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第90話「エミリアの部屋」

「うう、またドブネズミのミイラだ……サキさん、サキさーん!」

「またであるか……」


 俺とサキさんがエミリアのゴミ部屋から大量の本やゴミを運び出していると、ゴミの隙間から見たこともない虫やドブネズミの死骸などがちょくちょく姿を現す。

 俺は虫とかダメなタイプなので、そのたびにサキさんを呼んで処理してもらうといったことを繰り返している。さすがサキさん、頼りになるな。


「もうまじで帰りたい……」

「あと少しで終わりであろう。辛抱せい」


 エミリアの部屋はサキさんの部屋よりも一回り広い程度、八畳くらいの個室だ。

 部屋の外側には扉と大きめの木窓があり、ゴミを運び出して初めて知ったが、部屋の奥には研究室と直接出入りできるスライド式の扉があった。もっとも、奥の方の扉はゴミで埋まって使用不可能な状態だったが……。


 部屋の家具と言えば、広めの机と一人用のベッドのみ。本棚やゴミ箱は無かった。部屋の側面にある一畳ほどのクローゼットには色んな魔道具が収められている。

 クローゼットは半開きの状態で埋まっており、その隙間からゴミが雪崩れ込んでいる状態だった。

 何はともあれ、主にサキさんの活躍によって何とか床が見える状態にはなった。



「ティナ、次はどうしたらいい?」

「そうねえ……机とベッドも部屋から出して、まずは部屋の清掃ね。この辺りは私とサキさんとミナトの三人でやるわ。ユナは必要な家具を買って来てちょうだい」


 ティナはサキさんから魔法のペンを借りて、空になった部屋とゴミ溜めを交互に見ると必要な物をメモしてユナに手渡した。


「それじゃあ私は必要な物を揃えてきます。荷物はすぐに運んで貰って、買い物が済み次第戻ってきますね」

「大変だけどお願いね」


 ユナはリヤカーを付けたハヤウマテイオウに乗って、街まで買い出しに行った。



 この場に残った俺とティナは二人で部屋の掃除をして、サキさんは部屋の外で机とベッドを拭いている。

 部屋の外に設置してある無数の簡易テントには、エミリアの関係者が借りパクされた物を探し出すために作業しているようだが、エミリアは図書館の司書と思われるおじさんにめちゃくちゃ怒られている様子だ。


 この世界の本は貴重らしいので、まあ当然だろう……。






 机とベッドをきれいに拭き終わったサキさんも部屋の掃除に加わって、ようやく部屋に机とベッドを運び込める状態になった頃には夕方に近付いていた。

 大量の本は殆どが図書館に返却され、借りパクされた物を取り返しに来ていた人も居なくなり、辺りは静かになっている。


 先程からユナが街で買った家具や荷物がいくつか配送されて来ているので、サキさんと俺が部屋に運び込んで、ティナの指示通りに設置していた。

 今届いているのは、ベッドに敷く新しいマットと布団一式、机の横に置く大きな本棚と衣類を掛けておく収納付きのハンガーだ。

 クローゼットが魔道具置き場で完全に潰れているので、服は本棚の隣に置くらしい。


「あとは部屋に荷物を運ぶだけね。サキさんは大量のゴミを荷車に積んで学院の焼却炉まで持って行って。洗濯すれば使える服はエミリアがテレポートして、うちのお風呂に運んで来てちょうだい」

「これは夜まで掛かりそうだのう……」

「ユナが帰ってきたら俺もそっち手伝うから頑張ってくれ」

「うむ……」


 エミリアの部屋から出たゴミは、正直ダンプカーが欲しいくらいの量なので、普段ぼやかないサキさんでもゲンナリしている。



「遅くなりましたー!」


 俺とティナがエミリアの部屋に本やまとめた書類の箱を運び込んでいると、リヤカーに小物を載せたユナが戻って来た。

 リヤカーにはゴミ箱や机の上に置く小さな置棚などが積んであるようだ。


「じゃあ部屋の方は二人に任せる。俺はサキさんの方を手伝うぞ」


 結局、俺とサキさんが全てのゴミを学院の焼却炉に運び終わる頃には夜になっていた。






 俺たちの作業が大詰めを迎えると、エミリアとモーリンは無数の簡易テントを片付けて、それが終わったモーリンは学院長先生に報告しに行ったようだ。

 口数の少ない男だったが、本当に最後まで付き合っていたモーリンはある意味偉い。結局三十時間くらい立ちっ放しだったみたいだし……。


「無理だと思ってたが何とか終わったな」

「地層になってた殆どの本が図書館に戻ったのが大きいですね」

「一度家に帰って、そのまま銭湯に行って良いか?」

「行って来い。ついでに家の湯沸かし器を動かしておいてくれると助かる」

「よかろう。では行ってくる!」


 サキさんが白髪天狗に乗って魔術学院から去るのを見送った俺は、エミリアの部屋のベッドに腰掛けて、エミリアに色々と説明しているティナとユナの三人を見守っている。


「みなさん今日は本当にありがとうございました。もし次が……」

「次はもう手伝わんからな」


 俺はエミリアの言葉を遮って釘をさした。


 エミリアの部屋は殺風景ながらも、大きな木窓には落ち着いた品の良いカーテンが付き、机には小さな花瓶に花……どうせすぐに枯らすだろう……が置かれ、ベッドの枕と布団カバーはちょっとだけ幼い感じという、エミリアの趣味もちゃんと反映させた小奇麗な部屋に仕上がっている。

