第57話「雨に濡れたバカ」
「こういう生地は本来どこで使うんでしょうか?」
「最近では金持ちが家ののれんとかに使うのが人気だと聞いたがの……」
「サキさん、帯はどうするの?」
「別の棚に硬い生地があるから、4メートル程で切ってもらうと良い」
目的の棚まで案内されたあと、俺は単純に紺色の派手な生地をさっさと選んで、サキさんを呼び止めた。
「どうしたのだ?」
「サキさん、セーラー服を作ってくれ。ティナのやつを。ついでに俺のも」
「おぬしはまたそれか……」
サキさんは深いため息をついた。お前にだけは言われたくないわ。
「俺は中学に上がるとき、それはもう青春ドラマのような淡い恋の一ページを期待していたんだが結果は散々だった。だからそれっぽいのを体験してみたいんだよ」
「むう。そういう話しなら協力するしかなかろう……」
サキさんは自分の帯をさっと選んで、それらを俺に押し付けると別の棚の方へ歩いて行った。サキさんなら上手く作ってくれるだろう。俺は今から期待に胸を躍らせる。
生地屋での用事を済ませた俺たちは、二手に分かれて行動することになった。
サキさんとユナには浴槽の蓋、薪の補充、脱衣所に置くかごと棚、広間に置く物干し台を頼んだ。脱衣所の仕切りは手に入りそうな物からユナの判断に任せることにした。
「それじゃあ行ってきますね」
「荷物は荷馬車をレンタルして運んでくれ。運搬を後回しにされて雨に降られたら困る」
「うむ」
「俺たちは食材と日用品だな。バスタオルは安物買って水を吸わんかったら困るし、ちょっとお高いのを買おうか?」
「今のタオルは殆ど手拭いだから髪が間に合わないし、そこそこいい物を揃えたいわね」
俺はハヤウマテイオウのリヤカーに浴衣の生地を積み込んで、ティナの後ろに乗った。
俺とティナは初めに日用品とバスタオルを買いこんでから、市場に移動する。
「いつも思うが、これだけ数が多いと調味料を見つけたくても探すのが大変だな」
「そうね。片っ端から買って試せたら代用品が見つかるかもしれないけど、置き場所にも困るし難しいわね」
「ティナが一番得意な料理のジャンルってどれなんだ?」
「……お菓子かも」
「そっちの方だったか……」
ティナと話をしていた俺はふと思い付いて、まだ家にない調味料を見付けるたびに買い漁って歩いた。
今まではティナ一人が調味料を買って試していたが、これを四人掛かりで試してエミリアの知識まで引き出せたら一体どうなるのか興味が沸いたからだ。
「日持ちしないような調味料はどうするのよ?」
「どうやっても使えなかった物は廃棄だな」
俺たちは希望する味を知っているが、この世界の調味料に関する知識がない。エミリアはその逆だ。でも現物があれば共通認識として使えるから無駄ではないはずだ。
ティナ一人が家事に追われながらやっている今の状態ではもう手詰まりだろう。俺は思い付いたことをティナに説明した。
「それなら王都を一周して調味料を集めましょう」
俺とティナは王都の四カ所にある市場を巡って、リヤカーが軋むくらいの種類を片っ端から集めて回った。
「もういいだろう。何だか遠くの空が曇ってきたから早く帰ろう」
俺とティナは家に帰ると、荷物で満載のリヤカーを薪の保管場所に置いた。
「薪置き場以外にも雨が当たらない部分が欲しいな。もう少し屋根が広ければ雨が降っても洗濯物が干せるのに」
「そうね。あと1メートル広かったらいいわね」
俺とティナはハヤウマテイオウの世話をしたあと、リヤカーの荷物を調理場の勝手口から運び入れた。
外の物干し台からは竿が無くなっているので、先に帰ってきたユナとサキさんが取り込んでくれたのだろう。二階の窓も布団を取り込んで木窓を締めきっている。
馬小屋には白髪天狗が居ないので、借りた荷馬車を返しに行っているのかもな。
「あ。おかえりなさい」
「ただいまユナ。サキさんはどうした?」
「荷馬車を返しに行きましたよ。降り出す前に銭湯に行くと言ってましたけど、大丈夫でしょうか?」
「もう外は曇ってる。降り出すのは時間の問題だろうな」
「仕方のない人ね。お湯を沸かしておきましょう」
「俺も行く。浴槽の蓋とかを見てみたい」
俺とティナは湯を沸かすついでに風呂場の確認をしに行った。
