第73話「遺跡探索⑤」
「この指輪は……昔見たことがある魔道具だ……」
ジャックはベッドに横たわっている女性の魔術師から指輪を外して鑑定を始めた。ジャックの記憶にある魔道具のようだ。
「これはエンゲージリングの一種だ。名前は失念してしまったが、対になる指輪が……」
目線を床の魔術師に移して、ジャックは魔法のステッキでそれをつついた。亡骸をひっくり返せと言っているのだろう。俺はサキさんにひっくり返すように言った。
仰向けにされた亡骸はミイラ化しているせいもあるだろうが、ほぼ老衰で亡くなったと思われるくらいの老人に見える。
「……あった。二つの指輪を互いに付けていると魔力を共有できるようになる。一緒に感情まで共有してしまうから、一歩間違えると呪いのアイテムになってしまうがね」
ジャックはミイラの指から指輪を抜くと二つ合わせて俺に差し出した。指輪には小さな文字がいくつも刻まれているが何の装飾もないため、俺たちに譲るということだろう。
「この二人は夫婦だったのかしらね?」
「ちょっとわからないな。こっちのミイラの人は老人みたいだし……出てきた本や記録から、その辺りのことがわからないかな?」
「残念だが日記のような物は保護されていなかった。読めそうなのは魔装置関連の物だけだ」
「どんな内容なんですか?」
「物に命を宿す研究をしていたようだね。遺跡で倒した敵も全てそれに関係あるものだ。かなりの歳月を費やしていたようだが、完成には至らなかったと見える」
ジャックは机に置いた本をいくつか捲りながら説明する。
俺は何とも言えないほど嫌な予感がした。もしかしたらこのミイラの老人は、若くして死に別れたこの女性を生き返らせるためだけに一生を費やしてしまったのだろうか?
俺が自分の考えを告げると、隣にいたティナは俺の腕を掴んだ。
「ベッドに並べてあげましょう。きっと最後に寄り添おうとした途中で力尽きてしまったんだわ……」
「サキさん頼む。この指輪も二人に返してやってほしい」
「そうする……」
サキさんはミイラの老人を抱えてベッドの女性に寄り添わせると、指輪も元通りに戻した。二人を見ると、魔術師のローブも同じ物を着ているようだ。
俺はいたたまれない気持ちになってきたので、静かにカーテンを閉じた。
「良いのかね? 魔法のローブと指輪を売れば少なくとも銀貨20万枚は下らないが」
「言わんで欲しい。収まりの付かん気持ちは金には代えられん。事実までは知らんがの」
俺の言いたいことはサキさんが代弁してくれたので、俺は黙っておく。
ジャックとユナが机に置かれた荷物を持ち出して、俺たちは静かに扉を閉めた。
「どうしたんだ?」
「入るときに感じた気配が消えてるような気がするけど……たぶん気のせいね」
俺は扉の前に立っているティナの手を取って、鎧を運んだ十字路まで戻った。
十字路に戻ると、分割した鎧はそのまま残っている。勝手に動き出したりしてなくて少し安心してしまう。
「とりあえずガーゴイルの部屋まで鎧も運んでおこう」
鎧はジャックとサキさん、魔装置の資料と机の中にあったダガーや杖は俺とティナとユナの三人で分担して運ぶことにする。
「あら……?」
「ん?」
「ねえジャック、この玉さっきよりも光が弱くなってない?」
「……悪い予感がする。冒険者の諸君、とにかく急いで遺跡の外に運び出さなくてはならない。もうあまり時間はなさそうだ」
鎧の下半身を持ったジャックが駆け足で戻って行くので、俺たちもそれに続く。
ガーゴイルの部屋に着いた俺たちは鎧を一度地面に置いて、ジャックとサキさんで肖像画を二枚ずつ運び出し、俺とティナとユナは手に持った資料をそのまま運び出した。
全員が地上に出ると荷物はその場に全て置いて、もう一度全員で階段を駆け下り、ジャックとサキさんは鎧を、俺とユナで残りの肖像画二枚を、ティナは服を持って遺跡と地上を往復した。
「後は情けないポーズのガーゴイルだけか……ジャック、まだ猶予はあるのか?」
「私にもわからんのだよ。あの玉は恐らく遺跡を動かすための魔力を供給している魔霊石のような物だと感じていたのだがね。それにしては減り方が急すぎる……」
「わしが取って来るか……」
「やめとけ。入り口が閉まったら困る」
「グレアフォルツを挟んでおけば良い。壊れんのだろう?」
サキさんは解放の駒を持ってさっさと階段を降りてしまった。それを見たジャックも何故かサキさんに続いて駆け下りて行く。
「そうこなくては! サキ君と言ったね? 私も手伝おう!」
俺は入り口にグレアフォルツを挟んで、ハラハラしながら二人を待った。
時間で言えばほんの数分だが、サキさんとジャックは無事にガーゴイルの石像を遺跡から持ち出すことに成功した。
「いつ閉まるかと思ってハラハラした」
「魔力切れで開いたままにはならないんでしょうか?」
「良い指摘だ! では跳ね上がった入り口の付け根を見たまえ。まるで紙をめくったようになっているだろう? 最初は私も気付かなかったが、どうやら魔力を消費しながら入り口を開けているものなのだよ」
