第561話「マシン村の冒険者たち」
マシン村は、旧街道と現街道が交差している大きな村だ。
旧街道しか無かった頃には、細々とした物流が素通りするだけの小さな宿場村の一つに過ぎなかったらしい。
今の整備された街道ができたのは、隣国のマルスヘイム帝国との友好条約が結ばれて以降の話になる。
国境とマラデクの町を最短距離で繋いだ場所にあったのがこの村だ。
そのおかげでマシン村は、旧街道と現街道が交差する世にも珍しい村となった。
街道の敷設もそうだが、マルスヘイム帝国との国境に町を作るさいにも重要な活動拠点とされたマシン村の規模は次第に膨れ上がり、今ではちょっとした町に匹敵する規模になっている。
この国境の町というのが、ユナたちが目指す次の目的地だ。
ちなみにマシン村は、元が急ごしらえの宿場村だったせいもあり、古くからこの土地で自給自足の生活をしているような村人は、基本的には存在しない。
現人口の殆どが、出稼ぎに来ていた職人たちや商人たちの一族で占められているそうだ。
そして、危険な旧街道を専門に探索する冒険者たちのホームグラウンドとしても機能するマシン村には、常に一定の数の冒険者たちがせわしなく出入りしている。
……全部自警団の男から聞いた受け売りだが。
「あそこで冒険者の宿の親父が仕切っているから、後は上手くやってくれ。俺は門の見張りに戻る。じゃあな!」
俺たちを村の北側まで案内した自警団の男とは、結局名前もわからないままここで別れた。
「向こうで話が始まるみたいよ」
「急がねばの!」
「いや待て、ほどほどに話が聞こえる程度の距離にいよう。今回は魔物の討伐が目的じゃないからな」
「私もミナトの意見に賛成だね」
さて、俺達には土地勘が無いから、この場所は「北側の資材置き場」とでも言っておこうか。
俺が資材置き場と思ったように、辺りには丸太やら薪やらが大量に積まれている。
状況からして村の危機を予感させているにも関わらず、軽く辺りを見回しても、一目で王国の正規兵に見える人間は居ない。
しかし、防寒具の見た目こそバラバラだが全く同じ兵装に見える一団は、恐らくこの村に常駐している兵隊だろう。
全員十代半ばの新兵に見えるから、普段は街道の雪かき要因で、まともな実戦経験はないかもしれない。
兵士の数は四十人程度はいるのか?
それ以外の連中は冒険者で間違いない。
焚火に集まっている者、酒を飲んでいる者、資材に腰掛けている者、仲間と談笑している者──。
一歩間違えば浮浪者の集会と間違われそうな絵面だが、身に着けているのは使い込まれた本物の武具ばかりだ。
「あの奥にいる冒険者、この中だと一番強力な魔法の装備を持っているね」
レレもとい、ロロが視線だけでその人物を指した。
一目で魔法の防具とわかるような、上から下まで黒ずくめの全身鎧を身に着けた漆黒の戦士と、不自然に過剰な装飾が施された弓を持つ派手な女の二人組だ。
あっちの方も俺たちと同じように、少し距離を置いたところで話を聞く様子だ。
「話が始まるみたいよ」
壇上という訳でもないが、その辺に転がっている切り株の上に立った中年の男が咳ばらいをして、両手をパン、パンと鳴らす。
注目しろと言わんばかりだが、談笑の声は消え、全員が注目する。
この男が冒険者の宿の親父みたいだな。
「もうすでに話を聞いている者もいるだろうが、旧カヌエの町の周辺で正体不明の魔物が目撃された! 経験のある者ならわかるだろう? 奴らの狙いは人間。獲物の人間を求めて、十中八九この村まで下りてくる!!」
ため息交じりに首を振る冒険者と、意味が分からずポカンとする冒険者の二つに分かれた。
いわゆる、経験者と未経験者で大きく反応が違って見える。
俺たちは後者の反応だな。
「ざけんな! 正体不明ってなんだよ!?」
駆け出しという年齢でもなさそうだが、妙に甲高い声の男が叫び散らすと、途端に辺りが騒がしくなった。
「静かにしろ! とにかく、まずは金の話だ!!」
親父が金の話を持ち出した途端、学級崩壊寸前のように騒いでいた連中も静まり返る。
そりゃそうだろう。
いくら貰えるのかを聞き逃さないために、必死で耳を傾けるのは冒険者の性である。
「腕に覚えのある者は、旧街道に出て正体不明の魔物を討伐してくれ。それが本当に正体不明の魔物だった場合には、一体につき最大で銀貨10万枚を払う!」
おぉーっ……と言う、微妙にテンションの上がらない声がチラホラと聞こえた。
報酬額と自分の能力を天秤にかけて、それが割に合っているかを考えているのだろう。
だが相手は正体不明の魔物と来た。
銭勘定をしても微妙な反応になるのは仕方がない。
「村の守りが手薄になっても困るから、ある程度の人数には残ってもらう! こっちは魔物が出ても出なくても毎日銀貨500枚を払う。実際に防衛に成功したときは一人につき銀貨1万枚のボーナスだ!!」
それを聞いた途端、冒険者たちはヒソヒソと相談を始めた。
一攫千金を狙って討伐に出ると言えば冒険者冥利に尽きるが、何もしなくても毎日銀貨500枚が手に入るのなら、村の防衛も捨て難い。
しかも討伐が長引くほど実入りが大きくなるようだから、村の防衛が絶対にお得だろう。
「旧街道には詳しくないから、我がパーティーは村の防衛に回ろう」
「正体不明じゃあ、対策のしようがな……今回は我々も村の防衛に専念する」
こんな感じのパーティーばかりかと思えば……。
「一人でも参加できるなら、討伐に加わろう」
鍛え抜かれた肉体を周囲に見せ付けるように、不自然なほど布の面積が少ない露出狂の女戦士が名乗りを上げた。
どこの次元から来たアマゾネスだ?
