第79話「花壇を作ろう」
「ミナトさん、そこ、歪んでませんか?」
「あー、微妙だな。もう一度崩して固め直すかあ……」
俺とユナは玄関の横から細長い花壇を作っている。位置的には玄関の右側から広間の暖炉がある出っ張りまでのスペースを埋めるような形だ。
花壇の枠は余った木箱の蓋を当て木にして解放の駒から出る砂を敷き詰め、土の魔法で固めて石にするといった具合だが、これがなかなか難しい。
当て木の仕方が下手くそなせいで、なかなか真っすぐにならないのだ。
「ちょっとサキさん、真っすぐにならんぞ」
俺は家の外から木窓ごしに抗議した。
「わははは……精進せい!」
「むかつくー! もう、少しくらい歪んでてもいいだろ。大らかに行こう」
「そうですね」
結局端の所が少しズレてしまったが、花壇の枠は何とか完成した。
「サキさーん、枠できたけど、このあとどうしたらいいんだ?」
「一番底の部分に砂利を敷き詰めい。裏の河原にいくらでもあろう」
「わかった」
俺とユナは麻袋を持って裏の河原に行くと、砂利を拾ってきて花壇の底に敷き詰めた。
「次はどうすればいいんだ?」
「そこら辺の森の土を、腐った落ち葉ごと花壇に移したらええ」
「わかった」
俺とユナは家の前の森から適当に土を取って何往復もしている……。
「ちょっとサキさん!? これ重労働じゃないか! 手伝ってよ!」
「仕方ないのう……」
ミシンの手を止めたサキさんは、草むしりで使った鉈で乱暴に地面を耕したあと木箱の蓋で土をすくって、麻袋がパンパンになるまで詰め込んでから一気に運んだ。
流石サキさん、頼りになるな。
「肝心の花はどうするんだ?」
「買って来るに決まっておろうが」
「ちょっと買ってきますね。スコップも一緒に」
ユナはハヤウマテイオウにリヤカーを付けて街まで走って行く。
その後も俺はサキさんと二人で森の土を花壇に運び入れ、我が家に花壇ができた。
サキさんはミシンの続きに戻ったので、俺が花壇の枠を魔法で何とか平らにできないかと悪戦苦闘していると、リヤカーを花でいっぱいにしたユナが街から戻ってきた。
「種類が良くわからないので適当に選んできました」
「俺もわからんが、とにかく土に植えれば何でもいいだろう」
俺とユナは買ってきた花の根っこの部分を包んでいる麻袋を取りながら、いい感じになるように並べて植えた。途中でサキさんにも確認してもらったので大丈夫なはずだ。
全部植えて完成した頃には夕方になっていた。
「思い付きで作ったわりには良くできたな」
「なかなか良いな」
「ティナさん、花壇できましたよー!」
ユナが木窓の外から調理場のティナを呼ぶと、ティナも花壇の前まで歩いてきた。
「きれいにできたわね。この花はなんていう名前なの?」
「…………」
ティナの質問に答えられる人間は誰一人居なかった……。
俺たちは全員家の中に戻って、今日は俺も調理場でティナの手伝いをしている。
結局焦がさないように混ぜるくらいの事しかできないので邪魔になりそうなのだが……。
そう、俺が調理場に立たなくなった原因の一つがこれだ。
「これじゃあ女子力5のサキさんに負けるかも……」
「何か切ってみますか?」
俺はユナに手を添えて貰いながら、良くわからない野菜を切らせて貰った。これは何というか、返って情けないような気もする。
仕方なく俺は、鍋をかき回す作業に戻った。
夕食が完成して俺とユナがテーブルまで運んで行くと、エミリアが絶賛放置中の状態だった。サキさんが終始無言でミシンをしているので完全放置である。
「エミリアも暇なら調理場に来ればいいのに」
「いいんですか? 調理場なんて一度も入ったことがないんです」
俺はエミリアには勝ったと思ったが、底辺対決の自覚があるので虚しくなった。
今日の夕食は、米の上に半熟卵と茹で野菜を乗せて、そこにトロトロの肉のスープをかけた物だ。
初めて見る料理だったが、半熟卵をスプーンで砕いて肉のスープに混ぜて食うとめちゃめちゃ美味かった。
「初めて見る料理だがヤバいくらい美味いな……料理漫画の大袈裟な演出が理解できてしまうくらいの美味さだ」
「ほんとですね。これもカナンの料理なんですか?」
