第82話「リトナ村」
俺たちが宿の中へ入ると、一階の酒場は飯時ではないものの今日はそこそこ客の姿が見える。もちろん掲示板に群がる冒険者たちは前回来た時と殆ど同じだ。
この宿にいる冒険者は隣の馬小屋に泊まっている子が多いのか、殆どが武装したままの状態なので、俺たちのように丸腰でフリルとリボンだらけのナメた服を着た冒険者なんか誰一人居ない。
「なんだか私たちの格好は場違いですね」
「だなあ。見てくれよこのヒラッヒラのミニスカート……恥ずかしくなってきた……」
あまりにも場違いな格好で我に返ってしまった俺は、自分の脚を隠そうと必死でスカートの裾を引っ張った。
「とりあえず例の二人を探してみませんか?」
「そうだな……」
俺は酒場の中を見渡したが、二人の姿は見えなかった。仕方がないので前回話をしたカウンターの姉ちゃんに訊ねてみる。
「二人のお知り合いの冒険者の方ですよね?」
「そうだ。近隣の村と聞いていたのでもう帰ってきてもいいと思って来たんだけど……」
カウンターの姉ちゃんは、俺の前に一枚の依頼書を差し出した。
リトナ村周辺に住み付いたゴブリンの集落の壊滅依頼? 目撃されているだけでコボルド、ゴブリン、ホブゴブリン含めて二十三体? 成功報酬銀貨4800枚?
「なんだこれ? あの二人が受けたのか?」
「いいえ……先日二人が受けたのはこれです」
俺はもう一枚の依頼書を受け取って内容を確認した。場所は同じだがゴブリン三体の目撃情報で成功報酬銀貨600枚となっている。サインもあいつらの物だ。
「これはどういうことだ?」
「依頼内容が更新されたんです。実際には想像していたよりも規模が大きいことがわかったようで、今日の朝リトナ村から依頼内容の更新がありました。ゴブリンの討伐依頼だと良くあることなのですが、今回は規模が大きすぎるので別の冒険者の宿へ依頼を回そうと思っていたところなんです」
確かに俺たちが受けたゴブリン退治の依頼も内容には無いホブゴブリンが出てきた。
なんせ村人が目撃しただけの情報なので往々に間違いはあるだろう。しかしこれは……。
「二人はまだその村にいるのか?」
「はい。今は村の守備を固めて別の冒険者が到着するまで村を守っているとの話です」
どうする? 行くならここで決めないと間に合わないかも知れないぞ。でも俺が勝手に決めていいのかな?
「ミナトさん、受けましょう」
「全員で話し合って決めなくてもいいのか?」
「友達なんですよね? だったら助けに行きましょうよ」
ユナは俺から依頼書を取って、それにパーティー名を書いて俺の前に突き返した。
俺は……依頼書のサイン欄にミナトと書いて、カウンターの姉ちゃんに渡した……。
宿から出た俺とユナは、その場で別れることにした。ユナは一度武器屋に行き、適当な弓を買ってから南正門前に待機すると言う。合理的な判断だ。
俺はハヤウマテイオウで走り、わき目も振らずに家まで帰った。
俺が家に帰ると、サキさんと知らない農家のおじさんがトイレの裏でのんきに汲み取りをしていた。俺はサキさんに緊急事態を告げると、部屋のベッドで本を読んでいたティナの所へ向かった。
「……というわけで勝手にやってしまったが、リトナ村まで行くことになった」
「ミナト、よう決断した。わしはこういう冒険は嫌いではない」
「馬なら四時間も掛からないわね。今回は装備だけ持って行きましょう」
怒られるのを覚悟していた俺だが、意外にも怒られることは無かった。
サキさんは完全武装をしに部屋まで戻り、俺とティナも着替えてから最低限の日用品とユナの防具、普通の矢と魔法の矢の矢筒を麻袋に突っ込んで支度を済ませ、戸締りをしてから家を出る。
広間のテーブルにはエミリアへの簡単な書き置きを残しておいたので大丈夫だろう。
サキさんは農家のおじさんと話していたが、俺が馬の用意をすると慌ててそれに飛び乗った。
「すまぬなマウロ殿、今度美味い酒を持って行くのであとは頼む!」
農家のおじさんは笑顔で手を振ってきた。俺はおじさんに会釈すると、王都の南正門まで馬を走らせた。
南正門の前には新しい弓を持ったユナが手を振って合図をしている。あの調子だと俺たちのカスタムロングボウは手入れと改造でバラされた後だったのだろうな。
「ティナはリヤカーのままで荷物を押さえててくれ。俺はサキさんの後ろに乗るから、ハヤウマテイオウはユナが頼む」
「わかりました」
王都の南正門から出発するのはこれが初めてだ。南の街道は緩やかなアップダウンが続いているが、西のように轍だらけという感じではない。
右手に草原、左手に山という風景は南ならではなのか? 俺たちは二時間近く馬を走らせて、街道別れのところで一度休憩を取った。
「ここから山の方へ入って行くと、そのまま道が開けた場所にリトナ村があるらしい」
