第71話「遺跡探索③」
俺が朝食を作っているティナの隣に立っていると、ジャックと話をしていたエミリアが戻ってきた。
「これはミナトさんの物です」
「なんだこれ?」
「魔法のペンと魔法の指輪です。ペンはインクを付けなくても書ける効果がありますよ。指輪の方は私が使っている物と似たような感じですね」
俺がエミリアからペンと指輪を受け取ると、ジャックが慌てて買い取りを申し出て来た。
「その二点は買い取らせて頂きたい! 確か契約内容では……」
「わかっている。じゃあエミリアに預けておくから、後日エミリアから買い取ってくれ」
「そ、そうか。それならば安心だ……」
ジャックはまた遺跡の入り口に戻って行った。
「随分大人しく引き下がったな。ジャックは鑑定が苦手なのか?」
「あの人の基準は自分の琴線に触れるかどうかなので、いつもあんな感じですよ」
今日の遅めの朝食はハンバーガーのセットのような感じになっている。ちょっと懐かしい感じだ。ジャックがせわしないので早く食えるようにしたのだろう。
「さあ、食事も済んだことだし続きの探索をしようではないかね?」
「後片付けしてからな」
今日は食うのが早い俺とサキさんの二人で食後の片付けをして、再び俺たちは遺跡へと潜って行く。
危険なトラップの扉に近付かないようにして通り過ぎた後は、緩めのスロープ状になった下り通路になっている。
この下り通路から、コンクリート状の床や壁が石畳に変化する。遺跡が一気に不気味さを増したような印象になった。
「不安を煽るような作りね……」
下り通路が終わると十字路に出た。
「一応突き当りまで真っすぐ進んでみるか?」
「待ってくれたまえ! 私は以前こういう場所で挟み撃ちにあった苦い経験がある。左右の端から潰して行くのが賢明だ」
「わかった。迷わないよう地上に戻る方向にクサビを置いておこう」
俺たちはジャックのアドバイスに従って、まずは右の通路を進んでみた。通路はずっと下り坂になっていて、少し進むとまた十字路に出た。
「これは面倒そうだな……」
「ミナトよ、このクサビはお主が置いた物ではないかの?」
「あれ?」
念のためクサビが示す方向の上り坂を進むと、トラップの扉がある通路に出た。
「魔法か何かでループさせているのかしら?」
「あ、わかりました! さっきの通路はこうなっているんです」
ユナは親指と人差し指を使って輪っかを作った。
「さっきの通路は左右が輪っか状に繋がっているんですよ。だからずっと下り道だったんです。魔法の床なんじゃないでしょうか?」
「右から左にテレポートした訳じゃなくて、物理的に繋がってるって事か……どうなんだジャック?」
「大したものだよ。ユナ君に言われるまで気付けなかった……面白そうだ。予備のロープを繋いで私が一周してみよう。ユナ君も来るかい?」
「はい!」
ジャックは全員の背負い袋からロープを集めて、それを繋ぎながら通路を歩いて行く。
俺たちは好奇心で見送っていたが、通路に入ったジャックとユナの姿と魔法の明かりが坂道を下るように消えていき、少しすると反対の通路から坂道を上るようにして二人が姿を現した。
「ロープが輪っかになったな」
「試しに引っ張ってみたが回転しとる。間違いないの」
「じゃあ、この通路は探索とは関係ないという結論でいいだろう」
「面白い通路でしたね」
ロープを解いて背負い袋に収めた俺たちは十字路を直進した。するとまた十字路に出た。
「またか……」
「仕方あるまい。再度右へ進んでみるかの?」
「そうですね……」
「待ちたまえ諸君。この壁から何らかの魔力を感じる。魔法戦士の君も試してみたまえ」
俺たちが右の通路を進もうかと思ったら、ジャックに引き留められた。どうやら十字路の手前の壁に何かがあると言うのだ。
「……確かに何かあるわね」
ティナが同意したので確信を得たジャックは、石畳の壁をコンコンと調べ始めた。
「おいジャック、トラップの扉みたいなのだったらどうするんだよ?」
「ああいう嫌な感じではないから大丈夫だよ……ん? ここは空洞になっているようだ」
「わしが蹴り飛ばして崩すか?」
「できるなら頼みたいね」
サキさんが壁の感触を確かめて一気に蹴り抜くと、壁の向こうに小さな冷蔵庫くらいの空洞があった。空洞の中には野球ボールよりも一回り大きいサイズの、魔霊石のような輝きを放つ玉が鎮座している。
「うかつに触るなよ。案外こういうのがトラップかも知れんからな」
「この状態のままでは断言できない……屈辱だが……エミリアを呼ぶしかない……」
ここにきて遂にジャックが降参した。
謎の玉は放置して、俺たちは十字路から右の通路を進んだ。通路のすぐ先は大きな部屋になっていて、武器を手にした甲冑の置き物が横一列に並んでいる。
