第59話「調味料」
ユナは調理場に水を汲みに行き、俺はサキさんを薪割りに使っている切株の上に座らせて、ゲロの掛かった上着と、地面の泥水で汚れたズボンを脱がせていた。
「ほら、これで手を洗って。口もちゃんとゆすいで」
ティナは桶から水を流して、サキさんの手と口をゆすがせた。
「掃除用のバケツあったろ? それ持って部屋に戻れよ。あとこれを持って寝とけ」
「すまん……」
俺はサキさんに強駒と生命の精霊石を渡して、部屋に返した。
「トイレの床どうすんだよ? ちょっと無理っぽいぞ。貰いゲロしてしまいそうだ」
「ごめんなさい。私もちょっと無理です。あと、トイレに行きたいです」
俺とユナは明日サキさんに掃除させることで意見が一致していた。
「ユナはお風呂でやっちゃいなさい。トイレが使えないと困るから、今から掃除するわ」
「いやもう無理だから。明日の朝サキさんにやらせればいいだろ」
「乾いて固まったり変な虫が沸いたら困るわよ? ミナトはもう寝てていいわ」
ティナには悪かったが、本当に気持ちが悪かったので俺もユナと同じように風呂場でおしっこして寝た。あの野郎、すまんの一言で済ませやがって……。
翌朝、少し遅めに目が覚めると、ベッドの隣にはティナとユナが寝ていた。流石にティナはもう起きれんと思ったので、俺はユナだけ起こして朝の準備を始めた。
「……トイレきれいになってました」
「まじかあ。ほんとに一人で掃除したんだなあ……」
昨日の惨状を知っている俺はトイレに入るのが気持ち悪くて嫌だったが、ユナに言われて入ってみると水で流した床が濡れているものの、ちゃんときれいになっていた。
「昨日は酷い目にあったわい」
俺がトイレから出ると、勝手口の辺りで順番待ちをしていたサキさんがのほほんと言うので、俺はサンダルを片足脱いでからサキさんの尻を蹴った。
ちなみに我が家では、トイレの順番待ちは勝手口のところで行うようにしている。トイレの前に立たれると音が気になるというティナとユナの要望でそうなった。
サキさんを蹴り飛ばして広間に戻った俺は、セルフ放置プレイを楽しんでいるエミリアといつものように話をしている。しかしエミリアの服は昨日のままだ……。
「そのまま寝たのか?」
「すみません……」
昨日の今日で直すのはやはり無理か。俺は今後とも根気強く指導していくことに決めた。今日は臭いに付いてレクチャーしてみよう。
「好きな人といい雰囲気になって抱き合ったときに、相手から刺激臭がしたら幻滅するだろう? 素敵な殿方から掃除してない便所の臭いがしたらどうなるか想像してみろ」
「はい……幻滅です……」
「エミリアは限りなくアウトに近い存在なので、以後気を付けるように」
俺とエミリアが話していると、サキさんとユナもテーブルの席に付いた。
「あれからティナは、一人で便所掃除をしていたぞ。ゲロまみれの服もちゃんと洗濯してくれているぞ。サキ君、言いたいことがあれば聞こうじゃないか」
「ぐぬぬ……すまんとしか言えぬ。ティナにはあとで謝っておく」
「朝飯どうするかなあ……ユナ、なんとかならんか?」
「ティナさんみたいにはできませんが、簡単な物なら……」
「じゃあ頼む。サキさんは昨日壊した衝立を崩して、薪置き場にまとめてくれ」
「うむ」
ユナとサキさんは調理場の奥に移動して行った。
「昨日は大変だったようですね」
「エミリアも見ていただろう。あれで失敗しない方がおかしい」
朝飯が出来るまで時間が掛かるので、エミリアは昨日買ってきた調味料にラベルを貼る作業を始めたようだ。
少なくとも俺たちはオルステイン王国の文字は読めるのだが、よその国から輸入された品物だと、容器の焼き印を見ても読めない物が多い。
「これは毒草ですね」
「危ないな。食い物の市場で毒草なんか売るなよ」
俺が毒草の容器を開けると、乾燥した唐辛子が入っていた。これは大丈夫だろう。
「なあエミリア、偽りの指輪ってもう一個手に入らんのか?」
俺は調味料の確認作業をしながらエミリアに聞いてみた。
「難しいでしょうね。それにあの程度の効果では、解放の駒に使う精霊石を作るくらいしか使い道がありませんよ。ずっと集中しないと明かりも灯せないでしょう?」
「確かに。日常生活では解放の駒とセットで使わないと意味がないな」
エミリアは過小評価し過ぎだと思うが、魔術師から見たらそうなのかも知れないな。
「雷の精霊石を作った魔術師っているのか?」