「山越えはせんで良いのか?」
「山に囲まれた平坦な村みたいですよ」
「ティナは大丈夫か? 腹に響いてないか心配だが……」
「車輪が大きいからそこまで響かないわね。実は部屋のクッションを持ってきたし」
「用意がいいなあ……」
俺は休憩中に風の矢2本、炎の矢2本、氷の矢2本、そして前回作った雷の矢2本をユナに渡した。
「緊急事態だし村が襲われるかも知れんから本気でぶっ放していいぞ」
「はい!」
ここで着替えて今朝買った障壁効果の腕輪をテストしていたユナは、やる気満々で返事をした。
山の道は全力で走れそうにないので、俺たちは小走りの状態を維持しながら道を進んでいた。山越えではないにしろ、やはり山の中なので道もうねっている。
やがて村の入り口に近付いてくるにつれ、畑のような場所が目立つようになってきた。
「そろそろだな。どこにゴブリンが潜んでいるかわからんので各自警戒してくれ」
村の入り口が見えてきた所でサキさんが馬の足を緩めた。
「ミナト、キョロつかずに聞け。左の茂み、何かおる」
「どこだ?」
「そこの木の下だ」
俺は精霊力感知で生命力を感じる場所を探った。
……弱い生命力だが確かに感じる。数は一体か? 恐らく偵察か何かだろう。一度隠れている場所がわかると容易に見付けだすことができた。ゴブリンだ。
俺は相手に悟られないように水の精霊石を取り出して、ゴブリンの頭がある場所を水の玉で包み込んだ。
ガサガサガサっと木の下の茂みからゴブリンが転がるようにして姿を表す。俺はゴブリンの頭に作った水の玉を壊さないように集中して、それが息絶えるまで見守った。
「はああああ……これは疲れるな……」
「まさかこんな所にまで入り込んでいるなんて……」
「水で声まで封じたのはいい判断ですね」
「馬を代われ。このゴブリンはわしが村まで引きずる」
サキさんは馬から降りてゴブリンの腕を引っ掴むと、強引に引きずりながら歩く。
そうして俺たちは村の入り口に到着した。
村の入り口はバリケードのようなもので遮られている。バリケードの向こうは農具や狩りの弓で武装した村の男たちが数名いた。
「リトナ村の者! ゴブリン退治に来たニートブレイカーズである! 門を開けよ!」
サキさんは先程始末したゴブリンをバリケードに押し当てながら言う。こいつのこういうところは相変わらずだ。
俺たちに気付いた村の男たちは、慌ててバリケードの一部を解いて俺たちを村の中へと招いた。
「良く来てくださいました。さっそく村長と先に来られた冒険者の元に案内します」
「待て。先程村の入り口でこいつを始末した。恐らく斥候であろう」
サキさんが村人の前にゴブリンの死骸を投げ飛ばすと、その村人は飛び退いた。
「わしらが近付いても誰も気付かなんだな? 敵だったらどうするのだ?」
「……すんません。慣れてないもので」
「これでは見張りの意味がない。だるくて暇でも交代で見張ってくれい」
サキさんが諭すように言うと、村の入り口を守っていた男たちはバリケードの前で真面目に見張りを始めた。
俺たちは村の男に案内されてリトナ村の中心近くに連れて来られた。ここには戦闘になっても戦えそうにない女子供や老人が集められている様子だ。
その一角に村長らしき人物とシオンの姿があった。
「シオン! 無事だったか!?」
俺がシオンの元へ駆け寄ると、一瞬シオンは何が起こったのかわからないという顔をしたが、俺の後ろのサキさんたちを見て救援の冒険者が俺たちだということを理解した。
「ミナト! ティナも……そうか、僕たちの救援に来てくれたのか!」
「当たり前だ! ハルはどうしたんだ?」
「あいつは周辺の見回りに行っている。そろそろ戻ってくる頃だ」
「村長殿、ゴブリン退治に来たニートブレイカーズであるが、現状を教えて貰えんかの?」
シオンとの再会に興奮してすっかり忘れていた俺のフォローにサキさんが入った。
「今はシオン殿の指示での、ここに女子供を全員集めておる状態じゃ。村の男衆は辺りを警戒して、何かあれば音で知らせる手筈になっておる」
「いきさつを踏まえてゴブリンの集落の位置を知りたいです」
「それは僕が説明しよう……」
シオンの話では、畑を荒らしまわっていたゴブリン三体を討伐したさい、村長から聞いた家畜や農作物の被害の規模から、念のためハルが周辺を調べたらしい。
すると普段は誰も近寄らない村はずれの丘の向こうにゴブリンの集落を発見、規模を調べたが大きすぎて手が出せなかったため、村人二人を王都に向かわせて依頼を更新させたというのが大体のあらすじだ。
その後は救援の冒険者が現れるまでリトナ村に留まって現在に至っていると聞いた。
俺たちがシオンから説明を受けていると、ハルも見回りを終えて戻ってきた。




