第7話「夜のショータイム」
「どうもこんにちは。馬車でお世話になったレスターです。パンツ詩人の方がわかりやすいでしょうか?」
「パンツの人か。誰かと思った」
訪ねてきたのはパンツ詩人改め、吟遊詩人のレスターだった。
特にやることもなく暇だったので、レスターを部屋に招き入れた。ネタの一つでも披露してくれるのだろうか?
「すみませんね、突然押しかけてしまって。実は今晩、この町で一番大きな宿のホールで演奏を行う依頼が入りまして……乗合馬車にこの町の有力者が乗っていたみたいで、どうしてもティナさんの歌を聞きたいとご所望なのです。なので今晩もう一度ユニットを組んで頂けないかと思いまして」
そんな人が乗っていたのか。昨晩コテージを使っていた金持ちそうな人かな? コテージに籠っていて聞き逃したのかな?
「勿論これは正式な依頼なので、報酬は出ます。銀貨2000枚ですが、いかがでしょうか? そうそう、昨晩集まった投げ銭が思いのほか多くて困ってしまったので、依頼の話とは関係なくこれは収めてください」
レスターは金貨4枚をテーブルの上に重ねて置いた。意外と謙虚なのか、今晩の依頼報酬がでかいので、これで釣ろうとしているのか?
もうちょっと素直になるべきかも知れないが、一応リーダーなので今から考える癖を付けておいた方が良いだろう。
「うーん。昨日は場の勢いでやってしまったけれど、改まってとなると自信がないわね」
「やはり難しいですか……ミナトさんからも是非お願いできませんか?」
「そうだなあ。確かに報酬は魅力的なんだが、これに関してリーダー権限は使えないな」
まあ俺もティナもどっちかと言えばあまり前に出るタイプではないので、観客でごったがえしたステージなんてちょっと無理だろう。しかもソロでは……。
「ミナトがサイドボーカルするなら出るかも……」
「やめてください」
「ミナトさんも出て頂けるのなら報酬額は私の取り分を減らして、銀貨2500枚出します」
「やります」
何も考えずに釣られてしまった。演奏まであと数時間しかないわけだが……。
とりあえず宿のカウンターに鍵を預けるとき、サキさんへの伝言と、夕食代などにしてもらうための金貨1枚を預けて、俺たちは目的の宿へ向かう事にした。
五分くらい歩くと目的の宿に着いた。三階建ての宿だが、一階部分は石造りになっていて、とても頑丈そうだ。
重厚な扉の向こうにおしゃれなカウンターが見える。俺たちが泊まっている宿とはクオリティが違う。
レスターに聞くと、宿自体はそれほど高くはないが、酒と食事が少々高価なんだと言っていた。
「お待ちしておりましたレスター様。……そちらの方が例の?」
「ニートブレイカーズの歌姫、ティナさんと、リーダーのミナトさんです。今晩はこちらのお二人と演奏をしますので、よろしくお願いします」
「かしこまりました。……申し遅れました。私が当宿の支配人、ベッツァと申します」
ベッツァと名乗る老紳士は、丁寧に挨拶をすると頭を下げた。ベッツァの服装もそうだが、この宿の雰囲気からして俺たちのラフな格好ではドレスコードを突破できないのではないかと考えていると……。
「ではお二人ともこちらへお越しください。相応しいお召し物をご用意いたしておりますので」
「私も後で向かいますので、なるべく時間いっぱいまで音合わせをしましょう」
俺たちはレスターと別れて、ベッツァの後に続く。関係者専用の通路の先にある小部屋に通された。
部屋の中には女の使用人がおり、ベッツァが二、三指示を与えると、俺たちを預けて何処かへ行ってしまった。
「では、ドレスアップとメイクを致しますので、こちらまでどうぞ」
楽屋のような場所だろうか? 大きなロビーがあるなら出し物もそれなりだろうし、当然の設備なのかもしれないな。
「ドレスは私たちで選んでも良いですか?」
「もちろん構いませんわ。こちらの方からお好きなものをどうぞ」
こうなるよな……俺の手を引っ張ってあれこれ合わせながら、遅くなるのかなーと思っていたら意外と早く選んでいた。
選択肢が少ないのもあるが、最初から好みのイメージが決まっていたのかな? ささっと合わせて、二着を選んだ。
「しかしこれは……なんというか……」
ドレスを着付けて貰ったが、俺の方は胸元と肩と背中が大きく開いた青と白のドレスで、スカート部分も青と白の布を花びらのように重ねたようなデザインだった。
ティナの方は白とピンクで子供っぽいイメージのドレスなんだが、こいつ……何食わぬ顔で乳を盛り始めた。実は普段から気にしているのかもしれん。
その後はメイクと髪型を整えて貰い、とりあえず見た目だけは完成した。自分を姿見で見るとかなりの美少女っぷりに驚いた。
これは相当にヤバイ。ティナの方は癒し系のかわいいだが、こっちは性的にかわいい感じで、荷馬車の乳首事件といい、今後はもう少し気を付けようと思った。
「お二人とも、とても素敵ですよ。我々は一番最後ですので、直前まで練習しましょう」
レスターと合流した俺たちは、自分たちの番が回ってくるまで猛練習する。
トリだと余計に緊張するわとボヤいたら、我々の後ではどんな詩人の歌声も観客の耳には届かなくなるでしょう? それでは申し訳ありませんので。なんて言葉が返ってきた。
レスターのレパートリーは、昨晩の三曲から五曲に増えていた。俺の知っている曲が三曲、後の良く知らない二曲はコーラス主体で上手く流す手筈になった。
「さあ次は我々の番です。観客の度肝を抜いてやりましょう。一生忘れられないステージにしてやりますよ。想像して御覧なさい。わくわくするでしょう? ね?」
「俺はそこまで大物じゃねえよ」
「………………」
このレスターと言う男、パンツマンのくせに末恐ろしい。悪態をついた俺だが、もう一杯一杯だ。ティナも俺の手を放そうとしないし、大丈夫なんだろうか?