浴槽の蓋は、浴槽とは種類が違う軽い木を六枚並べて塞ぐようになっていた。
「随分軽いな。片手でも余裕で持てる」
「あまり長持ちしませんが一番軽いのを選びました」
後ろから付いてきたユナが説明した。確かに重かったらしんどいな。
「仕切りはバスケットのかごと同じ素材の衝立にしたのね」
「編み物だと光を通すので、脱衣所には明かりが不要になるんです」
「なるほどな」
バスタオルと脱いだ服と着替えを入れておくバスケットのかごは四つで、足の長い棚に二列で収まっている。
棚の下に空いているスペースには、いつも使っている洗濯かごが置かれていた。
やっぱりユナはこういうのを選ぶのが上手いな。衝立で大丈夫なのかと聞いたら、棚の板が湿気を遮ってバスケットの中身までは湿らないと考えたらしい。
答えは今晩わかるだろう。
俺は湯沸かし器から出るお湯を避けるようにして、浴槽に蓋を被せた。
広間の暖炉の前には室内用の物干し台が置かれていて、エミリアの服と下着が竿に掛かっている。室内にあると、まるで晒し者のようだな。
「この物干し台は家具屋さんで見つけたんですよ。使わないときは平らにして立て掛けておけるんです」
「全部木で出来てるの? あら? 蝶番じゃないのね」
木の物干し台は「ユ」の字になった本体の底を、「十」の字になるように支えの足板を差し込むような構造だった。
外に置いてある鉄製の無骨な物干し台とは違って、ダークブラウンで塗られた木の物干し台は家具のように見えるので嫌らしさがない。
「ユナはこういうのを見つけて来るのが本当に上手いな。俺だったら外にあるのと同じのを買って来てた」
「私も家具屋さんには行かなかったと思うわね」
ティナが夕食の準備を始めたので、俺とユナは今日買ってきた調味料を広間の隅に移動させていた。
「凄い量ですね。どうしたんですか?」
「ティナ一人だと家事に追われて手詰まりだから、全員で確かめることにした」
「これだけあると大変そうですね……」
調味料も粉や葉っぱはまだ良いが、液体ばかりの物は結構重い。調理場と広間を二人で何往復かして、ようやく運び終わった。
俺は飯の時間になるまで、広間のテーブルで随分消耗した精霊石を補充していた。
今日からは雷の精霊石も作っていくことにしたので、精霊石を一つ作っては不思議電池の液を捨ててティナに新しく作ってもらうという作業をしている。
ちなみに、雷の精霊石を解放の駒に載せるとどうなるのか興味があったが、感電死するかも知れないから止めた方が良いとユナに忠告されてしまった。
俺は安全に絶縁できる方法を思いつくまで、テストはしないことに決めた。
俺が精霊石を作っている間、ユナは隣で精霊石を麻袋に小分けしている。
「偽りの指輪がもう一つあればいいのにな。サキさんには向かないし、ティナは感知ができなくて使えないし、ユナは上手く使いこなせそうで良いと思うんだけどな」
「ミナトさん、偽りの指輪なしでも精霊力の感知ができるか実験してみませんか?」
俺はユナに言われた通りにしてみたが、指輪を外したら集中する場所がわからなくなって、上手く集中できなくなった。
「無理みたいだな。どこに集中すればいいのかわからなくなった」
「もしかしたら、それは偽りの指輪じゃないような気がしたんですけど、私の気のせいだったみたいですね。すみません」
「……雨が降ってきましたよ」
「ほんとだ。サキさん間に合わんかったな」
俺は買ってきたばかりのバスタオルを一枚取り出して、脱衣所のかごに入れておいた。
「ティナ、サキさんが帰って来たらそっちから風呂場に直行させてくれ。広間をベチャベチャにされたらかなわん」
「そうね」
雨はすぐ本降りになった。俺は風呂場と調理場以外の木窓を閉めて、解放の駒で明かりを灯した。
随分降るものだなあと、心配になった俺が木窓の隙間から外を覗いていると、全く急ぐ風でもなく本降りの雨の中で悠々と馬に跨るバカの姿が浮かんで来た。
奴の性格を考えると、本降りになったところで走るのを諦めたのだろう。
俺は洗い場から馬小屋に待機して、サキさんと白髪天狗を待った。
「全く酷い雨よのう」
「バカじゃねえの? 白髪天狗は見とくから風呂入れよ」
「うむ」
わざわざ玄関に回ろうとするサキさんを、俺とティナは慌てて止めた。




