたことがあるな? ……今井さん、こちら、私の娘です」


「ほう、どこか山田さんに似ていると思っていましたが、こんなに大きな娘さんが。これはこれは。今井宗久です。今後、お見知り置きくださいませ」


「あっ、は、はい。樹、と申します。……よろしくお願い、します……」


 俺の後ろにいた樹は、明らかに慌てた様子で、ぺこりと頭を下げた。ようだ。

 ようだ、というのは後ろにいるから俺からは見えないからだが、気配で分かる。


 俺はそれから、カステイラをいただいた。

 美味い。お茶とも合う。……ほんのりとした甘さは、砂糖ではなく蜂蜜を用いたか。この甘い味を出すのは戦国時代では大変なはずだ。こんなものを出してくれるとは、今井宗久、誠意が溢れているな。


「ところで蜂楽屋さんが、手前になにかご用だそうで」


「ああ、そうそう。今井さん、ちいと小耳に挟んだんやけど、いま堺には南蛮のもんが次々に入りよるとでしょう? このカステイラもそうやし、南蛮の青銅大砲、おまけに南京芋じゃがいもが届きよるって?」


「さすがにお耳が早い。南蛮の商船が次々と入ってきましてな。明やルソン、琉球の産物が、まず九州に届き、さらにその九州から堺に入ってきております。南京芋もまずは肥前に伝来し、それからようやくこちらにポツポツ届きだしたところで」


「それほど盛んですか」


 俺はふたりの会話に入った。


「ガスパル・ヴィレラも世を去ったというのに」


 そう、かつて俺たちと話したあの宣教師、ガスパル・ヴィレラは、いまから4年前に亡くなっている。


「あの方もなかなか、うまく布教ができませんでしたな。天竺に渡って、その地で病を得たとのことです。お気の毒なことで。……しかしガスパルとはまた別に、南蛮人が次々と来ているのは事実ですぞ」


「それよ、今井さん。南蛮の珍しいものを、出羽商人に売るとたい。いまならあっちは景気が良うなりよる。神砲衆と会合衆で、出羽と南蛮船を仲介して、利を得る。それがこのあたりの描いた絵やけど。……どう?」


「ほう。耳寄りな話ですな」


 今井さんは、身を乗り出した。


「出羽商人が堺にやってきている話は聞いておりましたが、なるほど、それと南蛮を結びつけましたか。それは面白い。……しかし」


 すぐに今井さんは、腕を組んで、


「……いや、ですが、出羽の商人に、南蛮の品を買い求める金がいかほどありましょうか。なるほど銀山が開かれた噂は手前も聞いておりましたが、それだけでは――」


「……。……銀だけではなく、出羽の米を仕入れてはいかがでしょう」


 俺は口を開いた。


「出羽の米を?」


「これから織田と毛利が戦になります。ならば畿内の米は自然と足りなくなる。相場が上がる。そこへ出羽の米を売るように話を持っていけば、出羽商人は儲ける。我々も儲ける。さらに言えば、ここで織田家にだけ米を安く届けるように手配すれば、上様(信長)から今井さんと我々に対する覚えも、いっそうめでたくなります」


「……ほう!」


 今井さんは目を丸くした。

 俺はさらに続けた。


「そしてここだけの話ですが、織田家はまもなく、石山本願寺と戦を始めます」


「なんと。織田様と本願寺といえば、昨年に和議を結んだばかりのはず」


「公方(足利義昭)ですよ。毛利に庇護された公方は本願寺と繋がっている。そのために織田様と本願寺はまた戦いになるのです」


「それは知らなかった。なにやら臭い気配はしていましたが、手前は気付かなかった! ふうむ、さすが上様の覚えめでたき山田さん。よくそのことをご存知で!」


 今井さんは絶賛したが、……なに、いつもの俺の歴史知識だ。

 まもなく織田信長と石山本願寺の戦いが始まる。これは歴史的事実だ。俺が信長や秀吉から聞かされていたわけじゃない。


 だが俺が語ったことはデタラメでもない。

 織田と本願寺、毛利が戦いになれば米が不足し相場が上がる。

 そこに出羽商人が米を持ってきて儲ける。その儲けに対して南蛮の品々――特に青銅の大砲などは受けるだろう。これらを売れば、南蛮商人も、仲介役の我々も儲かる。


「話がまとまりそうですね、今井さん」


「ううむ、まったく良い儲け話を聞きました。さすがは山田さん! ではその話、さっそく進めましょう」


「よっしゃ、こっちもやろう。あたし、出羽商人に話をつけるけん。任せとき、しっかり話はまとめるけんね!」


 こうして今井さんとカンナと俺とで、商談を進めることにした。

 その後、今井さんの店を出た瞬間、樹は目を丸くして、


「……父上、すごい人やったんやね」


「だから言っただろう。父上は凄い、と。これからもっとよく父親を尊敬するように」


「日ごろから尊敬するように教育しときなよな~。子供は親を尊敬したいもんだよ、普通はね」


「五右衛門が言うと説得力があるぜ。……よし、商いはうまくいきそうだ。これでまた儲かるな!」


 その後、俺たちは堺にしばらく逗留し、やがてやってきた出羽商人も交えて商談を交わすことになる。話はトントン拍子で進み、あとは出た利益をどのように分配するかということで、神砲衆と会合衆の間で何度も話し合いが重ねられたのだが、――やがてある日の夜。


「俊明、岐阜の次郎兵衛から知らせが入った。お前の言った通り、石山本願寺と上様の間で戦が始まった」


「来たか!」


 俺はもう寝床に入っていたのだが、伊与の知らせを聞いて、がばっと跳ね起きた。

 隣のカンナが「むにゃ。なになに~」と呑気に眼をこする。


「上様は、明智光秀殿や荒木村重殿に命じて石山を攻めるおつもりらしい。神砲衆にも出陣の命がくだった。次郎兵衛がいま、80の兵を連れて上様の本陣に加わっている」


「次郎兵衛はいい忍びだが、兵を采配する才はない。……伊与、石山に行ってくれるか? 俺とカンナは商いの話をまとめないといけない」


「もちろんだ。元よりそのつもりでいた。……ところで俊明」


「どうしたんよ、伊与。そんな怖い顔をして……」


 伊与は、本当に深刻な顔をして、周囲に人が居ないこと確かめると、俺とカンナに顔を近付けて、小さな声で、


「やるなら、いい機会だぞ」


「なにがだ」


「忘れたのか。明智殿のことだ」


 俺は目を見開いた。

 カンナも、目が覚めたような表情である。


「戦のどさくさに紛れてやれば、いかに明智殿といえど斬るのは容易い。……俊明、お前の命令ひとつで私はこの刀を血に染める」


「伊与。……そこまでの覚悟か。お前が、刀を血に、なんて」


「いまさらだろう。さんざん人を斬ってきた私だ。名も知らぬ足軽だろうと、明智光秀だろうと、命は命。私の手はとうに汚れている。……それよりも、明智のことだ」


「…………」


「上様を助けるんだろう? 歴史を変えるんだろう? ……だったらいまが好機だ。そうじゃないか、俊明……?」


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