俺たち三人は、一段高いステージに敷かれている赤い絨毯の上に立った──
「お集りの皆様方、今宵最後をつとめさせて頂きますのは、ニートブレイカーの若き歌姫ティナと、同じくミナト、そしてわたくし、さすらいの吟遊詩人レスターで御座います」
ワザとらしい程に仰々しい手振り身振りで挨拶をするレスター。
観客のテーブルは正装の観客で満員御礼だ。澄ました顔をしてくれていればまだ良いのだが、変に盛り上がっているせいで盛大な拍手が起こった。
俺は緊張して突っ立っていたが、隣のティナは何食わぬ笑顔で手を振っていた。こいつも大物かと思ったが、俺を握っている手が振るえているので緊張しているのだろう。
俺も頑張って手を振っていると、だんだんとこの場の空気に慣れてくる感じがした。
あれ? 全然平気かも知れん。もしかして俺は流されやすいタイプなのか?
自然と拍手が止むのを待つように楽器を抱え直すレスター。やがて場が静まると──
ティナのソロから始まって……タイミングを合わせてレスターの演奏が始まる。俺の出番は一節ごとに来るので、何とかタイミングを合わせて……歌唱力は全てティナ任せだ。
俺は上手く隙間に合わせるように歌っていった。
最初の一曲目は、やはり殆どの観客は固まっている。そらそうだろう。中にはナイフとフォークを持ち上げたまま、こちらを向いて固まっているおっさんもいるくらいだ。
ティナの声がバランスを崩しそうになる度に手を強く握り返すと持ち直す事がわかったので、そちらの方にも注意を向けていると、何とか一曲目を歌いきれた。
曲が終わると固まっていた観客は目だけをキョロキョロと動かし、やがて一人が声を上げると皆も続けと言わんばかりの歓声に変わった。
すかさずレスターが次の曲に移る。次は俺の知らない曲なので、少ないコーラスでカカシになるのを誤魔化すため、わざと間を開けない作戦にしていたのだ。
ここでティナが俺の手を離した。行けるのか? 最初の曲を歌い切った事で吹っ切れたのか、昨晩のそれよりも響く声で歌い上げた。
こうなったらあとはティナの独壇場だ。俺も自分の仕事だけに集中できる。せいぜいティナの足を引っ張らないように。楽器を演奏するレスターが、最高のイタズラを仕掛けた子供の様に顔を歪ませている。こいつはやっぱり大物なのかも知れないな。
全ての曲が終わったあとは、いつまでも鳴りやまない歓声を受けながら、俺たち三人も好きなだけ飲んで食った。
この町の有力者と話をしたり、次はいつどこで歌うのかと聞かれたり、今晩限定の特別なユニットだと説明するのが大変だった。
そしてこの日、俺は三人の男から求婚された……。
報酬の銀貨2500枚を貰った俺たち二人は宿に戻ると、風呂用品を持ってもう一度風呂に行くことになった。
思い掛けない依頼のせいで汗はかくしメイクは落とさないといけないし、まあ二度風呂するくらいは働いたという事で、早速風呂に行った。
風呂が閉まるギリギリの時間に雪崩れ込んだので、俺たち以外に人はいなかった。
あまり時間が無いので洗顔だけをしっかりやって、あとは汗を流すくらいにして、銭湯ののれんが降りるタイミングで外に出たのだが、そこで初めてサキさんと合流した。
このバカは今まで銭湯の風呂場と脱衣所をウロウロしていたようであった。
もちろんこのバカ侍が男湯でハァハァ言っている間に起った一連の出来事は、俺とティナしか知らない。
いっそ今回の報酬は二人で山分けにするかと持ち掛けたが、最初に荷馬車でカラオケ云々言い出したサキさんがいなかったら、ここまでの話にはならなかったと言って、二人で山分けにはしない事になった。
黙っていればティナの取り分は銀貨2000枚と金貨4枚だったのに、欲が無いというか天使というか……。
宿に帰ってサキさんが一人で食事をする中、今日の事を報告しあって、今なら朝までに乾くという理由で今日のうちに下着を洗濯する事になった。
流石に疲れているであろうティナを気遣って、俺が一人で洗濯をすることにする。
「じゃあお願いね」
「すまんの。わしは三枚ある」
俺は自分の下着も合わせると、石鹸と洗濯板を抱えて洗い場に向かった。
早速サキさんのパンツを洗おうと手に取ったとき、ぬめっとした感触がして俺はパンツをその場に投げ捨てた。
「あの野郎! ぶっ殺してやる!!」