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第78話「駆け出し専門の宿」

 洗濯物を干し終わって広間に戻ると、エミリアがセルフ放置プレイを堪能していた。


「服を売却した代金をお渡ししておきますね」


 エミリアは俺に金貨255枚を手渡してくる。

 二着売っただけで銀貨1万2750枚は凄いと思ったが、保存の魔法のおかげで汚れない、臭わない、虫も食わないと三拍子揃っている事を聞いて納得した。



 俺がテーブルの席に着くとティナが夕食を運んできた。今日の夕食はカナン風の肉と野菜の煮つけと吸い物だ。アサ村の時もそうだったが、あの地方の味は日本人の味覚に近い気がする。米との相性も良いと思う。


「あっちはシオンとハルの故郷があるし、地元の味が懐かしくなったら食わせてやるのもいいかも知れんなあ」

「そうなると椅子が足りなくなるわね」


 俺は飯を食いながら、ナカミチとサーラのことをみんなにも報告した。


「ナカミチも人の情けがわかる男だの」

「これからは立ち寄りづらくなってしまいますね……」

「いやいやいや! ナカミチはやめとけ。あいつは完全アウト、真正のロリコンだぞ?」

「え?」

「この前ストライクゾーン聞いたら、始まる前の方がいいって言ってたし!」

「え?」

「まあ遠慮せずに今まで通り行けばいいと思う。ナカミチがちゃんと服買って風呂にも入れさせたかちょっと心配だし、暇なときに見てきて欲しい」

「ナカミチさんにそんな趣味が……」


 ナカミチの趣味を聞いてユナは少し落ち込んだ。ユナのオヤジ趣味を知った俺も軽くショックを受けたぞ。でもナカミチはヤバい。見た目だけは渋いんだがな……。






 飯を食い終わってサキさんは銭湯に行き、エミリアも魔術学院に戻ったので、俺たち三人は食後の後片付けをしてから風呂に入った。

 いつもの調子でティナが洗い終わるまで待っている俺は、湯沸かし器から出ているお湯を見ながらふと思う。


「こんなにお湯が出なくてもいいから、もっと小型で荷馬車に積んで行ける湯沸かし器作れんのかな?」

「私も同じことを考えてました。キャンプだと鍋も足りないし、本物の魔法でもお湯は出せないみたいですし……」

「サキさん一人で持ち運べるか、俺たちだけでも持ち運べるサイズがいいな」

「明日相談しに行ってみます」


 俺たちは数日振りに我が家の湯船に浸かって冒険の疲れを癒した。今日はティナも座椅子を使って足を延ばしている。



 風呂から上がってもまだサキさんは帰って来ないので、俺たちは頭にバスタオルを巻いたまま、裸で部屋に戻った。


「うーん……」


 ティナが全開にした木窓の外を覗きながら、何やら唸っている。


「何かあるのか?」

「ミナトもユナも、ここに来てから蚊に刺されたことあるかしら?」

「……ないな」

「ないですね。ハエとかハチっぽい虫は良く見ますけど」

「やっぱり……不思議ね」


 確かに不思議だな。まあ刺されなくて済んでいるのは有り難いが。

 俺たちは適度に涼んでから髪を乾かして服を着た。魔法の櫛が二本になったのは便利だ。


 俺が浴槽の湯を抜いていると珍しくサキさんが銭湯から早く帰ってきたので、四人並んで歯磨きをして寝ることにした。






 昨晩は随分早くに寝てしまったが、やはり疲れが溜まっていたのか早起きにはならなかった。目が覚めると俺一人だったので、俺は慌てて寝癖を直して一階に下りた。


 広間のテーブルにはエミリアがいて、サキさんも朝からミシンを使っている。調理場ではティナとユナが朝食の準備をしていた。

 俺は急いで朝の準備を済ませて、最近はあまり恥ずかしくなくなったフリフリひらひらのネグリジェ姿のままでテーブルの席に着いた。


「今日の夜遅くから雨が降るみたいですよ」

「また降るのか。嫌になるな……」


 俺は木窓の外に身を乗り出して空を見上げた。空は雲一つない青空が広がっている。



「ミナトさん、朝ご飯できましたよ」


 木窓から空を見ていると後ろからユナに呼ばれたので、俺はテーブルに戻った。

 今日の朝食はピザトーストに青野菜のスープが付いている。

 妙に美味い葉っぱの千切りをすすりながら、俺たちは今日の予定を話し合うことにした。


「私は小型の湯沸かし器が作れるか聞いてきますね」

「頼む。あいつもこれから要り様になるから、正規の料金を支払う方向にしてくれ」

「わかりました」

「わしはミシンの続き」

「最近なかなか時間が取れなかったもんな。暫くミシンやってるといい」

「私は今日と明日は動けそうにないわね。ご飯の支度くらいはするけど……」

「ああ……飯以外は俺とユナでやるから、なるべく楽にしててくれ」

「ありがとうミナト」


「俺はどうするかな。冒険者の宿に行ってみようと思ってたが家にいた方がいいのか?」

「わしが夜までおるから、行ってくれば良かろう」


 俺とユナは昼くらいに一度家に帰って来る約束をして、二人で食後の後片付けをしてから街へと向かった。






