第十五話 那古野城へ
11月10日投稿分(第十四話 バタフライエフェクト )は、11月10日の22時半ごろに、終盤をわずかに改稿しました。
それ以前のバージョンとは内容が少しだけ違っております。あしからずご了承ください。
「弥五郎、いいのか? あんな約束をして」
伊与が言った。
母ちゃんも、眉をひそめた。
「そうだよ、弥五郎。炭500分の効果なんてどうするの。炭をじっさいに買い集めるの?」
「それは無理だよ。いま、俺たちの手元には3貫しかない。それも最終的には村のみんなで分ける金だ。それで炭500なんて、とてもとても」
「じゃあ、どうするの?」
「うん。……じつは俺にひとつ、考えがあるんだ。みんな、協力してくれないかな?」
俺は、父ちゃん、母ちゃん、伊与の3人に目を向けた。
3日後。
村の片隅にて――
「こ、これは……」
やってきた藤吉郎さんは、怪訝そうな顔を見せた。
なぜならそこにあったのは、ただ薄く積み上げられた古瓦、数十枚だったからだ。
炭は、瓦のそばに少し置いてあるだけだ。
「おい、弥五郎! こりゃなんじゃ!? ただの瓦でねえか!!」
藤吉郎さんは、困惑と怒りを混ぜたような表情を見せる。
「それもやけに古いボロ瓦……。炭はどうした、炭は!?」
「藤吉郎さん。炭は、この瓦の中に入れるのです。入れることで、炭の火力は何倍にも増します」
「なに? どういうことじゃ?」
「これを、瓦ストーブといいます」
「瓦――すとおぶ……?」
「見ていてください」
俺は火打石を用いて、まず用意したタイマツに火をつけた。
そのタイマツから、炭に火をつけていく。
そして積み上げた瓦、その中央部分に空いている穴に、炭を放り込んでいったのだ。
ほどなくして――
ぼおお、と、激しく炎が穴の部分から噴き出てくる。
「おおっ!」
「ご覧の通り。……ごくわずかな炭で、これだけの火力が出ます。炭1つで、5つ分の火力にも匹敵するでしょう」
「た、確かに。しかし……これはどういう仕組みじゃ? 瓦を積み上げただけの中に炭を入れるだけで、こんなことになるなんて……」
藤吉郎さんは、仰天している。
俺は、してやったりの気持ちだった。
瓦ストーブ。それは一種のロケットストーブだ。
瓦を特別な状態で積み上げることで、瓦の中は煙突に似たような状態となる。
空気が常に取り込まれて、火力が勢いを増すのである。
「作り方は、一度覚えれば誰でもできます」
石を並べて土台を作る。
その土台の上に、裏返しにした二段重ねの瓦をタテにふたつ並べる。
次に、その瓦の両脇に石を配置する。
そして、置かれた瓦と石の上に、今度は表向きの瓦を一枚ずつ、まんべんなく並べていく。
このとき中央部分だけは空けておく。その空けた部分には、また裏返し瓦を1枚だけ載せる。
「表向き瓦の上に裏返し瓦を載せることで、瓦の間に隙間ができます。この隙間が大事なのです。最終的に、この隙間部分が通気口になり、空気を取り込むことになります」
「――ほほう」
「そしてこの瓦たちの上に、また表向きの瓦を両脇に積み上げていきます。これはストーブの壁になる瓦になります。このとき先ほど載せた通気口用の瓦が不安定になるので、通気口以外の隙間は石などで埋めてやると全体が安定します」
ここまで作れば、もはやできたも同然だ。
積んだ瓦の奥に、巨大な石を置く。
石がなければ泥の塊でもいい。とにかく壁を作ってやるのだ。
で、最後に、積み重ねた瓦の手前側に瓦を複数枚積んでやる。
この瓦は少しずつ、奥に向かってずらすように積み上げると、炎の勢いが増していくので効果が上がる。
「これで瓦ストーブは出来上がりです。……これならば、少ない炭や薪でかなりの火力を出すことができますし、瓦さえあればすぐに作れますので、長期に野営するときなど戦場でも役に立ちます」
「ううむ! 瓦でこんなものを作ってしまうとは! これなら確かに、炭100で500分の火力を出せる……いや、もっとか!? 弥五郎、汝ァ……やるもんじゃのう! これなら、いま必要とする炭は100で充分じゃわ!」
「ご満足いただけましたか」
「おうとも、満足満足! 見事じゃ、弥五郎。戦場でも役に立つ方法を教えてくれるとは……このやり方、那古野城で使ってええんじゃな!?」
「もちろんです。どんどん使ってください。その代わり――」
「おう、分かっとるで。今年はむろん来年以降も、那古野城で薪炭が必要になったときは大樹村から買おう。わしから奉行様にしっかりと伝えておく。いやあ、ありがとう!」
太陽のような笑みを浮かべて、藤吉郎さんはニコニコ笑った。
……やってよかった。心からそう思う。