「創作料理に挑戦してみたんだけど……思ったより上手にできたわね」
「おかわりあるか?」
「サキさんのはいつも多いだろ。足らんのか?」
「うむ」
「明日からもう少し増やすわね」
俺はエミリアの方を見たが、器に直接口を付けてサキさんみたいにかき込んでいた。
腐ってもお嬢様なので食事だけはいつも上品なはずだが、我を忘れているようだ。
エミリアは飯を食い終わると、何か一人でブツブツ言いながら帰って行った。
「エミリアが壊れた……」
「明日には元に戻ってますよね……?」
ティナが先に風呂に入っている間に、俺とユナは食後の後片付けを済ませた。夜から雨なのだが、相変わらずサキさんは銭湯に行っている。
俺が馬の世話をしているとティナが風呂から出てきたので、今日は初めてユナと二人で風呂に入った。ちょっと新鮮な感じだ。
俺は体と髪を洗ってユナが終わるのを待っていたが、ふと気になって自分の股間を見つめていた──。
「なあユナ、この前勢い余ってつるつるにしてしまったんだが、そのうちまた生えてくるだろうと思ってあんま気にしてなかったけど、一向に生えてくる気配がないんだよな」
「…………」
ユナも自分の股間を確認し始めた。
「……別にいいじゃないですか」
「いいのか? なんか恥ずかしいんだけど……」
俺はすっかり寂しくなった股間を触りながら言った。まさかチン毛まで失うことになるとは夢にも思っていなかったので、覚悟が足りなかった。
「そう言えばおっぱいの感触が同じかどうかも良くわからんままだったな」
「そうでしたね。今日はティナさんが居ないですし、触り比べてみませんか?」
俺とユナは浴槽に膝立ちして、片手は自分のを、もう一方は相手のおっぱいを互いに揉んで感触を確かめてみた。
「んー……んんっ……やっぱいまいちわからないと言うか……」
「ミナトさんはもう少し強く揉んで貰ってもいいですよ」
「こんな感じかな……」
「えっと……もうちょっとこう、こんな感じです……」
「なるほど……んん、ユナは揉むのが絶妙に上手いんだよなあ……」
二人で暫く揉み合っていたが、結論は「良くわからない」だった。
「これは難易度が高いな。相手の感触はわかるんだけど、自分のを揉むとどうしても自分で揉んでる意識があるから良くわからなくなるんだよな」
「そこなんですよね。両胸を揉まれてる状態にすれば行けると思ったんですけど……」
「第三者がいないと無理かあ。でもエミリアに頼んだら、ガッて揉みそうで怖いし」
「あ。やっぱりそんな感じします?」
何とも気にはなるが、この件はとりあえず保留という事になった。
あまり風呂で遊んでいても仕方がないので、サキさんが戻って来る前に裸のまま自分たちの部屋まで移動してから涼んでいる。
俺はベッドで横になっているティナに以前サキさんから貰った腹巻きを渡して、髪を乾かしたあと洗濯物を洗いに風呂場まで戻った。
花壇を作るときに汚れた作業着を洗っていると雨が降り始める。今回もエミリアの言った通りになった。
「降ってきましたね」
髪を乾かし終わったユナも洗濯を手伝いに風呂場までやってきた。これはサキさんが帰ってきたら二度風呂かなと、浴槽の湯は抜かずに蓋だけを閉めておいた。
降り出した雨は明日も続くみたいなので、洗濯物は部屋干しだ。
「降られたわい」
三人並んで風呂場で歯磨きをしていた所に、ずぶ濡れのサキさんが帰ってきた。
「またかよ。降るって言ってただろうが。二度風呂しとけ」
「そうさせてもらう。雨が冷たい」
サキさんは俺たちの目を全く気にせず、パンツごとズボンを降ろし始めたので、俺たちは慌てて風呂場から退散した。
「全く、デリカシーの欠片も無いやつだな」
仕方なく調理場で歯磨きの続きをしていると、今度は裸で風呂場から出てきた。
俺たち三人は咄嗟に後ろを向いたが、まあ……見えてしまって、歯ブラシを口に突っ込んでいるので何も言えずに気まずい空気を残したまま、サキさん一人が悠々と自分の部屋に戻って行った。
「今のは酷かったわね……」
「もう、信じられませんよ!」
「濡れた服もそのままだ。後は俺がやっとくから二人は先に寝てていいぞ」
俺は二人を先に部屋に戻して、追加の洗濯と浴槽の掃除をしてから寝た。