「なるほどな。魔力が尽きると元の床に戻ってしまうのか」
「その通りだ」
俺たちは暫く遺跡の入り口を眺めていたが、やがて入り口はゆっくりと閉じ始め、完全に閉じると切れ目もなくただの床に戻った。
試しにジャックが入り口を開ける手順を行ったが、もう二度と入り口は開かなかった。
俺たちが遺跡から運び出した物を仕分けしていると、先ほどまで姿が見えなかったエミリアが何処からともなく戻ってくる。
「どこ行ってたんだ?」
「またハーピィが出たので倒しておいたのですが、放置できないので埋めに行ってました」
「また出たのか。こっちは遺跡探索が終わって仕分けしているところだ」
仕分けした物はエミリアが簡単な鑑定をしてくれる。
ジャックの取り分は魔装置関連の資料、肖像画六枚、魔法のペン、魔法の指輪を含めた指輪が三点、ネックレスが一点、腕輪が二点、魔法の甲冑、魔法のダガー、大きな宝石が十数個だ。
魔法のペン、魔法の指輪、魔法の甲冑、魔法のダガーは本来俺たちの物だが、エミリアを経由してジャックが買い取る手筈になっている。
俺たちの取り分は保護の魔法が掛かった服が四着、魔法の服が一着、魔法の櫛、最後の部屋にあった魔法のペンと魔法の杖だ。
服はどれも俺たちではサイズが大きいので、欲しい服があればエミリアの物にして良いが、不要な服は売却してもらうことにした。
魔法の櫛はさっそく俺たちが使うのと、魔法のペンはサキさんが欲しいと言うのでサキさんにあげることにして、魔法の杖はティナに持たせた。
忘れるところだったが、変なポーズのガーゴイルの石像はユナの物になった。槍で突かれた穴はどこかの工房で直して貰わないとな……。
「この杖は古代竜の角で作ってあるので強力ですよ。普段使いだと強力すぎて困るかも知れません」
「慣れるまで普通の杖も持っていた方が良さそうね」
俺たちは特に揉めることもなく戦利品の分配作業を終える。
ちなみにガーゴイルの石像はデカいのでジャックの荷馬車に積んでもらうことにした。
そういえば俺は何も貰ってない…………。
「まだ昼過ぎくらいか……進める所まで戻らんか?」
「一泊せんのか?」
「いつハーピィが飛んでくるかわからんし、この遺跡は悲し過ぎて長居したくない」
「ハーピィに関しては同意するよ」
特に反対意見もないようなので、俺たちはテントなどを片付けて撤収準備を終わらせると、元来た道を戻り始めた。せめて街道までは。とにかくここから離れたい……。
俺とユナはエミリアの荷馬車に乗って、遺跡での出来事を事細かに伝えている。
「そんなことがあったのですか……」
「最後の手前の部屋だけは開けられんかったから、謎は残るな……」
「恐らくその魔術師の研究室だったんでしょうね」
「サキさんに地図とか描いて貰うといい。魔法のペンで好きなだけ描いてくれるだろう」
「そうですね。あとで頼んでみます」
来た時とは違い、帰りは天気も良く視界が良好なので、地面のコンディションも良くわかる。昨日はあれだけ苦労して通った悪路だが、今日は苦も無く進められた。
随分簡単に街道まで出られたが、まだ夕方までは時間がある。
「ミナトよ、このままカナンの町まで行こうとジャックが申しておる」
白髪天狗に乗ったサキさんが俺の横に付けて言ってきた。
「わかった。少し馬を休ませて休憩したあと、一気にカナンまで進もう」
俺たちは街道脇で馬を休ませてから、一気にカナンの町まで移動することにした。馬十二頭ともなれば世話も大変だ。ジャックが欲張りすぎたのが悪いと思う。
カナンの町への街道は、ここ西側もかなりのどかな風景が続いている。王都オルステインまでの街道と比べれば危険度は増すらしいが、見た目は平和そのものだ。
そろそろ街が見え始めるかなという所で、俺たちの前方に三人の人影が見えた。武器を持っているようなので、どうやら冒険者のパーティーのようだ。
三人で街道を歩いている姿を見ると、俺とティナとサキさんでアサ村までの道中、影以外を踏んだら死ぬゲームで遊んだりしたことを思い出してしまう。
俺が懐かしいなと思ってそのパーティーを見ていると、ジャックの荷馬車が通り過ぎようとしたところで戦士風の男が膝を付いた。
それに気付いたサキさんが男の元へ駆け寄ると、馬を降りて何やら喋っている。
俺はエミリアに荷馬車を止めさせて、サキさんの元へ向かった。
「どうしたんだ?」
「ミナトか。この者が怪我をしておるのだ」
「いかんな。怪我してるのはこの人だけか?」
俺が他の二人の姿を観察すると、他の二人も怪我をしているのか、服のあちこちから血が滲んでいた。
「何かあったの?」
最後尾を歩いていたハヤウマテイオウのティナもこちらに来たようだ。俺たちが止まったのに気付いたジャックも荷馬車を止めてこちらを覗いている。
「三人とも冒険者か? 一体何と戦ったらこんなになるんだ?」
「ゴブリン四匹です!」
三人のうちの一人が誇らしげに言った。