のちの豊臣秀吉。人心掌握に長けた英雄。
まったく、人たらしとはよく言ったもんだな。
このひとのためなら、もっとなにかしてあげないと、って思ってしまう。
人徳というか魅力というか……。
瓦ストーブを作るのは、ちょっとだけ手間だった。
いや、ストーブそのものを積み上げるのはそう難しくなかった。
ただ、瓦を集めるのがね。
俺たち家族は、村中はもちろん、近隣の村や寺まで駆け回って古瓦を集めた。
どんなところにも、不要になったボロ瓦が少しはあるもんだからな。
そして俺は、かき集めたその瓦を積み上げてストーブを作ったのだ。
今回の瓦ストーブは、俺だけじゃない。
父ちゃん、母ちゃん、それに伊与が頑張ってくれたおかげだな……。
「ところで、炭100はもうお城に持って帰っていけるかの?」
「あ、はい。あの高台の上に小屋があるでしょう。あそこに炭100束、集めています。父ちゃんたちがあそこで待っているはずです」
「そうか、親父殿が……。うむ、ありがとう。では早速じゃが、炭の代金を支払おうかの。奉行様から預かっておったのじゃ」
そう言うと藤吉郎さんは、ふところから袋を取り出した。
そして、その袋を開く。
中には、銭が入っていた。
永楽通宝だ。
15世紀前半に、明(中国)の皇帝、永楽帝が鋳造したことから名付けられた銅銭である。
永楽通宝は、戦国日本における通貨といっていい。室町幕府は貨幣の鋳造や貨幣制度に着手しなかったため、中国から輸入されてきた永楽通宝を、ひとびとは利用した。
これに対して、日本国内でも勝手に作られた通貨、いわゆる私鋳銭も存在したが、永楽通宝よりは価値が低かった。少しあとの話になるが、慶長13(1608)年には、江戸幕府が私鋳銭4枚で永楽銭1枚と同価値と制定したくらいだ。
――ともあれ俺は藤吉郎さんから、村中から集めた炭100の代金、2貫300文を受け取った。
あとで村人みんなで分ける、大事なお金だ。しっかりと守らないとな。
「それじゃ、弥五郎。炭100はわしが受け取るでよ」
《弥五郎 銭 5貫300文》
<目標 なし>
商品 なし
それから俺は、藤吉郎さんを高台の上にある小屋まで連れていった。
炭100は、やはりちょっとした量である。
「弥五郎。藤吉郎さんひとりで、炭を運ぶのは難しいだろう。お前、手伝ってやったらどうだ」
「うん、そうだね。村には馬もあるし」
父ちゃんに言われて、俺は馬を2頭連れてきた。
で、それぞれの馬に炭の入った黒俵を取り付けたのだ。
炭はけっこうな量だが……が、がんばれ、馬。
「これでよし、と。じゃあ俺、那古野城まで藤吉郎さんを送ってくる」
「弥五郎、ひとりで大丈夫か? 私もついていこうか?」
「大丈夫だよ、伊与。お城まで炭を届けるだけだし、すぐに戻ってくるから」
「そ、そうか。……帰ってきたら、また相撲でも取ろうな」
「ああ」
俺は力強くうなずいた。
すると伊与は、口許に笑みを浮かべて言った。
「……弥五郎。やっぱりお前は、少し変わったよ」
「え……」
「弥五郎は弥五郎だけどな。だけど――ふふ、相撲を取っても、今度はてこずるかもな」
「……かな?」
俺は、ちょっと肩をすくめたが――
伊与は、ニヤリと笑って、
「まあ、てこずるだけだがな。負けはしない」
「って、おい。なんか真面目な感じだと思ったら、なんだよ!」
「ふふっ、だって本当のことだろう。私のほうがお前よりも絶対に強い。お姉さんだからな」
だから1日だけだろ――と言おうとした瞬間、伊与は、ぽんと俺の肩を叩いた。
「引きとめて悪かった。……それじゃ、いってらっしゃい」
「い、いってきます」
……なんだか、くすぐったいな。
変な気持ちだ。いつもの伊与とのやり取りなのに。
俺はきびすを返すと、藤吉郎さんに声をかけた。
「お待たせしました、藤吉郎さん。行きましょう」
「うむ。……しかし弥五郎。いまのは、ええ娘じゃな」
「え。……伊与のことですか?」
「うむ」
藤吉郎さんは、神妙にうなずいた――
かと思うと、急にニタリと笑った。
「見目麗しいこと、この上なし。あと2、3年も年が長ければ、そりゃあ美人になるじゃろうて――いや、冗談じゃ、冗談。そう怖い顔をするな、弥五郎!」
藤吉郎さんは、ぽんぽんと俺の肩を叩く。
真面目な空気がぶち壊しだ。
そういえば秀吉って、けっこうな、いやかなりの女好きだったっけ……。
でもま。……伊与がいい子なのは確かだな。
村に戻って、また相撲を取るのが楽しみだぜ。
――ともあれ、こうして俺と藤吉郎さんは大樹村をあとにし、馬2頭を引き連れて、那古野城へと向かうのだった。




