第89話「シティアドベンチャー」
朝、いつもより早くに目が覚めた俺は、ティナと一緒に朝の支度をしてから、調理場で料理の見学をしていた。
ティナは米を炊きながら肉と大根のような野菜で煮付けを作っている間に、良くわからない素材でダシを取ったあと、それを混ぜて卵焼きを作り、ベーコンに巻いた野菜とウインナーを焼きながら千切りの野菜とプチトマトなんかを用意している。
途中でユナとサキさんが風呂場を往復していたが、俺はティナの料理から目が離せずに知らないフリをした。
これは……ユナが真似できないと嘆いていた意味が良くわかる。
ティナは蒸し終わった米をおにぎりにして、塩茹でした葉っぱで包んでから最後に色んなおかずを皿に盛り付けて完成させていた。
そういえば、今日はユナが手伝いに来ないな。俺が調理場から出ないので、代わりにエミリアの相手でもしているのだろうか?
俺とティナが広間のテーブルに朝食を運んだとき、今朝もエミリアの姿は無かった。
「いつもテレポートで一発なんだし、急に音信不通は変だな……」
「変ですよね。ちょっと様子を見に行きませんか?」
「そうだな。俺とユナで見に行こう。サキさんとティナは家で待機しててくれ」
朝食のあとで俺とユナが外出の用意をしていると、勝手口から出てきたティナが弁当の包みを渡してくれた。
「なるほど、弁当っぽい朝食だったわけだ……」
「昨日の時点でおかしいと思うわよ」
そう言われたらそうなんだけど。俺は受け取った弁当をぶら下げて、ユナと一緒に魔術学院まで歩いた。魔術学院の正門までは十分も掛からない距離にある。
俺とユナはいつもの門番に軽く挨拶をしながら正門を抜けて、エミリアの部屋というか研究室の一角まで移動している。
「ここは広すぎるんだよ。外壁の外だからって、やりたい放題だな」
「水溜りもあって歩きにくいから、余計に時間も掛かりますよね」
「夜のうちに雨が止んで良かった。今も降っていたら引き返してるとこだ」
俺たちが歩きにくい地面を進んでいると、エミリアの部屋の前には無数の簡易テントが並べられて、その脇には魔術師のローブを着た男が立っていた。
良く見ると、簡易テントと部屋の中を往復しているエミリアの姿が見える。
「すみません、エミリアは何してるんですか?」
部屋に入ったエミリアが出てこないので、俺は簡易テントの脇に立っていた男に声を掛けた。
細身の男はエミリアと同じローブを着ていて、チョビ髭に目つきの鋭いおかっぱ頭という、何とも特徴的な容姿をしている。見た感じは初老と言える年齢だろう。
「お嬢さんは導師エミリアの知り合いか?」
「そうですけど……」
「彼女には自室の片付けをして貰っている。終わるまで外出は禁じられているので私が見張っているのだ」
「はあ……」
俺はとてつもなく嫌な予感がした。以前ジャックが言いかけた「ゴミリア」のあだ名だ。
「何だか大変そうですし、邪魔したら悪いので俺たちは帰ります。エミリアに弁当を持ってきたので、早めに渡してやってください」
「ふむ、最近彼女が出入りしているという……私が責任を持って渡しておこう」
「あれ? 帰っちゃうんですか?」
俺はユナの手を引いて一刻も早くここから立ち去りたかった。何故かはわからないが、ここに居ては危険だと俺の中の冒険者センサーがビンビン反応しているからだ。
……ジャックが気を付けるように言ってたし。
「ああ~っ! ミナトさん! ユナさん!」
俺とユナがあと数メートルで建物の曲がり角に到達するという微妙な距離で、エミリアに見つかってしまった……地面の水溜りさえなければ逃げられたのに!
