第75話「シオンとハル」
朝目覚めると、俺はまだティナの胸の中にいた。あれからずっと抱っこされたまま寝ていたようだ。
普段ならばつが悪くなって逃げ出してしまう俺だが、今朝はもう少しこのままでいたいと思う。
「おはようミナト。ちゃんと眠れた?」
「うん……」
昨日の夜よりも随分感情が落ち着いたので、俺は昨日のことをティナに話してみた。
「そうだったの……ミナトは優しいわね」
「うん……」
そう言って、ティナは俺の頭を抱きしめた。俺はティナのやわらかい胸に顔を埋めたままの格好で甘えている。
「ミナトさん、ちょっと報告が……あっ! すみません! 失礼しました!」
俺が気持ち良くティナに甘えていたのに、魔法で勝手に鍵を開けて部屋に侵入してきたエミリアのバカが邪魔をした。
「どうしたんだ?」
俺はもう開き直って、ティナに抱っこされたままの格好でエミリアの報告を聞くことにした。ティナは気にもせずに俺の頭を撫でてくれているので俺も今は離れたくない。
「あの……その……」
「もー。なに? 早く言って!」
「はいすみません……実は昨日夜中までお酒を飲んでいたのですが、ジャックとサキさんが二日酔いで起きられなくなってしまって……雨も降り出したのでもう一泊しようという話になっているのですが……」
エミリアは申し訳なさそうに昨晩の惨劇を交えて俺に報告した。
「二日酔いで雨なら仕方ないな。もう一泊する手続きをして、今日は自由行動にしよう。明日は雨が降っても出発するから、今晩は控えるように言い付けてほしい」
「わかりました。それであの……ミナトさんは何をしているのですか?」
俺はもう開き直っているので、こちらも昨晩のことをエミリアに話してみた。
するとエミリアは、少し真面目な口調でこんなことを言い始める。
「ミナトさん、人は力を持つと多かれ少なかれああなってしまう生き物なのです」
「どういうことだ?」
「例えばミナトさんが偽りの指輪を持っていなかったら、魔法を使わない限り絶対に解決できない問題に直面したときどうしますか?」
「諦めるか誰かに頼むかも」
「でも偽りの指輪で限定的にでも魔法が使えたら、何とかしようとするでしょう?」
「確かにな……」
俺の不安の本質とは少し違うが、エミリアの言いたいことは理解できた。
続けてエミリアは、俺たちのことについて話し始める。
「不思議な因果ですが、人は力を持つと必ずその力を使わざるをえない状況になるのです」
「…………」
「ミナトさんたちは確かに強い力を秘めていると思います。でも気を付けてください。いつか力が及ばなくなったとき、自分たちの力以上の何かがミナトさんたちに降り掛かって来ますよ。私はそれが心配です……」
「どうすれば防げる?」
「焦らないことです。地盤を固めず上にばかり積み上げていてはいつか崩れます」
エミリアの言葉は俺の思い当たる節々を的確に突いてきたので受け入れざるをえない。次に依頼を受けるときは、みんなにもこの話をして真剣に考えた方が良いな。
……なるほど。それが結果的にティナを失わなくて済む話にも繋がっていくのか。
エミリアが部屋を出て行ったあと、俺とティナもベッドから起きて朝の準備を済ませた。
一階の洗面台へ移動したついでに朝食を頼んで、部屋に戻ってからは木窓を開けて、外の雨を見ながら遅い朝食のパンを二人でかじって済ませている。
ユナは朝から雨の町へ散策に出かけているらしい。ジャックとサキさんはダウンしているし、エミリアは一度魔術学院に戻ると言ってテレポートしてしまった。
動けるのに暇なのは俺とティナだけだ。宿にいても仕方ないので、俺はティナと手を繋いで気晴らしに冒険者の宿まで行ってみることにした。
「ここの冒険者の宿も久しぶりだな」
「追いはぎ事件以来ね」
俺たちは半開きの扉をすり抜けるようにして中に入る。雨なので一階の酒場は混んでいるかと思ったが、ぽつりぽつりと空席が目立っていた。
乗合馬車などは基本的に雨天決行なので、護衛依頼を受けるような駆け出しの冒険者は殆ど出払っている状態なのだろう。
「適当な飲み物を二つくれ。酒じゃないやつが欲しいな」
「はいよ……んん? お前さんらは確か……」
「あ。一月ほど前に追いはぎ事件でお世話になったニートブレイカーズのミナトです」
俺は慌てて外套のフードを取った。
「随分雰囲気が変わったな。今日は二人かい? ロン毛の兄ちゃんはどうした?」
「ロン毛の兄ちゃんは二日酔いで動けません」
「元気でやってるみたいだな。外は雨だ。まあゆっくりして行きな」
俺は先に金を払って、酒場の全体が見渡せそうなテーブルを選んだ。
「こうして見ると色んな冒険者がいるんだな。武装してるやつは殆どいないが、普段どんな装備を持っているのか興味がある」
「役割や編成も気になる所ね」
他所のパーティーを眺めているのもなかなか面白い。全員ムキムキの戦士風だったり、年や性別がバラバラだったり、盛り上がっている席もあれば沈み込んだ席もある。
