第61話「攻撃魔法の使い方」
俺がエミリアと話をしていると、ティナとユナが朝食を運んで来た。
全員の手元にあるポテトフライと唐揚げを乗せた葉っぱ系の野菜サラダの他に、丸々一つのチーズケーキがテーブルの中央に置かれた。
ティナは小さな皿とフォークを全員に配ってから、八等分に切り分けたケーキを一つずつのせてまわる。
「三つ余ってるから、残りは自由にしていいわよ」
「私! 私がもう一個貰ってもいいですか?」
ユナが珍しく手を挙げた。食べたい物に書き込んだ本人だし遠慮せずに食えば良いのだが、この辺がサキさんと違って可愛げのあるところだ。
二つ目のチーズケーキを皿にのせたユナは、幸せそうな顔で食べ始めた。
「あの、私ももう一ついいでしょうか?」
「食え食え」
エミリアがもう一つ取って、残りは無くなった。知らない間にサキさんが一つ取っているようだった。
いつもよりゆっくりと朝食を済ませた俺たちは、木窓から聞こえてくる雨音をBGMにしてお茶をすすっている。
「エミリアさんに質問があるんですけどいいですか?」
「なんでしょう?」
「精霊石って形とか大きさが決まってるんですか? 全部球体ですよね。大きさも殆ど一緒みたいですし」
「そうですね……大きすぎると極端に扱いが難しくなりますし、小さすぎると十分な効果を得られません。形状は球体に近づくほど効率が良くなりますね。今の形と大きさは先人たちの試行錯誤の結果ですよ」
俺は黙って二人のやり取りに耳を傾けていた。
「もし精霊石が壊れたらどうなるんでしょう? うっかり落として割れたり、何かの手違いで火の中に落としても大丈夫なんですか?」
「割れたり壊れたりすると、中の精霊力は自然と抜けて行きます。一度壊れた精霊石はただの水晶に戻りますね。それから、水晶は熱に強いので多少の火では燃えませんよ」
「そうですか……てっきり暴発する物だと思っていたので安心しました」
ユナは聞きたい事だけを聞くと、そのまま何食わぬ顔でお茶を飲んでいる。
「さて、私はこれからミラルダの町に飛んで魚を手に入れてきますね」
「頼むぞ。エビとかカニとかも買ってくるといいぞ」
エミリアは最後の一口を飲み干すと、ユナから渡されたハーブティー入りの水筒を受け取って魔術学院に戻って行った。
「ミナトさん、さっきの話聞いてました?」
「聞いてた。なんか色々話が違うな。魔術学院の入学試験に使うような物をエミリアが間違うはずないから、もっと根本的なところで間違えているのかも知れないな」
俺は一つの仮説を立てた。
基本的に魔道具は、エスタモル時代と呼ばれる遥か昔の魔法遺物だ。ということは、偽りの指輪はエスタモル時代の魔法をベースにしていると考えた方が自然だろう。
エミリアたちが使う現在の魔法とは仕様が違うのかも知れない。エミリアはそれを知らないから、偽りの指輪に対する評価が低かった可能性もある。
「私もその仮説に賛成です。どの部分が現在の魔法と違うのか判断できませんから、これまで以上に人前で使うのを避けた方がいいと思います」
「そうだな……」
「物凄く怖いことに気付いたんだけど、偽りの指輪で作った精霊石が割れたりしたら大変なことになるんじゃないかしら?」
『あ……』
俺とユナは、ティナが言った言葉の意味を理解して一気に血の気が引いた。
自作した魔法の矢の威力を知っている俺とユナは、空の精霊石を二階の廊下や階段、調理場や風呂場の石畳に転がして落下テストをしてみたが、幸い表面が荒れたくらいで特に割れたりすることはなかった。
サキさんに渡して思いっきり石畳にぶつけてもらったらバラバラになったが、普通に使っている限りでは少々落としても安全なことがわかった。
「まあ安心できて良かったよな。少し遅くなったが、今日やることを報告しよう」
「私は部屋でミナトの髪を切るわね」
「私も興味があるので見学します」
「わしは浴衣の続きかの。昼には一枚できるわい」
「どうせ雨降って何もできんし、髪切り終わったら魔法の実験でもするか……」
俺とティナとユナは自分の部屋に戻って、早速髪を切る準備をした。
「ミナトは水の精霊石を持ったままドレッサーの前に座って」
「ほい」
「ティナさん、櫛とハサミとすきバサミと……一応サキさんから借りて来たカミソリです。カットクロスはどうしましょうか?」
「そうねえ……今回は雨具の外套を使いましょう」
ティナは俺の首にタオルを巻いて、その上から外套を掛けた。
「じゃあミナト、魔法で霧っぽいのを出して髪を濡らしてみてくれる?」
「ミストっぽいのか? できるかな……」
「そのくらいでいいわよ」
俺の湿った髪を、ティナは魔法の櫛でひとなでした。おおう。なんか普通に散髪してるような手順だな。俺はなんだか無性におかしくなった。
「今日はどのようになさいますか?」
「可愛い感じでお願いします!」
俺たちはひとしきり笑ったあと、ティナとユナはあれこれと相談し合って、どうするか決めたようだ。
「横の長さに合わせるわね」
「どうぞどうぞ」
ティナはオオカミヘアーになりかけの中途半端な後ろ髪を切り落として、横と後ろの長さを合わせながら切っているようだ。
正面を向いているといまいち何をやっているのか良くわからないが、ユナが細かい説明をして、ティナが切る役をやっている。
「ユナは詳しそうだな」
「小さい頃から美容院の待ち時間のときは、暇を持て余してずっと見学してたんです」
「ここはもう少しすいてみる?」
「はい。ストレートボブなので、おかっぱにならないようにしてください」
俺は時折魔法の霧で髪を濡らしながら、鏡ごしに二人の作業を眺めている。
「前髪は乾いたときに目に入らないギリギリの所かしらね」
「こまめに切ればいいので、一番可愛く見える長さにしておきましょう」
「こんな感じかしら?」
ティナは俺の頭と外套から髪を払ったあと、そのままの姿で風呂場に連れて行かれ、湯沸かし器の湯で髪を洗った。こういうときに湯が使えるのは便利だ。
髪を洗われた俺は、もう一度部屋に戻された。まだ終わらんのか……。
「熱風が出なくても魔法の櫛である程度整うのはありがたいわね」
「これはホントに掘り出し物だったよな」
解放の駒で風を出しながら、魔法の櫛で整えていく。この世界ではかなり贅沢な散髪なのではないかな?
