第66話「出発前夜」
「……ふうむ。そちらの言い分も一理ある。次は諸君らの条件を聞こう」
「魔装置に関しては全てジャックさんにお譲りします。魔法の武器防具を含め魔道具として機能する物は全て私たちが頂きます。私たちの取り分の中に欲しい物があったときは適正価格で買い取ってください」
「例えどんなに諸君らが欲したとしても、適正価格を払えば必ず譲って貰えるのかね?」
「もちろんです。それから、魔法の品とは無縁の美術品は全てジャックさんの取り分で構いません。ジャックさんが興味を示さなかった物は駄賃として頂きます」
「素晴らしい! 実に良い条件だ! 買い取りの話以外は私の希望通りじゃないかね?」
話がまとまってしまったようだ。俺はユナの顔色を窺ったが、満足気な表情を浮かべているので俺たちが損をしない状況に持ってこれたのだろう。
「実に満足だ。早速契約書を交わそうではないか」
「契約書はどう書くんだ?」
「交渉で決まった条件を互いに書いてサインをした紙を用意するのだよ。契約書は互いに交換して持っておく。そうすれば筆跡が違うので改ざん出来ないだろう?」
「それはそうだ」
「私は万一に備えて冒険者の宿に預けて置くがね」
「大雑把なくせに用心深いな。俺も誰かに預けて置こうかなあ」
俺とジャックは羊皮紙に同じ文言の契約書を書いてサインをし、ユナが内容を確認して互いに交換した。
「無事に契約も済んだから、そろそろ場所を教えてくれんか?」
「いいとも。遺跡はカナンの町から北西へ半日ほど進んだ場所にある。しかし入り口は魔法で隠されていると思うのでね、探すのに手間取る事も考慮に入れて欲しい」
「魔法で隠されているのなら、魔力感知で見つけられんか?」
「詳しいな……生憎私の魔力感知は、あまりアテにならないのだよ」
「ジャックは魔術師だったのか?」
「いかにも。私は魔法を使うよりも他の事に興味が沸いてしまってね。これでも昔は魔術学院に在籍していたのだよ。今でも講義をしに足を運んでいるがね」
その後俺たちは予定を話し合い、出発は明日の朝、王都の西正門で落ち合うことになった。ジャックは自前で荷馬車を借りて来るようだ。
外周一区を後にした俺たちは一度家に帰った。ジャックとの細かい打ち合わせに時間が掛かってしまったので、そろそろ夕食の支度に掛からないといけない時間だ。
家に帰るや風呂道具を持って銭湯に行ったサキさんは放って置くとして、ユナは発注しておいた魔法の矢を受け取りに行くついでに、ナカミチの工房に作務衣を届けに行った。
サキさんが何も言わないから知らなかったが、いつの間にか完成していたんだな。
俺は何もすることが無いので、広間と調理場の境目のところにもたれ掛かってティナの料理風景を眺めていた。
ティナは菜箸を魔法の杖代わりにして調理場の明かりを灯し、窯に火を入れ、水瓶に水を満たしていた。
「菜箸でもいいのか?」
「本当は魔法の杖か指輪を使うと効率がいいらしいわよ」
昔の魔術師は桁違いの魔力があったので何も要らなかったらしいが、今の魔術師は集中を助ける魔法の杖や指輪の力を借りるのが定番らしい。
エミリアの場合は祖父からプレゼントされた魔法の指輪で集中しているそうだ。ちなみに偽りの指輪でも代用できるが、魔術師が嵌めると精霊力感知ができなくなる。
「今日買ってくれば良かったな」
「台所でちょっと使うくらいなら問題ないわ」
「でも菜箸で魔法使う魔術師なんて世界中探してもおらんと思うぞ」
「……それもそうね」
エプロン姿で料理しながら菜箸で魔法を使うティナを見ていると安心できる。これがユナだったら喜々として河原で攻撃魔法の実験をし始めるだろう。
俺は風呂の湯沸かし器を動かして、洗濯物を取り込んだあと、サキさんの布団と自分たちのベッドに予備のシーツを被せていた。
サキさんの布団は楽だが、俺たちのベッドはやたら大きいのでシーツも巨大で一人で被せるのは大変だ。暫く格闘していたが、反対側で誰かが引っ張ってないとすぐにズレるので、一人でやるのは諦めて部屋を出た。
俺が二階の廊下から広間を見下ろすとエミリアがセルフ放置プレイを堪能している。
「エミリア、ユナが上手く交渉したみたいで、結局遺跡には行くことになった」
「そうなんですか? ミナトさんなら断ると思っていたんですけど……」
「俺なら断ってたよ。契約書まで書かされたんだけど、ジャックは冒険者の店に預けると言ってたのでこっちはエミリアが預かってくれんか?」
「いいですよ。良くトラブルを起こす人なのでどんな内容なのか気になりますし」
やっぱりそうだったのか。俺はエミリアに契約書を預けたが、契約の内容を見ていたエミリアはクスクスと笑い始めた。
「面白い賭けに出ましたね。本来ならこちらが大損をする内容ですが、現実的にはこちらが有利な条件になっています」
「そうなのか?」
「ええ。完全な形の魔装置なんてそうそう出てきませんし、魔道具をこちらの取り分に入れたのはいい判断です。エスタモル時代は装飾品に至るまで何らかの魔法が掛かった物が多いですし、私がいる限りそれらは見逃しません」
「おかしいな。ジャックは満足していたぞ? 素晴らしい、私の希望通りの条件だみたいなことを言って喜んでいたのだが」