「いるようです。大掛かりな装置を使って実験したり、自然の落雷をひたすら待ったり……あまりにも無意味な行為なので、誰も真似しようとはしませんが……」
「なるほどな」
「前にティナが偽りの指輪を使えないと相談したこと、覚えてるか?」
「言ってましたね」
「なんで使えないんだろうか? 俺はあれから魔法の櫛とか、いくつか魔道具を買ってみたが、そういうのは普通に使えているんだよな。回復魔法も掛かるようだし」
「うーん……例えば、生まれつき魔法耐性がずば抜けて高い人だと、魔法そのものが効かない場合もあるのですが、特定の魔道具だけ無効というのは……ん? いや……」
エミリアも腑に落ちない様子だ。いつもなら歯切れよく答えてくれるのだが、こんなに考え込む姿は初めて見る。
何か良くない体質なのではないかと不安になってしまう……。
「ここだけの話だが、ティナが嘘を付いている可能性はあるか?」
「私にはわかりませんよ。ミナトさんの方が詳しいのでは?」
エミリアに返されて、俺は反論できなかった。ティナは魔法を使いたがっていたし、嘘は言ってないだろうと思う。今度もう一度試してみるか……。
俺とエミリアが二十分ほど作業しながら話し込んでいると、朝食を作ったユナがテーブルに料理を運んで来た。
ユナが作った朝食は、スライスして焼いたパンと、焼き色を付けたソーセージとゆで卵、千切りの野菜にドレッシングが掛けられたものだった。
「美味そうじゃないか。サキさんも呼んで食おう」
俺は外で衝立を崩しているサキさんに声を掛けて、朝食を取った。
「やっぱりティナさんみたいにはできないです」
「十分だって。野菜のドレッシングなんて宿では絶対に出てこなかったぞ」
「それ、ティナさんが作り置きしていたやつ……」
頑張ってくれたユナを褒めたつもりだったが、俺は一歩目で地雷を踏んだ。
「ティナは居ないが、今日の予定を立てようと思う」
俺はユナが淹れた甘いハーブティーを飲みながら、今日の予定を告げた。
「俺とユナとエミリアは、調味料をわかる範囲で名前だけでも調べる」
「わしはミシン。ティナが起きたら土下座して謝る」
「サキさん、謝るよりありがとうって言った方がいいと思いますよ」
「ではそうする」
俺たちが各々の作業を開始してから数時間が過ぎた頃、ようやくティナが起きた。
「おはようみんな。朝ごはんはちゃんと食べた?」
「食ったぞ。ユナが作ってくれた」
ティナが風呂場の方に行くと、サキさんは慌ててティナの後を追う。昨日のワビでも入れに行ったのだろうか?
朝の準備を終えたティナは、朝食抜きのまま調味料を調べる作業に加わってきた。ゆっくりしてくれても構わなかったが、やはり味がわかるティナが加わると作業が捗る。
「あ。若干醤油っぽいな……でも生臭くて飲み込めない」
「これは魚を使った調味料のようです。酸化すると臭いがきつくなるみたいですね」
「ちゃんと保存してれば臭くないのか?」
「どうでしょうか? 現地の人間でないとわからないでしょうね」
「これはエミリアのテレポートで、一度新鮮なのを買って来てもらうぞ」
「いい加減舌がおかしくなってきたな。俺は休憩する」
「お茶を入れましょう。私もべろが痛いです」
「それならわしも一服させてくれい」
俺とユナとサキさんはお茶で一息ついた。
「サキさんは何かできたか?」
「ナカミチの分が終わったとこよう。次はおぬしらを採寸するかの」
「おう。測ってくれ」
俺とユナは採寸されて、ティナも呼ばれて採寸された。サキさんも自分を測ると言って俺に採寸の仕方を教えてきたので、サキさんを採寸したのは俺だ。
今回初めて身長まで測ったのだが、サキさんは176センチ、俺は152センチ、ユナが154センチ、ティナは141センチだった。
「145センチも無かったのはショックだわ……」
「俺はユナより低かったのか。まあでも胸で勝ってるから良しとするか……」
少々悔しいがスリッパも脱いで測ったから正確だ。試しにエミリアの身長も測ってみたが、この女は163センチあった。
「次は浴衣ですか?」
「うむ。スナップやジッパーが見当たらぬので、最初は和服で腕を慣らす」
サキさんの方も調味料と同じく、こちらの世界には無い物で苦労があるのだな。
俺は再び調味料を調べる作業に戻った。
家にあった物まで含めると調味料は全部で百二十種類ほどある。砂糖一つとっても十種類以上あるからたまらない。
エミリアが各系統ごとに分けてくれたのを見ると、香辛料の類が一番多いみたいだ。




