第69話「遺跡探索①」
夕食の後片付けも終わり、ティナとエミリアは魔法の火で二つの鍋を沸かしている。これでたらいに湯を張るわけだ。
「エミリアでも最初から湯を出すことはできんのか?」
「相反する属性を同時に使うのは私でも無理ですね。昔の魔術師は普通にできていたようですけど……」
俺はこっそり火の精霊石に水の精霊力を混ぜてみようと試みたが、上手くいかなかった。エミリアが言っているのは魔力を使った場合の話なのだろう。
体を拭くのは、サキさん、俺とティナ、ユナは一人が良いと言うので俺たちの後で、ジャックはそれどころではないと断り、エミリアは面倒くさいと言って断った。
何もしないよりはサッパリしたので、ジャック以外の全員で歯磨きをしたあと、サキさんはジャックの荷馬車、残りの全員はエミリアの荷馬車に乗り込む。
寝る間際、ジャックがいる場所に残りの簡易テントを張ってやれば良かったと思ったが、毛布を被ったらもう動きたくない。サキさんはジャックの荷馬車の方だし、もういいやと思って寝た。
遺跡の入り口は開かないし、不便だが初体験の雨天キャンプを満喫した俺は、もう今回の冒険はこれで良いんじゃないかと若干満足している。ハーピィも倒したし……。
「う、うーん……」
「うぅ……」
夜中だと思うが、ティナとユナの呻き声で目が覚めた俺は、少しだけ魔法の明かりを使って馬車の中を見渡した。
くそ狭い馬車の中で川の字になって寝ていたのだが、エミリアが90度横を向いてティナとユナの体に足を乗せている。すっかり忘れていた。こいつの寝相は最悪なのだ。
俺は可愛いパンツ丸出しでがに股になっているエミリアの足を引きずって、下半身の部分を荷馬車の外に出した。眠いのに迷惑なやつだなあ……。
「諸君起きたまえ! いつまでも寝ている場合ではないぞ!!」
まだ日も昇らない時間からジャックに叩き起こされた俺たちは、渋々起き上がって荷馬車を降りる。
ジャックは雨に打たれながら徹夜で作業していたと思うのだが、風邪を引くどころかすこぶる元気が良い。
「見たまえ! 遺跡の入り口を開くことに成功した! 早速中へ入ろうではないか!」
ジャックは両手を使って遺跡の入り口を示し、得意げに言い放つ。
遺跡の入り口は、床になっていたコンクリートのような板が上に跳ね上げられたような感じで開いている。
「遺跡の中に雨が入り込むから、俺とサキさんは入り口に簡易テントを張ろう。勝手に入り口が閉じないように岩か何かを挟む必要もある」
「それは私が責任を持とう」
俺は眠い目を擦りながらサキさんと簡易テントを用意した。遺跡の入り口を覗いてみたが、奥は階段になっていて真っ暗だ。正直入りたくない気持ちの方が大きい。
「仕方がない。眠気覚ましの茶でも飲んで入ってみるか……」
「遂に入るんですね。楽しみです」
遅れて荷馬車から出てきたユナは、遺跡の入り口を見ながら熱い茶を飲んでいる。
サキさんは完全武装を済ませて熱い茶を一気飲みにし、ティナはマイペースに今日の朝食に使う食材を選んでいた。朝飯前に一度潜るので、気になることは済ませておきたいのだろう。
エミリアは若干不貞腐れている。荷馬車から下半身だけを出してM字開脚している寝相をジャックに好きなだけ見られたせいだ。
「こうなると思って上下のパジャマ買ってやったのに、なんで着替えなかったんだ?」
「面倒くさかったんです……」
「今晩からちゃんと着替えた方がいいぞ?」
「そんなことより早く入ろうではないか。おっと、エミリア君は留守番だよ?」
ジャックが言わなくても良い一言を言った。
「これから遺跡に入る訳だが、先頭はジャックとユナに任せる。その後ろに俺とサキさんが続くので、何かあったらすぐに入れ替わろう。ティナは最後尾を頼む」
「明かりは誰の担当かね?」
「先頭のユナと最後尾のティナに解放の駒を持たせようと思う」
「わかりました」
「サキさんはジャックの後ろに付け。意味はわかるな?」
「うむ」
「では行こう。エミリア、馬と荷馬車を頼むぞ」
「はい。お気をつけて」
俺の指示通り、ジャックとユナ、俺とサキさん、最後にティナという隊列で、暗く口を開いた遺跡の下り階段を下りた。
遺跡の階段は二人並ぶと結構狭い。肩がぶつかる程ではないが、隊列の入れ替えは一人ずつ行う必要がありそうな感じである。
「二人並ぶのは返って危険かも知れん。ジャックが先頭になるように、少し斜めに隊列をずらそう」
階段は長く続いていると思う。魔法の明かりでかなり明るいので壁や天井や床の材質まで良く見えるが、どう見てもコンクリートのような素材だ。
一瞬ここが元の世界への入り口なのではないかと錯覚してしまいそうになりながら、三階分ほど下るとようやく階段が終わって廊下になった。
その廊下も2メートル程度しかないのだが……
「ミナトさん、この先がもの凄く大きな部屋になってます。天井も高いですよ」
