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第四十六話 織田家臣団の悩み

 甲賀衆に仕事を依頼してから、しばらく経ったある日のこと。


「清州城に行く」


 と、俺は言った。

 信長不在のいま、清州城には、織田信長の重臣が詰めて、合議制で家中を運営していると言う。

 佐久間信盛、佐久間盛重、森可成、丹羽長秀、池田恒興、そして俺とも旧知の間柄である前田利家さん。

 彼らが集まって、なんとか、信長不在であることを隠しているとのことだった。


「その清州城にいって、前田さんと会い、今後のことを打ち合わせたいんだ」


「よき考えじゃ。わしも一度、又左と会わねばならんと思うておった」


「承知。それでは参りましょう。道中なにがあるか分かりませんから、油断だけはしないように……」


「無論じゃ。……他に誰を連れていく?」


「大人数で行くと目立ちます。俺と藤吉郎さんと——護衛兼道案内として、伊与、頼む」


「そうか、伊与は昔、清州城で雇われとして働いていたことがあったのう。しかし、大丈夫か? 清州に知り合いなどがおるかもしれんぞ?」


「あれからもう4年も経っております。たかが雇われの女侍のことなど、もう覚えている者もいませんし、私も人相や背丈がずいぶん変わりましたから。……大丈夫ですよ」


「そう言われたらそうじゃの。伊与はここ1年ほどでめっきり美しゅうなったからのう。わっはっは」


「昔は美しくなかった、みたいな物言いですね? 藤吉郎さん?」


「……いやいや、前から綺麗じゃった。それがもっと美人になったというんじゃよ、うん! はっはっは、はははのは!」


 じろりと睨んだ伊与には、ちょっとした迫力がある。藤吉郎さんは苦笑いを浮かべて頭をかいた。

 そんなやり取りを経て——カンナは、ちらちらっと伊与を見てから、くちびるを動かす。


「弥五郎、あたしは? あたしもついていったほうがよかっちゃない?」


 なにを思ったのか、そんなことを言う。

 俺はかぶりを振った。


「カンナはここに残ってくれ。留守にしていた間の神砲衆の、帳面を見て、おかしいところがあったら修正したり、商いの指導をしてほしいんだ。それに、さっきも言った通り、道中どんな危険があるか分からないからな。この屋敷のほうが安全だ」


「…………それは分かるけど……でも……」


 カンナは、ちらっと伊与のほうを見る。

 これは……なんて言うか、つまらん心配をしているな。

 さっき藤吉郎さんが、『伊与はここ1年ほどでめっきり美しゅうなった』と言ってから、様子がおかしいのだ。


 ま、確かに——我が幼馴染さまは、もともとが美形だったのに、ここ最近でさらに美人になったと思う。どう客観的に見ても、美女である。

 だからカンナのやつ、変な心配をし始めたんだな。いくら俺でも、この女心は分かる。

 信濃の山奥。温泉の中で、彼女を抱きしめたときの柔肌の感触は、まだ俺の指の中に強烈に残っていた。


 だから、俺は言った。


「なにも心配するなって。ちゃんと帰ってくるから。な?」


「……! ……う、うんっ。……えへへ。そうやね、弥五郎、帰ってくるけんね。ごめんね、変なことば言うて!」


 カンナはニコニコ笑った。

 俺も、笑みを返す。そんな俺たちを見て、伊与は片眉を上げた。


「……ふたりとも、どうした。なにかあったのか?」


「いや、なんでもないなんでもない。ちょっとしたあれだ。なにだ」


「そうそう、なんでもなかとよ、伊与。……清州への道案内、お願いね! あたしもお仕事頑張るけん!」


「…………? ……なんなのだ、本当に……」


 伊与はじっと、俺たちをいぶかしむような眼で見てくるが——

 まだタイミング的になにかを言うわけにはいかない。俺たちは笑ってごまかした。

 さあ、こんなことをしている場合じゃない。清州城に行かないと!