席を立ってうろつく奴も数人いるようだ。パーティーに入れてくれと頼んだり、目当ての職種をスカウトして回る奴もいるが、人を引き抜くのは難しそうだな。
ただのナンパ目的で女性冒険者に近付く男もいるようだ。しつこくして叩かれたり蹴られたりするたびに周りの冒険者から拍手喝采を受けて回る変な男が一人。
……この酒場の名物男なのかも知れないなあ。
「やっぱり女の子は少ないな。いるには居るけど、その辺の男より強そうな人ばかりだ」
「王都の親父さんが言ってたけど、私たちは色物らしいわね」
俺とティナは強面親父の台詞を真似して思い出し笑いをした。
酒場を眺めながら二人で果実の絞り汁みたいなジュースを飲んでいると、俺たちの所へ二人組の冒険者が歩いてきた。
まだ10代半ばくらいの小奇麗な赤毛の少年と、少し目つきが悪い金髪の少年だ。赤毛の方は片手剣と小さな鉄の盾、金髪は弓を背負っている。
「ちょっといいかな?」
赤毛の方が声を掛けて来た。俺が返事をすると、赤毛の少年は自己紹介をし始めた。
「僕はシオン。こっちの目つきが悪い方はハルだ」
「誰が目つきが悪いだこのやろう」
目つきが悪い方……ハルは間髪入れずにシオンの髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「随分仲がいいのね」
「ははは……ハルとは同じ村の出身で幼馴染みなんだよ」
「まあ座ったらどうだ? 食いたい物があれば注文してもいいぞ」
「まじで!? じゃあ俺、鶏足とジュース!」
「すまないね。あいつの分は僕が払うよ」
カウンターに駆けて行ったハルに呆れながら、シオンは俺たちの前に座った。ハルはすぐに鶏足とジュースを持って来ると、シオンの隣にガタガタと音を立てて座る。
「実は先日、初めて冒険に出たんだけどね、やっぱり二人じゃ危険かなと思ったから仲間を探してるんだ」
「俺は二人でもいいんだけどなー。わりと何とかなったし」
「良く二人でやろうなんて気になったな。何を倒したんだ?」
「コボルド四体とゴブリン二体だ」
「コボルドは見たことないなあ」
「ゴブリンより一回り小さいワンコロだな。足が速くてめんどくせえ」
話を聞いていると、この二人は確実に俺より強そうだ。状況がわからないものの、二人で六体を相手に立ち回るには、それなりの判断力も要求されるだろう。
昨日会った三人組とは違って、この二人なら何かやってくれそうな予感がする。
「どうかな? もし良かったら僕たちのパーティーに入ってもらえないだろうか?」
「んー。自己紹介が遅れたが、俺はニートブレイカーズのミナトだ。こっちはティナ。実は他にあと三人仲間がいるんだ」
「そうだったのか。それじゃあ仕方ないな……」
「なあシオン、もうメンバー増やすの諦めよーぜ。これで何人目だよ?」
「シオンのパーティー名はなんていうの?」
「パーティー名はハル様と愉快な仲間たちだ。一応僕がリーダーをしている」
「凄いパーティー名ね……」
俺は自分のパーティー名が「サキさんと愉快な仲間たち」じゃなくて本当に良かったと心の底から思った。
「ちょっと思ったが、二人は王都には行かんのか? あそこなら駆け出し専門の宿もあるし、変なパーティー名でも入ってくれる変人がいるかも知れんぞ?」
「変じゃねーし!」
ハルが俺に絡んできた。こいつらはなんか良いな。まるで昔からの友達みたいだ。
「興味はあるんだけど、何せ今まで村から出たことがなかったからね。二人だけで都会に出て行くのは不安というか……」
「な? シオンのやつ、結構ヘタレなんだよ。俺は都会上等なんだけど」
「ちなみに俺たちも普段は王都で暮らしてるんだよな。たぶん明日の朝には王都に戻る予定だけど」
「そうか……行ってみるかな……王都……」
「おやおやー? あんだけ渋ってたシオンが行くだってよ」
「王都に行くなら乗合馬車の護衛依頼を受けるといいかもな。俺たちもそうやって路銀の足しにしたよ」
シオンとハルは、さっそくカウンターで護衛依頼を受けに行った。少し話をしたあとサインのようなものをしているので、無事に受けられたのだろう。
数分後、俺たちの所に戻ってきた二人は、明日の朝から出る乗合馬車の護衛依頼で王都オルステインに向かうと報告した。
「やっとシオンも行く気になってくれたぜ。ミナトのおかげかもな」
「こっちは強面親父と冒険者たちの宿っていう、ろくでもない名前の店で依頼を受けることが多いから、そこの親父に言えば連絡は付くと思う」
「凄い名前だね。やっぱり強面なのか?」
「強面なうえにツンデレだな……駆け出し専門の宿が肌に合わなかったら相談してみるといい。慣れるまではちゃんと面倒見てくれる」
その後俺たちはシオンとハルの昔話や恥ずかしい思い出なんかを聞かされながら、四人で親睦を深めた。パーティー以外の冒険者と仲良くなったのはこれが初めてだな。