霜の降りるこの寒空の下、全く尋常ではない。
「バインバインね」
「ヨシアキが喜びそうなやつだ」
基本的に冒険者は変な奴が多いものだが、たまにこういう凄いのが湧いて出る。
「参加する奴はここに来て名前を記入してくれ! 王都から正規軍が編成されて来るまで、早くても六日はかかる計算だ。ただし、軍の指揮下に移った後は、こんな破格の報酬は出ないぞ。一山当てたい奴は、それまでに討伐を済ませること!!」
冒険者の宿の親父が最後の説明を終えると、さっさと宿に戻りたい連中から名前の記入が始まった。
「なんだ、お前らも村に居残りか?」
「闇雲に探しても絶対に見つけられそうにないからな。まあ、いざというときは矢面に立つ。心配しなさんな」
見るからに手練れの冒険者パーティーも村に居残りするらしい。
リーダー格の男が言うように、闇雲に探しても仕方ないわな。
「見ない顔だな? 討伐希望で間違いないか?」
「へへへ、王都でしこたま借金こさえたんで。本当に銀貨10万枚だよな?」
「まあな。ただし、死んだら何も出ん」
チンピラ風の男は一人で討伐に向かうようだ。
「わしらはいつ手続きするのだ?」
「面白いから、もう暫く見ていよう」
こんな感じで、俺たちは三十名ほどの冒険者を観察した。
ちなみに漆黒の戦士と派手な女の二人組は、戦うのは良いのだがターゲットを見つける自信がないと言う理由で村の防衛を選んでいた。
「あんたらで最後だ。討伐と防衛、どっちにする?」
「討伐だの」
「はいよ」
俺たちは全員、討伐の方に名前を記入した。
名前を書きながら名簿の人数を見たが、参加者の約三分の二は討伐を希望している。
あーだこーだと揉めていた割には、討伐の方が多い。
「なあ親父、正体不明の魔物って複数体いるのか?」
どうせ俺たちが最後なのを良いことに、俺は親父に質問をした。
「目撃された時は一体だが、前回は複数体いたからな。最悪の事例を元に考えた方が良いだろうよ」
なるほどな。
「もう討伐に向かっている冒険者はいるの?」
「報酬の話もせずに討伐に向う奴はおらんはずだ。事情を知らずにその辺をほっつき歩いてるバカなら居るかも知れんけどな」
「ちょっといいかな? 肝心の、魔物が目撃された場所はどっちなのさ?」
「最初に言ったはずだが、話を聞いていなかったのか? 旧カヌエの町の方角、ここからだと街道を北西に向かった先だ」
へえ……。なるほどな。
討伐の手続きを終えた俺たちは、一度村の目立たない場所に身を潜めた。
ユナたちと違って、俺たちが宿をとる必要はない。
「今夜はもう遅いけど、一度家に帰るのかい?」
「いや、幸いまだ誰も討伐に出ていないだろうから、魔法で好き放題やるなら今のうちだ」
「良かろう。旧カヌエの町辺りまで行ってみるかの?」
「とりあえず街道の上を飛べばいいのかしら?」
「だな。名前まで書いた手前、途中でドロンするのも気が引ける。せめて正体不明の正体くらいは暴いてやろうじゃないか」
こんな感じで俺たちは、他の冒険者に先駆けて出発することにした。