第65話「断りましょう!」
今日は珍しく三人同じように目が覚めた。いつもは誰よりも早起きして朝食の支度を始めるティナも、流石に徹夜の影響が出たのか起きられなかったようだ。
「三人で起きるなんて珍しいですね」
「そうだな」
俺たちは順番に魔法の櫛を使ってから着替えと歯磨きを済ませて、ティナは朝食の準備を、俺とユナは風呂場で洗濯を始めた。
サキさんが白髪天狗で戻ってきたのは、俺とユナでベッドと布団のシーツを干していた頃だ。
「結局朝帰りかよ」
「うむ」
サキさんが朝の支度をしている間、俺とユナは広間のテーブルを拭いて替えのテーブルクロスを掛けている。
山積みの本は、今は使っていない暖炉の隅に追いやられているようだ。エミリアの言う自分で片付けるとはこういう事だったのだろうか?
俺がユナから遺跡探索の依頼書を受け取っていると、何処からともなく現れたエミリアもテーブルの席に着いた。
「エミリア……風呂入ってないな? 二日間も……」
「はいすみません」
「まあ仕方ないけど。結局ティナの方はどんな具合なんだ?」
「あとは復習しながら慣れてもらうだけですね」
「テレポートとかもできるのか?」
「それは流石に無理ですよ。今は基礎と簡単な魔法くらいです」
エミリアの話では、魔法の中でもテレポートは難しいそうだ。エミリアのテレポートが卓越しているのは、ひとえに歩くのが面倒くさいという執念で使い続けたせいらしい。
「エミリアは古代遺跡に行った事はあるか? 実は俺たちのところに遺跡探索の護衛依頼がきているんだが、今日は依頼主と交渉せんといかん」
俺は依頼書を広げてエミリアの手前に滑らせた。
「師匠に連れられて一度見学に行った事があるくらいですね。もちろん子供の頃の話ですよ……あ、この人知ってます」
「お知り合いなんですか?」
「どんな奴なんだ?」
「週に一度学院で講義をしている方ですけど、普段はエスタモル時代の研究をしているんです。彼の専門は美術品と魔装置ですよ」
「魔装置?」
「部品の一つ一つが特殊な魔道具になっていて、それらを組み合わせて動かす複雑な仕掛けのことです」
「壁が迫ってきたリ、天井が落ちてくる装置ですか?」
「単一のトラップとは別の物ですよ。例えば天候を占う魔装置だったり、金属の純度を教えてくれる魔装置だったり」
「現実的すぎて魔法っぽい夢は無いが便利そうだな」
俺とユナとエミリアが魔装置について話をしていると、ティナとサキさんが朝食を運んで来た。珍しいな。昨日冒険者の宿で何か良い事でもあったんだろうか?
今日の朝食はバタートーストに、細かく刻んだハムとチーズをまぶして胡麻だれっぽい物をかけたサラダとゆで卵だ。ティーカップにはユナのお茶が注がれている。
ユナが食後に淹れてくれるハーブティーとは別に、最近はドリップして入れられる簡単なやつを何種類か用意しているらしい。
「この胡麻だれっぽいのがいいな。米の時はこれがいい」
「わしもー」
「私もー」
胡麻だれはみんなに好評だった。これは美味いからナカミチにも持っていってやりたいな。うちで鍋をつついて以来、自炊を始めたようだから喜ぶぞ。
「遺跡探索を手伝うことになったらエミリアはどうする? 場所も規模もわからんし、最悪何日も帰ってこれん可能せ……」
「行きます!」
「あっそう……じゃあ交渉も付いてこいよ。割に合わんようなら断らんと駄目だし」
「断りましょう!」
「……エミリアは付いてこなくていいぞ」
俺はエミリア抜きで交渉に行くことにした。この女はティナの手料理が食いたいだけなので、本当は冒険なんかに出たくないのだ。できれば俺も出たくない。
俺たちは依頼主、名前は……マリオンと交渉するため、各自出発の用意をしている。
サキさんは完全武装で、ティナとユナは身嗜みを整えに部屋へ戻ったが、俺は特に準備もないため、最近サボっていた家計簿を付けていた。
まず、ワイバーンの卵とデカ過ぎる荷馬車を売却した金を足して総資金は銀貨20万1580枚だ。
浴槽やら脱衣所の家具やらの風呂関連が合計で銀貨7720枚、ティナの弓、炸裂の矢1本、自前の魔法の矢100本、不思議電池の費用などで銀貨1万760枚。
サキさんのミシンと生地などの合計が銀貨5万8310枚、エミリアの服代で銀貨1740枚、それ以外の日用品や食材などの細かい合計が銀貨2110枚……。
それから、最近は各自に金貨12枚を渡している。
これは各自が趣味に充てたり日用品や食材を買うのにも使うが、万一の時は自力で家まで帰って来られるようにするための保険だ。
何らかのアクシデントで孤立した時、携帯電話やATMのない世界では必ず現金を持っておく必要があると考えた。
そんな訳で、全部差し引いて銀貨11万8540枚が現在の総資産となっている。
俺が家計簿を付け終わった頃には、全員広間のテーブルに集合していた。
「馬の準備もできてますよ」
「よし、戸締りをしてマリオンさんの所に行こう」
依頼主のマリオンさんは外周一区の南に住んでいるようだ。内周区だと貴族のエミリアを立ち会わせないと入れそうにないが、一区ならそこまで厳しくないだろう。
王都の外壁よりも少し厚めの壁の前には数名の兵士が雑談を交わしている。俺は無用なトラブルを避けたかったので、壁の少し手前で馬を降り、サキさんを連れて兵士たちの元へ歩いた。