甲冑は全部で七体あり、そのうちの六体は銀色に輝く甲冑だが、中央の一体だけは青い甲冑の置き物になっている。
「まさか動き出したりせんよな?」
「大抵そういう事を言った後は動きますよね?」
「怖いこと言うなよ……」
「サキさん、一本のロープを六等分に切ってくれませんか?」
「良いが。どうするのだ?」
「動かないうちに足を縛って七人八脚にしておくんです。盛大に転びますよ!」
ユナは面白そうに笑った。敵じゃなくて本当に良かったと思う。俺はユナの案を採用して、五人で一斉に甲冑の足を縛り付けて回った。
「動かんな……盛大にすっ転ぶところ見たかったのに……」
「ミナト! 後ろから何か来おった!!」
俺が振り向いた時には、サキさんは部屋の入り口を塞ぐようにして「何か」を突いていた。だが、そのままグレアフォルツを捨ててロングソードで切り掛かっている。
俺も素早くサキさんの後ろに回り、解放の駒の明かりで通路の先までを照らした。
……サキさんが戦っていたのは、剣を持った黒い骸骨の化け物だった。
通路の先には見えるだけでも五体以上は居る。サキさんは敵が部屋に侵入しないように孤軍奮闘しているが、ロングソードの一撃では骸骨の敵を倒す事はできないみたいだ。
「全員サキさんの後ろに固まれ! 俺とティナは魔法で支援するぞ! ユナとジャックは後ろを見張れ!」
「やるしかないわね……それっ!」
ティナはサキさんと入り口の隙間から部屋に侵入しようとしている骸骨の一体を、衝撃波のような魔法で弾き飛ばした。
弾き飛ばされた骸骨はサキさんが相手をしている骸骨に絡んだので、その隙を突いてサキさんの大振りが二体の骸骨を腰から切断した。
後ろからガシャーン! という派手な音が響き渡った……やっぱり動いたのか……。
どうなったのか見たい衝動を抑えて、俺は通路を塞ぐ骸骨の群れを魔法の炎で焼き続けることにした。いつだったかユナに教えて貰った戦法だ。
精霊石を10個くらい消費してやる勢いで燃やし続けると、炎を抜けて部屋に侵入しようとする骸骨はサキさんのロングソードの一撃で倒せるくらい脆くなっていた。
「終わったか?」
骸骨の姿が見えなくなったので、俺は魔法の炎を消して通路を照らした。今まで倒した骸骨は、手にしていた剣も含めて跡形もなく消えている。
「黒い骸骨は倒すと砂のように消え去りおった。全部で七体おったの」
「そうか……で、後ろでもがいてるのはどうするかな……」
俺たちの後ろでは七人八脚で転んでもがいている甲冑七体がいる。
自力で起き上がれない上に左右の甲冑と繋がっているので、一体が匍匐前進のように進もうとしても隣の甲冑が起き上がろうとしていれば全く前に進めないという困った状態だ。
「ちょっと可哀想ですが、普通の鎧に戻ってくれないなら倒すしかないと思います」
「わかった。全員部屋から出て雷の矢を使おう」
俺とユナは部屋の入り口に立って、出発前に作っておいた雷の矢を甲冑に放った。
甲冑に命中した途端、一瞬青白い閃光が走って部屋中が凄まじい明るさに満たされたので、俺は思わず目を閉じてしまった。
元の明るさに目が慣れるまで暫く掛かったが、甲冑を確認すると銀色の六体は武器も含めて赤茶色に変色していた。
「自然に帰ったということか? 青い甲冑だけはそのままのようだが……」
「ほう……良く見るとこの甲冑は全て装飾が施されていて非常に美しい……この青い甲冑以外は全て朽ちてしまったようだが……」
「実は倒せてないけど死んだフリだったら嫌だな。だんだん疑心暗鬼になってくるな」
「流石にそれはなかろう」
サキさんは拾い上げたグレアフォルツで青い甲冑を小突いた。
「君! やめたまえよ! 大切な甲冑に傷が付いたらどうするのかね!?」
「また動いたら怖いし、上下に分割して十字路まで運んでおこう」
俺たちは分割した青い鎧を十字路まで運んで、反対側の……左の通路を進んだ。
左の通路の先は甲冑があった場所とまるで同じ部屋になっていたが、この部屋には何もなかった。
「先程の黒い骸骨はこの部屋から来たのだな。甲冑がすぐに動き出さなかったのは、時間差で侵入者を挟み込む為の罠だろうね。ユナ君、お手柄だよ。助手にしたいくらいだ」
「そういえば甲冑が倒れるところ見てないんだよな……」
「わしも……」
「私もよ……」
「真ん中の青い甲冑から波のように倒れていきましたよ。ロープが千切れるかと思ってドキドキしました」
ユナは両手を使って倒れるイメージを伝えてきたが、正直良くわからなかった。
でも手柄だったのは間違いないな。あの状態で甲冑まで襲い掛かってきていたら、全員ただでは済まなかっただろう。