俺は内心舌打ちして、仕方なく後ろを振り返る。するとそこには、駆け足のままのポーズで不自然に硬直したエミリアの姿があった。
「導師エミリア、このモーリンからは逃げられんぞ……」
エミリアの後ろで魔法の杖をかざしたチョビ髭おかっぱ頭の男が魔法を使っているみたいだった。初めて見る魔法だが、金縛りのようなものだろう。
「に、逃げません……から……魔法を……解いて……早く……」
エミリアが逃げないことを宣言すると、モーリンと名乗ったチョビ髭おかっぱ頭は魔法の杖を振り払って金縛りを解く。
魔法が解けたエミリアは、昨晩までの雨で濡れた地面も気にせずヘナヘナと座り込んでしまった。不意打ちとはいえ導師のエミリアを一瞬で無力化するとは驚きだ。
「……導師モーリン、酷いじゃありませんか?」
「仕方ないだろう。再三に渡って逃亡を図ったのだから、私も本気を出さざるをえない」
俺とユナをそっちのけで問答を始めたエミリアとモーリンの話を整理すると、エミリアは自室を片付けるように何度も学院側から注意を受けていたようだが、いつまで経っても片付けをしないので遂に強制執行が行われたようだ。
実は昨日の昼頃から初めたのに全く進んでいないらしい。モーリンも徹夜で付き合わされていると嘆いている始末だ。
昨日は雨が降っていたのもあるだろうが、それを差し引いても簡易テントに運ばれている本や書類の量を見る限り、とてもまじめにやったとは思えなかった。
「やっぱり自分の部屋の掃除くらいは出来ないと、人として終わっていると思うぞ。俺たちはもう帰るけど頑張れよ……」
「待ってください!!」
「いや、もう帰るし。あんまりわがまま言ってモーリンさんを困らせるんじゃないぞ」
「……依頼です。ニートブレイカーズに部屋の片付けを依頼します!」
エミリアは半べそをかきながら俺の胸ぐらを掴んで来た。
「報酬もちゃんと払います! たまにはシティアドベンチャーもいいと思いますよ!?」
「ばかやろう。部屋掃除のどこにアドベンチャーがあるんだよ……」
「ミナトさん、私先に帰ってもいいですか?」
「ああっ! ユナさん待ってください!!」
俺から手を放したエミリアは、今度はユナの胸ぐらを掴みに行った。
「ていうか、エミリアが片付けろって言われてるのに冒険者とか雇っていいのか?」
「問題ないだろう。片付けるまで外出禁止と言われているが、全て自分でやれとまでは言われていなかったはず……私としては何でも良いので早く終わらせてほしい」
モーリンはぐったりした表情で自分のチョビ髭を触っている。最初見た時は意地悪な教頭先生みたいなイメージだったのだが、案外良い人なのかも知れない。
「これどうするんですか?」
「どちらにせよ、ティナとサキさんが居ないと話にならんだろう。ユナには悪いが一度家に帰って二人を呼んできてほしい。やるなら作業着も必要だな」
「……私は気乗りしませんが、とりあえず呼んできますね」
ユナは器用に水溜りを飛び越えながら、魔術学院の正門に向かって行った。
エミリアの依頼を受けるかは全員集まってからということにして、涙と鼻水でぐちょぐちょになった顔で弁当を食うエミリアをよそ目に、俺は問題の部屋を覗いてみた。
「これはアドベンチャーかも知れんな……」
エミリアの部屋は天井の高さが1メートルもない……正確には床に積もった本や書類や服やゴミが蓄積して地層のようになっているだけだが。
俺は気持ちが悪くなって身震いした。これではゴミの中に何が潜んでいてもおかしくない状態だ。
「エミリア、これどうやって寝泊まりしてるんだ?」
「え? 簡単ですよ」
エミリアは食いかけの弁当を置いて部屋の前に来ると、俺の目の前でゴミの山をよじ登り、転車台のように180度回転してからニコッと笑った。
「そこで笑わんでもいい。もうホラー映画のワンシーンにしか見えん」
エミリアはもう一度転車台のように180度回転してゴミ部屋から出てくると、残りの弁当を食べ始める。
そういえば、俺たちがエミリアを訪ねたときは毎回ここに案内されたが、エミリアと話をするのは必ず部屋の外だった。関係者しか立ち入れない建物なのかと勝手に思っていたけど、単にこの部屋が汚いだけだったのかも……。
弁当を食い終わったエミリアが、そのゴミを自分の部屋に投げ込もうとしていたので俺とモーリンの二人が慌てて止めに入っていたら、ティナとサキさんを連れたユナが戻って来た。
今回は馬で来たようだ。馬なら微妙な水溜りも無視できるので良いな。
「大体の話はユナから聞いたわ」
ハヤウマテイオウから飛び降りたティナは、そう言ってエミリアの部屋の扉を開けた。
部屋の中を見て若干の硬直時間が過ぎた後、静かに扉を閉めたティナは再びハヤウマテイオウに跨り──。
「……晩ご飯の準備もあるし帰るわね」
「ティ~ナ~さあぁぁん!!」
あからさまな嘘を言って帰ろうとするティナの足にしがみ付いたエミリアは、声を出して泣いた。
結局エミリアの泣き落としで部屋を片付けることになったので、俺はこの依頼に関してはティナにパーティーリーダーを譲ることにする。
「今回は家の引っ越しの時と同じように、ティナにリーダーをしてもらおうと思う」
「それがよかろう」
「ゴミ部屋の片付けは作業着でやるから各自着替えてくれ。あと、不衛生なゴミ溜めなので必ず手袋を付けて作業するように」
「………………」
エミリアがかなり不満そうな目でこっちを見たが、俺は気にせず各自適当な物陰で作業着に着替えてから扉の前に集まった。
「どうしようかしら? まずは部屋の物を全部外に出して、本と書類、衣類と私物、明らかにゴミだと思う物の三種類に分けましょう」
「空になった部屋を清掃する前段階ですね?」
「そうよ。この調子だと借りパクしてる物もあるだろうから、心当たりのある人には分別作業に加わって欲しいわね」
「……という感じです。モーリンさん」
「では研究室と図書館の人間を連れて来よう。恐らく紛失図書も紛れているはずだ」
打ち合わせの結果、俺とサキさんが部屋からゴミを運び出し、ティナとユナが分別して、エミリアとモーリンが書類の整理をすることになった。
モーリンが連れて来る学院司書は紛失図書の回収を、借りパクされた記憶がある者は自力でそれを見付けて貰うという、色んな所に迷惑かけまくった大掃除が開始された。