「こちらに魔術師が居ると教えましたか?」
「教えてないな。聞かれてないし……」
「ミナトさんも結構えぐいですね……」
俺はエミリアの言っている意味が理解できなかったが、よくよく考えてみると合点がいった。ジャックはこちらに魔力感知できる人間が居ないと思って魔道具の引き渡しを承諾したのかも知れない。何も出ない可能性があるから俺は期待してないけど。
そんなことより自分も含めて六人の命に責任を持つのはリーダーである俺なのだから、そっちの方が不安で胃がキリキリする。
「明日は朝から出発するんだが、エミリアはどうする?」
「前回のワイバーンでは結果的に良かったものの、若干後ろめたさもありましたが、遺跡探索なら正当な理由になります。大手を振って儀式テレポートを使いましょう」
「エミリアでも後ろめたいと感じることがあるんだ……」
「ありますよ! 今回はカナンの町までテレポートして、そこで食料を買ってから遺跡に向かうのが良いと思います」
「そうだな。前回は酷い目にあったからな……」
「ところで、ティナに魔法の杖か指輪を用意したいんだが、何かお薦めはないか? さっき調理場で魔法を使っている所を見たが、菜箸で魔法を使っていたぞ」
「菜箸とは何ですか?」
「フォークを杖代わりにしていたと言えば通じるかな?」
「生徒が使う入門用の小さな杖がありますので、明日持ってきますね」
俺とエミリアが話をしていると、ユナとサキさんが一緒に帰ってきた。発注した矢が揃うまで待っていたら遅くなってしまったようで、帰りにサキさんと合流したらしい。
サキさんが魔法の矢を運んで四人がテーブルに着いたところで夕食が運ばれてきた。
今日の夕食は中華丼とギョーザと鶏肉のスープだ。ギョーザは以前、俺が調理場前の貼り紙に書いておいたものだ。
「普通の肉餃子と比べて食べごたえがありますね」
「余ってる肉を使い切らないといけないから、色んなのを合わせてみたわ」
「中華丼も生野菜の余りなのか?」
「そうよ。微妙に合いそうにない野菜もあるけど我慢してね」
確かに普通の中華丼には入ってないような野菜もあるが、種類が多くて逆に豪勢に感じてしまった。うずらが無くてカットしたゆで卵を乗せているのが面白い。
以前もこんな光景があった気もするが……出発前はこうなるものかな?
夕食が終わったあと俺とティナとユナは急いで風呂に入って今日の洗濯も一緒に済ませたのだが、その間にサキさんは調理場の出入り口に掛けるのれんを縫い終わっていた。
「縫うの早いな」
「上下を縫うだけだしのう……」
「サキさんが縫うと、きれいに一直線なのがいいわね」
「難しいのか?」
「私なら線を引いてアイロンも掛けてやらないと歪むわ」
「慣れれば誰でもできる。好きに練習してみるが良い」
ユナはさっさと二階に上がってしまったが、俺とティナは胸にバスタオル一枚の格好で暫くサキさんと縫物の話をして盛り上がった。
部屋に戻ると、ユナが魔法の矢のチェックをしている。
「どんな感じだ? 使えそうか?」
「大丈夫そうです。1本壊してみましたけど、矢筒に入れておけば安全だと思います」
「不思議電池がないと用意できない雷の矢だけ何本か作っておくか……」
あまり人前で使いたくない物だが、いざという時は惜しみなく使う必要があるだろう。
「冒険に使う道具を別にしたおかげで、特に準備しなくても良くなったのは楽だな」
「細々した物が特に面倒なんですよね」
「明日は早いし、もう寝るか……」
髪を乾かした俺たちは、広間でミシンを使っていたサキさんを誘って歯磨きをしたあと早めに寝た。
朝目が覚めると、ベッドには俺とティナしか居なかった。珍しい。ユナは冒険が楽しみで早く目が覚めたのかも知れないな。
「……ん? おはようミナト」
「おはようティナ」
俺が眠っているティナの手をにぎにぎしていると、起こしてしまったようだ。
俺とティナは着替えを済ませてシーツと布団を畳んだあと、髪も整えて風呂場に向かった。
「サキさんも今日は早いな」
「楽しみ過ぎてあまり寝れなんだ」
「小学生かお前は……」
俺たちは三人で歯磨きを済ませて、ティナは朝食の準備を、俺は浴槽を洗って昨日の晩に干しておいた洗濯物を取り込み、サキさんは俺たちの荷物と装備を一階に降ろす作業をしている。
「ティナー、洗濯物がなんか湿っぽい気がするー」
「最近夜は冷えるから、もう無理かしら? 竿ごと部屋に干しておきましょう」
俺は部屋乾し用の物干し台を組み立てて、そこに竿ごと移動させてから、不思議電池を使って雷の矢を4本作った。
雷の精霊石から直接精霊力を移動できれば楽なんだが、別の精霊石に直接移し替えるような使い方はできないので面倒だ。
俺が不思議電池を洗って広間で矢筒に雷の矢を納めていると、二階の部屋からユナが出てきた。俺が風呂場で歯磨きしているときに入れ違いになったのだろうな。
「ミナトさん、魔法の矢が入った矢筒は乱暴に扱えないので、目立つ色のリボンを付けて置いた方がいいですよ」
「なるほど。すぐに付けよう」
ユナから渡されたテカテカと光る赤いリボンを、俺は矢筒に結んでおいた。