 もちろん研究室に直接出入りできる部屋の奥のドアも使えるようになった。



「……そろそろ帰りましょうか?」

「すっかり遅くなってしまったわね」


 意外と居心地が良くなった部屋でくつろいでいた俺も、二人に言われてベッドから立ち上がると、外に繋いであるハヤウマテイオウのリヤカーに乗り込んだ。

 扉の前で見送るエミリアに手を降って俺たちが帰路につくとき、エミリアの横に突然現れた老人が俺たちに会釈をしてきた。

 テレポートで現れたのだろうが、自分の背丈よりも長い杖を持った老人は、古めかしい魔術師のローブを着て、仙人のように長い髭を蓄えている。


「優しそうなおじいちゃんね」

「あれが学院長先生かな? まあいいや、疲れたし早く帰ろう」

「じゃあ、出しますね」


 ユナがハヤウマテイオウを走らせると、学院長先生だと思う老魔術師はエミリアと何かを話してから、一緒に部屋の中へと入って行った。






 家に帰った俺たち三人は、馬小屋にいた白髪天狗と一緒にハヤウマテイオウの世話をしながら今日の夕食について相談している。


「今日はどこかに食べに行きます?」

「困ったわね。サキさんには何も言ってないわよ」

「俺はティナのご飯がいい……」

「そう? じゃあもうひと頑張りするしかないわね」


 俺がティナの作業着の袖を摘まんで言うと、ティナは機嫌よく調理場に向かった。


「今日くらいゆっくりすればいいのに……」


 ティナを気遣うユナが、俺の方を向いて不満を漏らしている。


「俺も頑張るし……エミリアが風呂場に投げてる服を洗濯するし……」

「私も手伝いますよ。着替えはその後ですね」


 俺とユナは風呂場に移動して、エミリアの服と下着を洗濯することにした。



「あの女、最近は毎日着替えてるから大丈夫だと思ってたけど、洗わずにローテーションしてただけっぽいな……」

「そんな感じですよね……」

「下の層から発掘した服は本の匂いというか、なんか独特のカビっぽさがあるな」

「あ、なんか破れましたよ。こっちのはダメですね……」

「気にしなくていいぞ。ダメなのは残飯と一緒に燃やそう」


 俺とユナがエミリアの服と下着を洗濯して勝手口の物干し台に移動しているとき、調理場のティナは一足先に着替えを済ませていた。

 俺はエミリアの洗濯物をさっさと乾し終わると、ユナと一緒に急いで部屋に戻って普段着に着替えた。


「草むしりだけでお役御免だと思ってた作業着だけど、結構活躍の場があるよな」

「こんなことならもっと可愛い色にすれば良かったですよね」

「適当に選んだから四人とも同じデザインで灰色一色なんだよな」

「……あ。エミリアさんに頼んだら本物のメイド服とか手に入らないでしょうか?」

「そういえば貴族のお嬢様だったなあ」


 俺とユナは散々活躍した作業着に文句を言いながら、きれいに畳まれたティナの作業着と部屋に脱ぎ捨てていたサキさんの作業着を回収して、もう一度風呂場で洗濯した。


「外はエミリアので埋まってるし、携帯用の竿で部屋干しするかあ……」



 俺とユナが広間で作業着を干していると、慌てた様子のサキさんが帰ってきた。


「今日は早いじゃないか」

「……うむ。晩飯はどうなるかと思うての」


 なるほど……夕食はティナが作ってくれることを伝えると、サキさんは頭に巻いていた濡れたタオルと使用済みの下着を俺に手渡して、黙々とミシンの続きを始める。

 このタオルと下着は、俺が脱衣所の洗濯かごまで持って行くのか? 別にいいけど。


「私はティナさんを手伝ってきますから、ミナトさんは休んでていいですよ」


 ユナは俺からサキさんのタオルと下着を受け取って、調理場の方へと向かった。


「今日はエミリア来るかな?」

「さあの」


 俺は遅すぎる夕食が出来るまで、サキさんの隣で作業を見ている。今サキさんが作っているのは、俺も良く知っているセーラー服だ。

 浴衣の生地を買いに行ったときにコッソリ頼んでおいた物だが、ちゃんと作ってくれていたんだな。もう殆ど出来上がっているので、ティナに着てもらうのが楽しみだ。






 今日の夕食はカナン風に味付けした鍋料理だった。結局エミリアは来なかったが、その辺りの判断が付かないので鍋にしたらしい。


「やっぱり家でティナのご飯食ってる方が落ち着くなあ」

「わしも。おかんの飯みたいで安心するわい」

「もうサキさんったら、お母さんだなんて……」


 サキさんの意見には同意である。おかん扱いされたティナは嫌がるどころか照れた仕草をして喜んでいるようだった。

 ううむ。本来ならサキさんくらいの年の子がいてもおかしくない年齢だろうから、こういう反応になるのかも知れないなあ……。


「今日はもうエミリアは来ないぞ。時間も遅いし、俺が片付けするからティナとユナは先に風呂に入っててくれ」



 風呂の早い俺は、一人で夕食の後片付けをして最後に風呂場へ行ったのだが、結局浴槽に浸かるのは三人同時だった。

 俺が一人で食器を洗えば時間のロスがないのか……今度から夜遅い時はこのパターンで行こう。

 むしろ毎日食うだけで何もしないサキさんがやれば効率的だと思うが、力仕事は全部サキさんに押し付けているので、こういう仕事はこっちでやるのが筋だろう。


 風呂から上がった俺たちは、サキさんを誘って歯磨きしたあと雪崩れ込むようにしてベッドに潜った。

 下手な冒険よりも疲れた俺は布団を被った瞬間に寝てしまったのだが、散々怖い目に合った虫とドブネズミの死骸が夢に出てこないように、ティナの腕にしがみついて寝たのは言うまでもない……。


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