第85話「甘えん坊勝負」
「わしは酒を買いに行くので、ここでお別れである」
「わかった」
サキさんと別れた俺たちは、ハヤウマテイオウとリヤカーに乗っていつものフワフワの店へと足を運んだ。
「今持ってるのと同じのを買うんですか?」
「俺は上下別れてるのが欲しいかな」
「じゃあこれなんてどうかしら?」
ティナは上下に別れたスカートのパジャマを手に取った。今持ってるネグリジェよりも遥かに少女趣味全開のヒラヒラでフリフリなやつだ。
「これはちょっと……」
俺が引いていると、ユナは気に入ったようで、これにすると言い始めた。
「こういうパジャマ、元の世界ではありそうで無かったのよ」
「私も見たことがないです。大抵は丈の短いズボンになってますよね」
「俺は全くわからんが、二人が気に入ったのならそれにしよう」
俺たちは色違いでお揃いのパジャマを買って店を出た。今日は珍しくあれこれ買わなかったなあ……。
帰りに市場で適当な食材を買って、雑貨屋で足りなくなってきた日用品を買い足した俺たちは、特に寄り道もせず家に帰ってきた。
家の掃除に取り掛かる前に、今まで持っていたパジャマと今日買ったパジャマの両方を洗濯しておく。今日は天気もいいので夜には乾いていることだろう。
女子部屋と調理場と風呂場の掃除はまめにしているので、今日は二階の廊下と階段、広間と馬小屋と便所を掃除することにした。
基本的に家の中は、チリや埃をホウキで掃いて回るくらいだ。
「エミリアのやつ、自分で片付けるとか言っときながら本の山は放置してるよな」
「暇なときに読むと案外面白いけど、本棚もないし邪魔ね。掃除がしにくいわ」
「重たいテントとかも移動が大変ですよね。食材を置いてるスペースも」
「うわ。ミシンの下なんか綿ぼこりみたいなのがすげえな。あとサキさんの抜け毛とか」
俺たちは、サキさんが戻ってくる前にミシンの下から掃除を始めた。
あまり重たい荷物のあるところは、そこを避けて掃いている。やっぱり棚とかがある方が良いのだろうか?
俺たちが広間を掃除しているとサキさんも帰ってきて、早速ミシンを始めている。
「広間は何とか終わったな。最後は離れか。掃除に関してはあまりいい思い出がないんだよな……」
便所はティナがきれいにやってくれるので、俺とユナは馬を勝手口の所まで移動させて馬小屋の地面を掃除した。
白髪天狗もハヤウマテイオウも良く懐いているので、特に手綱を結んでなくても大丈夫なんだが、俺とユナが馬小屋を掃除していると遊んでほしいのか口でつついてくる。
俺は適当に二頭の相手をしながら馬小屋の掃除を続けた。
「やっぱり三人でやると早く済むな」
服屋で長居しなかったせいもあるが、時間はまだ昼を少し過ぎたくらいだろう。
三人で家の広間に戻ると、サキさんは全員分の浴衣を完成させていた。
「どうかの?」
サキさんはその場でパンツマンになって自分の浴衣に袖を通した。
以前手縫いした時のは生地も適当でなんちゃって浴衣になっていたが、今回は市販品と変わらないくらいのクオリティーがある。
「相変わらず器用だな。それより俺たちの浴衣長すぎんか?」
「男と女は着かたが違うのだ。ティナにやってもらえば良かろう。わしは女物の帯の結び方など知らぬからな」
俺とティナとユナは自分の部屋に戻って、さっそくティナに着せて貰っている。
「ノーパンノーブラじゃなくてもいいのか?」
「たぶん脱がなくていいわよ」
浴衣に袖を通した俺は、裾の高さを合わせて細い紐で固定され、背中やら脇やらに手を突っ込まれてゴソゴソと余った丈の部分を折り返され、そこからさらに紐で固定されてから、帯を巻こうという段階になって一度全部やり直しされた……。
「スタイルが良すぎるのが問題ね……」
ティナは俺の腹にタオルを巻いてから、もう一度同じ作業をして帯を締めた。
「わりと苦しいんだが。浴衣とか言っときながら全然涼しくないし……」
「そういうものよ」
「そうなのか? サキさんはダルダルで涼しそうだったぞ……」
ユナも全く同じようにされていたが、特に文句は言ってない。
「これきつくないか?」
「きついですけど、緩いと着崩れしますよ?」
ティナも同じように着ている。ティナはおっぱい小さいから浴衣が似合ってるな……長いポニーテールから覗く首筋がたまらなくエロい。
ユナは長い金髪をきれいに編み込みにされている。俺は短いのでいつものままだが。
着付けの終わった俺たちは広間に下りてサキさんにお披露目した。