「…………やはり世の中は不公平じゃ」


 藤吉郎さんが、なにかを憎むようにうめいたが、俺は聞こえなかったふりをした。




「山田! 藤吉郎! それに堤もいるじゃねえか。よく無事でいやがったな、おい!」


 清州城に入り、一室に通され——

 しばし待っていると、そこに前田さんが現れた。

 そしてそこには、もうふたり。男が登場したのである。

 ひとりは、俺も知った顔だった。


「佐々さん。お久しぶりです」


「…………久々」


 そう、佐々成政。

 俺から早合を、かつて買ってくれた人物。

 確かに、佐々家は織田家に属していたな……。ここにいるのは当然か。


 そしてもうひとり。目の細い、温厚そうな若い侍だった。


「あなたが、神砲衆の山田弥五郎どのですか。又左から話は聞いておりますよ。よくおいでなさいました」


「はっ。山田弥五郎と申します。……ところで、失礼ですがあなたは——」


「これは失敬。申し遅れました。私は丹羽五郎左衛門長秀と申します。以後、お見知りおきを」


 ……丹羽長秀。

 米五郎左と呼ばれる知勇兼備の武将。

 普請奉行などの内政仕事をやらせてもうまく、戦の駆け引きにおいてもソツのない、要するになにをやらせても上手く、米のように欠かせない存在ということから、そんなあだ名がついたとされる。

 織田信長の姪と結婚し、親友でもあり兄弟でもあると呼ばれるほど、厚い信頼を受けていたとされる人物でもある。そんなビッグネームの登場し、俺は改めて名乗りを上げ、今後ともよろしくと伝えたのだ。


 あいさつもそこそこに、会議が始まる。

 俺、藤吉郎さん、前田さん、佐々さん、丹羽さんが顔を合わせる(いちおう伊与もいるが、彼女はあくまでも俺の護衛ということで、一歩引いた場所で正座をしていた)。


 まずは現状の確認だった。

 尾張は、大きく分けて、織田弾正忠信長家、織田勘十郎信勝家、岩倉織田信安家の3勢力に分かれ互いに睨み合っている。

 そのうち岩倉織田信安家が、もっとも信長家と敵対していた。岩倉織田信安家は、美濃の斎藤義龍と提携し、信長の領土にしばしば踏み入ってきている。そのたびに丹羽さんや前田さんが出陣して、追い払っているとのことだ。

 織田勘十郎信勝家は、信長家と敵対する様子を見せつつも、まだはっきりとは行動を起こさずにいる。

 三河・遠江・駿河の今川氏は、いまのところ動く気配はない。様子をうかがっているようだった。


「今川は、なんだって尾張に来ねえんだろうな? これだけこっちが、ゴタゴタしているってのに」


 前田さんが、首をひねる。

 すると藤吉郎さんが、口を開いた。


「又左、そりゃ簡単よ。いま今川家が尾張に攻めてきたら、3つに分かれている織田家は、当然、ひと塊になるじゃろう。いくら互いに対立しているといっても、そこは尾張の織田家同士……。今川が攻めてくれば、一致団結してことに当たるに違いない。……や、実際にそうなるかは分からんが、少なくとも今川義元はそう見ておるじゃろうな。わしなら、そう考えるものな」


「木下どのの言うことは、正しいですな」


 丹羽長秀さんが、小さくうなずいた。


「せっかく3勢力に分かれている尾張……。お互いにぶつかり合っているのだから、しばらく様子を見て……。実際にいくさが起き、3勢力がそれぞれ弱まったところを見計らって、攻めようと考えるのがごく当然の思考でしょうな」


「……なるほど。ううん、そういうもんか……。オレっちなら、ここぞとばかりに尾張に攻めいるところだが、そういう考えもあるもんだな」


「……猪武者」


「うるせえぞ、内蔵助(佐々成政)! わ、悪かったな、戦略の眼がなくてよ!」


 ぽつりと言った佐々さんに向けて、前田さんが怒鳴りあげる。

 それを見て、丹羽さんは温和に微笑み「まあまあ」と仲裁の声をあげた。——あげてから、


「そういうわけで、現在、我々がまず考えるべきは、斎藤義龍と織田信安だと思われますが……。ただ、織田勘十郎さまも不気味なのです。こちらに味方するでもなく、しかし戦を仕掛けてくるでもなく、じっと独立を保っている——」


「そりゃ丹羽さま。大義名分がないからですわ。弟の勘十郎信勝さまが、織田弾正忠家を攻撃すれば、いくら理由をつけたとしてもそれは謀反になりますで。それじゃあやっぱり、一時はよくてもあとが続かない。なんらかの名分を見つけるまでは、とりあえず様子を見る。わしが勘十郎さまでも、そうしますわなあ」


