第563話「索敵」
俺たちを乗せた丸太が加速すると、冷たい風が容赦なく体温を奪っていく。
「ロロ、前方に障壁の魔法を張って、風を遮ってくれ」
「だね。この冷え方は厳しいよ」
丸太の先端に障壁の魔法が展開されると、いくぶん冷たい風は遮られた。
「わわっ!? 風の抵抗が増えたわね」
「もう少し小さい障壁にするかい?」
「このままで大丈夫よ」
魔術学院ではまともな部類に入ると思われるロロが、ティナを気遣っている。
これならいちいち指示を出さなくても大丈夫そうだな。
「ティナ、もう少し速度を緩めてくれ」
丸太の移動速度が歩く程度になったところで、俺は植物の精霊に意識を向けた。
「人間や動植物以外の生命力を放つ、異質な生命力はないか?」
……何の反応もない。
「精霊と意思疎通ができるのかい?」
「いや、精霊そのものに言語はないんだけど、味覚とか嗅覚に似た感覚で何となく伝わると言うか……」
この感覚を表現するにはどうすれば良いだろう?
精霊が人の言葉を喋ったりすることはないけど、ああそうだ、一番近い例えなら──。
「胸騒ぎの正体が直感でわかるような感じかなあ」
個人的には会心の表現だと思う。
「なるほど。参考にしよう」
それでロロは納得したようだ。
「少し前方に人がいるな。借金男かな?」
「五人組のパーティーはもう追い越したんかの?」
サキさんの疑問はもっともだが、この場合、街道を逸れて獣道を歩いていると思われる五人組のパーティーは、索敵を始めるよりも前に追い越したとみるべきだろうな。
「借金男は街道沿いにいるの?」
「草だらけの街道と森林の境目辺りを無理やり走っているんじゃないか? 先行した露出狂のアマゾネスに追い付こうと必死なんだろう」
さすが、借金で尻に火が付いている男は根性が違う。
ちなみにソロの女性冒険者だと、俺が見ている限りでは例の露出狂の女戦士ただ一人だ。
「街道から離れて追い越した方がいいのかしら?」
「そうしてくれ。金に目が眩んでいる人間は下手に刺激しない方がいい。後々逆恨みされたら面倒だ」
ティナはふわりと高度を上げて、街道から森林の上空に退避する。
「闇の精霊よ、俺たちの姿を人の目から隠せ」
俺は闇の精霊シェイドを行使したが、出てきたシェイドはその空間に留まり、たちまち遥か後方に消えてしまった。
「あれ?」
術者と精霊の相対位置を保ったまま、精霊魔法を固定しておく事はできないのか?
光の精霊ウィル・オー・ウィスプと、闇の精霊シェイドの二つは、存在自体がとても不安定で、本体に触れただけでも壊れてしまうから、どこにも触れないように行使したのだが、術者の移動速度が速すぎると先ほどのような結果になるみたいだ。
「精霊魔法にも思わぬ弱点だね。私が暗闇のイメージを側面に張ろう」
ロロの魔法は移動速度に関係なく、俺たちの側面の空間を暗闇のカーテンで覆った。
これなら借金男に見つかることもないだろう。
その後も俺たちは、速度を落としては精霊に語りかけ、途中ではぐれ者のゴブリンを発見するも、ロロが魔剣の一振りで倒すなど、探索自体は順調に進んでいる。
「結局、例のアマゾネスは見つからなかったな」
「この速度なら必ず追い付けるはずだけど、ちょっと気味が悪いわね」
「ストップ。前方に何かいる」
「魔物かの?」
「人間みたいだが、それとは別に、よくわからない何かも……」
ティナは俺が指示した方向に進路を変えて、少し離れた場所に着地した。
「全員分のランタンに火を付けて……」
ロロは手際よく火の魔法でランタンを灯す。
「サキさん、先行してくれ」
「うむ!」
「出てこいウィル・オー・ウィスプ!」
俺はランタンの明かりから光の精霊を呼び出して、先行するサキさんに同行させた。
「相変わらず、全身鎧なのに速いわね」
森林の地面は起伏が少なく、想像よりは走りやすい場所だ。
だが、騎士の甲冑ではないにせよ、フル・プレートで全力疾走できるのは相当凄い。
下手に対抗してすっ転んだらバカみたいなので、俺たちは小走りで後を追った。