「良いではないか。ティナは流石に似合うのう」
「ありがとうサキさん」
「なんでサキさんはそんなにはだけて涼しそうにしてるんだ?」
「男の特権である」
「くっそおおお……!」
サキさんはむかつくニンマリ顔で俺に言った。
地味なサキさんのと比べたら、こっちの方がきれいなグラデーションとか可愛い模様とかが入ってて良いと思うが、この圧倒的な快適性の差は何なんだろう……。
「……今日花火やるか? 俺は前回の反省を踏まえて面白いやり方を思い付いたぞ」
「良かろう。その格好では馬に乗れぬだろうから、わしがエミリアとジャックを呼んで来よう」
「ナカミチさんとサーラちゃんも呼んでみたらどうですか?」
「うむ」
「それなら食べ物や飲み物も色々用意しないといけないわね」
「お祭りっぽいのがいいですね」
「エミリアをコキ使って食材集めさすから、すぐこっちに来るよう伝えてくれ」
「うむ。では行ってくる」
サキさんはセクシーな足が大胆に見えるのも気にせず、浴衣のまま白髪天狗に跨って行ってしまった。
「あのやろう。俺たちと違って一瞬で着替えられるんだから着替えて行けよな……」
サキさんが出て行ってから少しして、エミリアがテレポートしてやってきた。
「みなさん今日は不思議な服を着ていますね」
「これは俺たちの故郷では、花火を見るときの正装なんだよ」
「そうだったんですか。大変興味深い風習ですね」
俺はエミリアにミラルダの町まで行って、前回の伊勢海老やらイカやら貝みたいな物を手に入れて来るよう頼んだ。
「わかりました。ミラルダの町へは単独テレポートできるようにしてあるので、すぐ手に入れてきますね」
「生イカがいいぞ。炭火の鉄板で焼くと美味いぞう」
「見つけてきます!!」
エミリアは玄関で靴を履くと、その場でテレポートして何処かへ消えた。
「……色々と仕込まないといけないわね」
「そうだな。俺は裏の河原に網と鉄板を置ける場所を作ってくる」
「花壇の時の魔法ですか? それなら私も手伝った方が良さそうですね」
「頼む。今回は見た目は気にしなくていい。使い終わったら砂に返すからな」
俺とユナは以前靴屋で買ったミュールを履いて裏の河原で作業した。
「途中で壊れないように下の方は頑丈に作らんとなあ」
「このくらいでしょうか?」
俺は王都とカナンの途中にあるキャンプ場のかまどを思い出しながら、土の魔法で似たような物を作っていた。
「ちょっと鉄板がグラ付くけど、適当に石でも挟んでおけばいいか……」
「薪運んできますね」
「うん。薪の方が雰囲気が出ていいからな」
俺は立ったり座ったりを繰り返してずり下がってきたパンツの尻を浴衣越しに引き上げながら、かまどの出来栄えを確認した。花壇の時より上手くできたと思う。
これなら使い終わってもすぐに崩す必要はないかも。
河原の方の準備が終わったので、俺とユナも調理場でティナの手伝いをしている。
ユナは飲み物担当で、俺はティナが計った調味料を混ぜたり、火に掛けた調味料を混ぜたり、ボウルの中身を混ぜたりしていた……。
「混ぜるのだけは上手くなった気もするが……」
「焦がさないように混ぜるのは、他の手が止まるから助かっているんだけど……」
それならもう少し頑張ってみるか。俺がまぜまぜしていると勝手口の奥で物音がし始めた。サキさんが帰ってきたようだ。
「言うてきた。ジャックは少し遅れる。ナカミチは風呂に入ってから来る」
「サキさんはもうやることないし、夕方まで銭湯行って来ていいぞ」
「うむ」
サキさんはもう一度白髪天狗に跨って銭湯に行ってしまった。
「お風呂沸かしてるから、私たちも入っておきましょう」
「夜遅くなりそうですもんね」
「あれえ? どうせ脱ぐなら浴衣で作業しなくても良かった気が……」
俺たちは部屋で浴衣を着替えてから風呂場に直行した。
今日はティナも一緒なので、俺はいつものように二人が洗い終わるのを待ってから湯に浸かっている。
「やっぱり三人で入る方が落ち着くなあ」
「そうですよねえ……」
ユナはティナの体に抱き付いてしみじみと言った。ユナだけ甘えて羨ましいなあと眺めていたら、ティナがこっちにも腕を開いてきたので俺も胸に抱き付いた。
「もう今日は二人してどうしたの?」
俺は何も答えずに、自分の頬をティナのおっぱいに押し当てながら甘え続けた。他のことならいざ知らず、甘えん坊勝負では他の誰にも負けられんからな。