 白髪天狗に乗った俺は冒険者の宿に到着した。必要あるのかわからないが、請け負った三件の依頼を全て済ませたという報告をするためだ。

 俺は朝飯時を過ぎて暇を持て余している仏頂面の強面親父に声を掛けた。


「親父、こっちで受けた依頼は全部済ませたから、一応報告に来てやったぞ」

「へっ! そのツラじゃあ、随分と稼いできた様子じゃねえか」

「……そういうのまでわかるのか?」

「わかるわけねぇだろ! お前もちったぁ警戒心を持てよ……」


 俺はいつも警戒しっ放しだと思ってるんだが、親父に呆れられてしまった。


「なあ親父、駆け出し専門の宿ってどの辺りにあるんだ?」

「それなら王都の南にあるぜ。あまり近付かねえ方が良いと思うがよ」

「駄目なのか? そこの宿に知り合いの冒険者を行かせたんだが……」

「駄目ってこたねえが、実力がねえ連中ほど落ち着きもないぜ。お前みたいなのがノコノコ行ったらすぐに絡まれるかもな」

「う、なんか想像できてしまうな。怖いからサキさん連れて行こう……」


 肩肘を付いて喋っていた親父は、顔をぐちゃぐちゃにしながら笑いを堪えている。

 ……俺はからかわれているんだろうか?


 親父の所へ別の冒険者が依頼の手続きをしにきたので、俺はそのまま宿を出て駆け出し専門の宿に行ってみることにした。怖かったら逃げればいいし……。






 目的の宿は南の大通りから一つ奥に入った路地に建っていた。宿の隣が大きな馬小屋になっていて雑魚寝している冒険者の姿もチラホラと見える。


 俺は宿の前に白髪天狗を繋いで、さっそく中へ入ってみた。


 宿の中は手前にカウンターと階段があり、一階は酒場、二階が宿の部屋という基本通りの構造になっているようだ。親父の宿に比べると随分狭いような気もするが、隣の馬小屋で寝泊まりする客の方が多いから問題ないのだろうか?

 一階の酒場には客らしい客は殆ど座っていない。代わりに、依頼の掲示板には何人もの冒険者が入り乱れて賑わっている。


 見たところ10代中盤の若い男の冒険者が目立つ。その中には可愛い感じの女の子も混じっていて、俺は少し安心してしまった。

 親父の宿もカナンの宿も、常連ぽい奴はわりとベテラン冒険者が多いから平均年齢が高いんだよな。ここはなんだか高校みたいな感じだ。


「ねえ君一人? 俺たちのパーティーに入れてあげようか?」

「こっちは大丈夫だ。今から冒険なんだろ? 気を付けてな」


 やたらフレンドリーで爽やかなイケメンの誘いを断ると、去り際に睨まれた……。



 俺は知らない男の人に睨まれてもう怖くなったので帰りたかったが、カウンターにいる若い姉ちゃんに「ハル様と愉快な仲間たち」が来なかったかどうかを尋ねた。


「昨日来た二人組のパーティーですね。今朝までメンバーを集めていたのですが、結局二人で隣村のゴブリン討伐に出かけて行きましたよ」


 やっぱりあの変なパーティー名では難しいようだな。入った途端に愉快な仲間たちの一員になってしまうからなあ……。

 しかも肝心のリーダーがハル様本人じゃなくてシオンっていう所が意味不明だし。


「一足遅かったかあ。二人が帰ってきたら、ニートブレイカーズのミナトが来たと伝えておいてほしい」

「見掛けたら伝えておきますね」


 俺はカウンターの姉ちゃんに伝言を頼んで宿を出た。それにしてもここは凄い活気があるな。軍馬の白髪天狗も目立ってるし、俺は早々にこの場から立ち去った。






 俺が一度家に戻ると、一足先にユナも帰ってきていた。


「湯沸かし器はどうだった?」

「引き受けて貰えました。前回作ったのは色々納得の行かない部分があったから、次はもっといい物を作るって張り切ってましたよ」

「職人だなあ……」

「解放の駒は強弱二つずつ、精霊石と一緒に渡しておきました。あと、サーラちゃんは可愛かったです」

「そうかあ。ちゃんときれいな服も着せてもらってた?」

「はい……ナカミチさん……ずっとデレッデレでした……」

「そうかあ……」


 ユナは遠い目をしながら言った。だからナカミチはやめとけ。あいつはヤバい。



「俺の方は駆け出し専門の宿に行ってきた。あの二人は昨日からずっとメンバーを集めていたみたいだが、結局見つからなくてそのまま冒険に出たらしい」

「あら残念、会えなかったのね」

「休む間もなく次の冒険に出るとは、わしらとは大違いであるな……」

「俺たちも最初はギリギリだったぞ」

「そうかの?」


 サキさんは一切銭勘定してないから、わからなくて当然だな。


「昼からはどうしようかな。俺一人だと特にやることが思い付かないが……」

「私も特にないですね」

「無理して動く必要もあるまい。暇ならその辺に花壇でも作ってはどうか?」

「いいですね。ミナトさん、作ってみませんか?」

「暇だし、洗濯物取り込んだ後でやってみるか」


 俺とユナは洗濯物を取り込んだ後、草むしり以来の作業着に着替えてから玄関の横に小さな花壇を作ることにした。


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