「こんにちは。一区南のマリオン・ジャックさんの家まで行きたいんですけど、ここは通っても大丈夫ですか?」
「ああ、ジャックの雇われ冒険者か。通って良し」
話し掛けた兵士の一人は、特にどうこうする訳でもなく通行許可を出した。口ぶりからするとマリオンさんが冒険者を雇うのはこれが初めてではないようだな。
俺は少し離れた場所で待機しているティナとユナを手招きして、外周一区の壁を抜けた。
外周一区は裕福層のエリアだと聞いていたので立派な家が立ち並んでいるのかと思っていたが、実際には外周二区とあまり変わらない感じがした。
違うと言えば、家の密度が低い感じだろうか? 外周二区は家や部屋がひしめいている感じだが、ここはのんびりとしていて圧倒的に一軒家の割合が多いと思う。
「きれいに整備された所ね」
「ここまで来るとお城が良く見えますよ」
中央通りの奥の方には内周区の壁と段々に建てられた立派な家、そのさらに奥には大きな城が見える。
「凄いな……あの細い塔を見ろよ。耐震強度無さそうだぞ。震度3でも倒れそうだ」
「ちょっと住みたくない感じですね」
俺たちが勝手に王城を値踏みしながら進んで行くと、マリオンさんの家に到着した。
マリオンさんの家は道沿いに面していて、家の周りの庭にはガラクタっぽい物が散乱し、その隣には倉庫のような建物がある。
周りの雰囲気から浮いていたので確認したらすぐにわかった。
俺たちは家の前に馬を繋いで、玄関の横に取り付けてある大きなドアベルを鳴らした。
何度かドアベルを鳴らして待っていると、二階の方からドタドタという音が聞こえて玄関の扉が開く。
「ニートブレイカーズのミナトですが、遺跡探索の依頼について話をしに来ました」
「……おお、諸君らがそうか。今起きたところでね、すまないが少し待っててくれ」
マリオンさんだと思う人物は、寝癖だらけの短髪を掻き毟りながら、玄関のドアを開けっぱなしにして家の奥へと消えていった。
丸見えになった家の廊下は左右に物が積まれ、二階へのらせん階段の左右にも物が置かれ、大人一人が通れるくらいの幅しかない状態だ。
「うわあ……」
「酷いな……」
「手遅れね……」
「男らしくて良いと思うが?」
「物には限度があるだろ。サキさんはここで鎧を脱げよ。家の物に引っ掛けて壊したら最悪だ。俺たちもスカートの裾を引っ掛けないように注意しよう」
「うむ……」
サキさんは脱いだ鎧をハヤウマテイオウのリヤカーに押し込んだ。
俺は嫌な予感がしている。まさかとは思うが、エミリアの部屋もこんな感じなんじゃないかと……我が家のテーブルに山積みにした本を片付けると言ったエミリアは、本を暖炉の隅っこに移動させただけだった。
いつまで経っても本がそのままだったら、エミリアの部屋は確実に汚い……。
「冒険者の諸君! こっちにきたまえ!」
酷い寝癖はそのままで、顔の下半分を泡だらけにしたマリオンさんに手招きされて、俺たちは注意深く家の中を進む。
廊下の突き当りにある部屋も同じような調子だが、広い部屋の中央は何とかスペースが保たれている状態だ。
マリオンさんは鏡も見ずにカミソリで髭を剃りながら……床に髭混じりの泡がボタボタ落ちているのも気にせずに、自己紹介を始めた。
「私が依頼主のジャックだ。諸君らの噂を街で聞いてね、一応調べさせて貰ったが信頼できそうなので依頼した。悪く思わんでくれよ? 私は昔から仲間運が悪い方でね、金に目が眩んだ冒険者に裏切られることも多いのだよ」
「遺跡で裏切られたら怖い。マリオンさんも大変なんだな」
「私を呼ぶときはジャックと呼んでくれたまえ。呼び捨てで構わない」
髭を剃り終わったジャックは手拭いで顔の泡を拭うと、寝癖頭に無理矢理シルクハットを被せた。こうしてみると20代後半から30代前半といったところか。
「ではジャック、怪しさ満点の依頼書では判断できんので、早速交渉に入らせてほしい」
「いいとも。ただし、引き受けることが決まるまで遺跡の場所は教えられない。その点は理解して頂きたい。ここから馬車で片道三日掛かるとだけ伝えておこう」
なるほど、場所だけ聞いてドロンされた苦い経験があるのかもな。
「場所を言えないのは仕方ない。報酬は必要経費としか書いていないが、遺跡で見つかった物はどう分配するのか知りたいな」
「魔装置があれば無条件で私が頂く。美術品の類も私が頂く。武器や防具は諸君らの取り分だ。シンプルで良いだろう?」
「随分大雑把ですね。美術的な飾りの付いた武器が出てきたらどうなるんですか?」
間髪入れずにユナが突っ込んだ。
「良い指摘だ! 私の受講生もこのくらい積極的であれば……そういう微妙な物が出てきた場合は、諸君らには申し訳ないが私に譲って頂きたい」
俺はふうとため息を漏らして腕を組んだ。最悪、総取りされる危険性があるからだ。
「それは虫が良すぎますね。ジャックさんが美術的だと言い張れば全て自分の物に出来るという事になりませんか?」
「………………」
ジャックが裏切りにあったりする原因が想像できてしまった。要するに自分がいらないと思った物だけを冒険者に渡していたのでは、そりゃトラブルにもなるだろう。
まさかとは思うが、エミリアは最初から知ってて俺に断れと言ったのかな……?