 丹羽さんの疑問に答えるように、藤吉郎さんが声をあげた。

 すると丹羽さまは「ほほう」と目を見張る。


「なるほど、名分ですか。それはおおいにありえること。……いや木下どの、お見事ですな。足軽組頭にしておくには、惜しい眼です」


「いやいや、あっはっは。なに、わしならどうするかと思案した結果を申し出たまで。身分をわきまえず、出過ぎたことを申しましたで」


「いやいや、身分などお気になされるな。いろんな意見を口にするのが軍議というもの。これからもご意見があれば、堂々と口にしていただきましょう」


「はっ。そりゃどうも、ありがたき幸せ——」


 藤吉郎さんは、ニコニコ笑って頭を下げた。

 丹羽さんはその様子を見て、目を細める。どうやら、藤吉郎さんに好感を持ったようだ。

 さすが藤吉郎さん……。見事な戦略を見せて、丹羽さんの信頼を得たな。


「さて、現状は分かりました。では我々としては、斎藤義龍と織田信安に対抗しつつ、織田勘十郎さまの動向に気を配る、ということになりますが……。さてこうなると、やはり三郎さま(信長)がどこにおられるのか、それが知りたいですな」


「……少なくとも、敵に捕まっているわけではない」


 佐々さんが、ぼそりと言った。


「三郎さまが敵対勢力に捕らえられているのなら、あるいは殺されてしまったのなら、当然、敵はその旨をこちらに通達してくるはず。それなのにその動きがないということは、三郎さまはどこかに潜伏しておられるか。……あるいは、死んでいるが、まだそのご遺体が見つかっていないか、ということになる」


「その件ですが。……山田どの。いま三郎さまの行方については、山田どのが忍びを使って捜索されているそうですな?」


 丹羽さんが、目を光らせた。

 俺は、こくりとうなずく。


「金で甲賀衆を雇い、国中を捜索させております。……生きているにしろ死んでいるにしろ、三郎さまの行方は近いうちに必ず分かるかと」


「生きているに決まっているさ! あの方がそうあっさりとくたばるもんかよ!」


 前田さんが、強気な声をあげる。

 その後ろで、佐々さんが「……単純」とつぶやいたため、前田さんはまた「なんだとぉ!?」と、佐々さんに食らいつく。丹羽さんはまた「まあまあ」となだめた。

 ——なんとも、緊迫している情勢のわりには、牧歌的なやりとりが交わされていたが、あるいはそれだけみんな、不安なのかもしれない。やはりリーダーの信長がいなければ、今後の動きなど決めようもないのだから。




 会議を終えた俺は、津島に戻った。


「おかえり、弥五郎っ! 伊与!」


 帰った瞬間、カンナが笑顔で出迎えてくれた。


「ただいま、カンナ」


「いま帰ったぞ」


「うん、ふたりともおかえり! えへへ、あたし、お仕事頑張りよったよ!」


 そう言ってカンナは、俺に大量の帳簿を手渡してきた。

 俺たちが津島を留守にしていた間の、商取引について記されているらしい。


 そう、俺たちが東海地方に行っている間、神砲衆のみんなは濃尾平野で商いを行って独自に金を稼いでいた。その金は、基本的には神砲衆の生活費になったそうだが、しかしそれとは別に、500貫の利益は得られたそうだ。



《山田弥五郎俊明 銭 24604貫740文》

<最終目標  30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>

<直近目標  織田信長を見つける>

商品  ・火縄銃       1

    ・甲州金      20

    ・籠         2

    ・アワ      300

    ・ヒエ      300

    ・蕎麦      300

    ・猪肉塩漬け    10

    ・アノラック    10



 さらにここから——信濃から尾張に戻ってくるまでの過程で、すべての種類の食糧を半分消費した。

 よって現状はこうなる。



《山田弥五郎俊明 銭 24604貫740文》

<最終目標  30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>

<直近目標  織田信長を見つける>

商品  ・火縄銃       1

    ・甲州金      20

    ・籠         2

    ・アワ      150

    ・ヒエ      150

    ・蕎麦      150

    ・猪肉塩漬け     5

    ・アノラック    10



「——ところで、三郎さまは見つかったとね? 弥五郎」


「いや、まだだ。ただ、敵に捕まっている可能性は低いだろうって、会議の中でそういう結論は出た」


 俺は神砲衆の屋敷の中を歩きつつ、カンナとそういう会話を交わす。


「……とにもかくにも、三郎さまを見つけださないとどうにもならない。だからいまは、滝川さんからの報告待ちなんだが……」


 と、言いながら廊下を歩いていたそのときだ。


「おーい! 弥五郎」


 五右衛門が、廊下の奥から忙しそうにやってきた。


「待ってたよ。滝川さまからいま、連絡が来たところなんだ」


「滝川さんから!? 連絡が来たのか! それで、なんだって?」


「うん、それがね。……悲報と朗報が両方だよ」


 五右衛門は、困ったような笑みを浮かべて言った。


「三郎さまが見つかったらしい。ただし——ちょいと妙なところにおりなさるってさ」

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