髪を乾かしたあと、仕上げに毛先を切り揃えて俺の散髪は終了した。三時間近く掛かってしまったが、二人とも飽きずにやり遂げてくれたのは有り難い。
「いいじゃないですか。初めてでここまで上手く切れるのは凄いですよ」
「ほら見てミナト。凄くいいわよ」
「おおー。すげえ可愛いじゃないか。二人ともありがとう」
俺の髪はオオカミヘアー一歩手前のニートヘアーから、耳の少し下辺りできれいに切り揃えたストレートボブにされた。毛先の方はすらりと内巻きに収まるようになっていて、心配していたおかっぱ臭さも無いようだ。
唯一残っていた男っぽさが跡形もなく消え去ってしまったのは残念だが、自分の可愛らしさが気に入ってしまった俺は、後ろで片付けをするティナとユナの手伝いも忘れて悦に浸っていた。
「気に入ってもらえて良かったわ」
「髪型一つでここまで変わるとは、女は恐ろしいなあ……」
俺の髪も解決したので、俺たち四人は広間のテーブルに集合している。時間は昼を過ぎた頃だ。サキさんにはミシンの続きを頼んで、話だけ聞いてもらっている。
「ティナにはもう一度、偽りの指輪を試して貰おうと思う」
「やってみるわ」
俺は広間の木窓を開け、そこにティナを立たせて精霊力の感知を試みることにした。
「精霊力はサーモグラフィーのような視覚的な感覚じゃなくて、匂いに近いと思う。言葉にすると曖昧になってしまうが、なるべく近くのものを感知するイメージでいい」
「……………………」
「難しいか?」
「……んっ? 何となくわかるかも……」
行けそうか?
俺はティナに水晶玉を握らせて、何となくわかるやつを水晶玉が吸い込んでいくイメージをするように教えた。
かなりの時間が掛かったが、ティナでも精霊力を封じ込めることができた。
「これは何というか、物凄く疲れるわね……」
「偽りの指輪なら疲れないけどな。力み過ぎて疲れたのかもなあ……」
ティナは偽りの指輪と精霊石を俺に返すと、本当に疲れてしまったのかテーブルの椅子に座り込んでしまった。
うーん。精霊力の感知と精霊石を作ることはできるようになったが、何故疲れるのかは謎だ。俺はティナが作った精霊石を掌で転がしてみるが、見たことがない色をしているのが気になって偽りの指輪を嵌めて調べた。
「なんだこれ? ティナが作った精霊石からは何も感じ取れん」
「あら? 失敗だったのかしら?」
「見た感じだと精霊石に変化していると思うから、失敗ではないと思う……」
あとでエミリアに聞いてみよう。ティナが作った精霊石は自分のポケットにしまった。
「ミナトさん、私の方は攻撃魔法について色々考えたのを絵にしてみました」
「昨日から描いていたのはそれか。どれどれ……」
俺はユナから受け取った紙を見ながら、軽くイメージを沸かせてみた。
「どれも攻撃的でえげつないものばかりだな」
「そうですか? 私はミナトさんが甘すぎると思うんですけど……」
ユナが考えた魔法は、敵の体に炎をまとわり付かせて集中の限りいつまでも燃やし続ける攻撃とか、敵の頭部に水の玉を作って溺死させる攻撃とか、そんな物ばかりだ。
どれも攻撃的なのだが集中を必要とする攻撃が多く、集中している間ずっと敵が苦しむ姿を直視しないといけないことを考えると、俺のメンタルでは耐えられそうにない。
しかも敵役の動物の絵がどれも可愛いので、そのギャップに俺は戦慄を覚えた。ユナが味方側の人間で本当に良かったと心から思った。