「あれは! 部屋の中央に鎮座しているのはガーゴイルではないかね?」
「なんだそれは?」
俺がユナの肩から部屋を覗くと、確かにかなり大きな……我が家の広間の三倍は広い部屋になっていた。天井も高くて、真四角の空間になっている。
部屋の中央には二体の石像が左右に並んでおり、部屋の奥まで届く僅かな明かりを頼りに見ると、部屋の反対側には大きな両開きの赤い扉があるようだ。
ジャックの言うガーゴイルとは、目の前の石像のことなのだろう。観察する限り、この部屋には石像が二体と奥の扉しかない。
「簡単に説明すると門番のようなものだよ。まだ動かないということは、部屋に入らない限り襲ってはこない。大抵の遺跡では壊された後なので、是非手に入れたい」
「悪魔みたいな悪趣味な石像ね……」
ティナの言う通り、石像は悪魔を彷彿させるような禍々しい形をしている。床に設置された台座の上に立っている状態だが、サイズはジャックやサキさんよりも大きい。
「部屋に入ると動き出すんですよね? どうやって手に入れるんですか?」
「それは諸君らで考えてくれたまえ。無傷で遺跡から持ち帰った人間はおらんのでね」
「投げっぱか……失敗しても文句言うなよ……」
部屋に入ると動き出すなら、部屋に入らず取り出せば良い。一番簡単な方法は投げ縄で引っ掛けて引きずり出すことだろう。
「サキさん、背負い袋からロープを出すから、カウボーイみたいにしてガーゴイルを引きずり出してくれ」
「面白そうだの」
俺はサキさんの背負い袋からロープを取り出して、投げ縄っぽく結んだ。
隊列を入れ替えて、俺とサキさんが先頭に立ち、明かりの担当は俺が引き継いだ。
投げ縄なんかやったことが無いのか、サキさんは何度も挑戦しているが、一度もガーゴイルまで縄が届かない。
「駄目か?」
「クソ狭い通路ではロープを振り回せんわい。この方法は無理である」
「もっと大きな輪にして、輪の先の二カ所に重りを付けたらどうかしら?」
「なるほど……」
俺はティナに言われたように、大きな輪を作って重りを左右に取り付けてみた。
「む。今のは惜しいな」
「釣った! このまま引いても良いのか?」
「なんか首吊りみたいになってるが仕方ない。そのまま引いてしまえ!」
ティナのアイデアで飛距離が伸びた投げ縄は、ガーゴイルの首を捕らえている。
「せい!」
サキさんがロープを思いっきり引くと、ガーゴイルは台座から倒れる形になり、鈍い音を立てて地面に顔面を叩きつけた。
……そのガーゴイルは、地面を二、三回転がって、ゆらりと立ち上がる。
「ジャック! 動いたぞ!!」
「ガーゴイルの演技だったか! やられたよ! あれはもういらん!」
「サキさん突撃しろ!!」
「任せておけ!」
ロープを捨てて壁に立て掛けた魔槍グレアフォルツを手にしたサキさんは、構えも取らずにガーゴイルに突撃した。
「うらぁーっ!!」
サキさんの気合いの一撃が、地面をよろめくガーゴイルの胸を貫いた。それと同時にグレアフォルツを引き抜いたサキさんは、くるっと反転してもう一体の方に向く。
しかしもう一体のガーゴイルは既に台座から離れていた。
サキさんから十分に距離を取ったガーゴイルは、サキさんの突撃をかわすようにひらりと空中に飛び上がると、それきり降りてこなくなった。
「私がやります!」
サキさんが居なくなった先頭のスペースに踏み出したユナが、空中のガーゴイルに矢を放つ。矢はガーゴイルの脇腹辺りに深々と刺さった。
「まだ終わりませんよ!」
間髪入れずに放った二射目は、地面に落ちていくガーゴイルの背中に突き刺さる。空中で仰け反ったガーゴイルは、地面を背にする格好で墜落した。
「サキさん油断するな! 倒したと思っても、もう一度止めをさせ!!」
「うむ!」
サキさんは二体のガーゴイルの胸をもう一度一突きにした。
サキさんが駄目押しの一撃を与えたあと、俺たちは用心深くガーゴイルに近付く。
「どこからどう見ても石にしか見えないが、矢も通るんだな。傷口も石にそっくりだ」
「不思議に思うかい? 魔法で作った生物だからね。もっとも、今ではこんな非常識な生物を作れる魔術師は存在しないが……」
「これは放っておくと、また動き出したりはしないの?」
「非常に残念だが、二度と動くことは無い。せめてもう少しまともなポーズなら持ち帰って修復したのだがね……」
二体のガーゴイルは、顔を押さえてよろめいているポーズと、べちゃっと墜落したポーズをしていて非常に情けない恰好で活動を停止している。
これはこれで欲しがる人が居そうなのだが、ジャックのお眼鏡にかなわなかったようだ。
「ジャックがいらんのなら、このよろめいた方は貰っておくか」
「コミカルでいいですよね。持って帰りましょう」
遺跡の門番を倒した俺たちは、部屋の奥の扉の前まで移動するのだった。




