第55話「不思議電池」
「店で買った炸裂の矢とは比べ物にならん威力だ。もうないのか?」
「今日はこれ1本です。必要なら1本につき銀貨72枚で作ってきますよ。矢は最高級の品質で、最高純度の水晶を使ってます」
「100本頼む。あと、こんな使い方を他人に知られたらまずい」
「わかりました。今から行って契約してきますね」
俺がユナに矢の代金を渡すと、ユナは再び街へ出掛けて行った。
魔法に関しては俺も色んな工夫を凝らしていたつもりだったが、少なくともユナのように攻撃的な使い方は今まで思い付かなかった。
ある意味ユナは、俺が希望した戦力強化を理想に近い形で叶えてくれたことになるのだが、実際にその威力を見ると少し怖くなった部分もある。
俺が巻き藁の支柱を片付けて家に戻ると、浴槽は完成して職人たちも帰っていた。
「浴槽できたのか?」
「うむ」
「少し前に完成したわ。今サキさんが湯沸かし器の位置を動かしてくれたところよ」
三人並んで足を延ばしてもまだ余裕のある大きな浴槽と、その横に湯沸かし器。
風呂桶と腰掛けは、浴槽と同じ木材の物が各四つ積まれている。部屋の隅に洗濯用の大きなたらいと洗濯板が立て掛けてあるが、それには目を瞑ろう。
「今日から銭湯に通わなくてもいいんだな」
「みんなで考えて作ったお風呂よ。やり遂げた感じがするわね」
「わしは銭湯に行ってくるわい」
俺とティナが我が家の風呂場に感動している空気をぶち壊しにして、サキさんは一人で銭湯に出掛けた。今日くらい黙って行けよ。
早速俺は浴槽に湯を張ることにした。これだけ大きいと一時間あっても一杯にはならないだろう。この調子だと飯の後になるかも知れないな。
今日はもう特にやることもなく広間の席に座っていた俺の前に、夕食の仕込みを終えたティナが何かを持ってきて、それをテーブルに置いた。
「ねえミナト、これで雷の精霊石を作れないかしら?」
何かの汁が入った小さな四角い容器の中に二つの金属片を固定して、金属片には細い針金のような物が繋がっているようだ。
「昨日ナカミチが話していた錆の話しで思い出したのよ」
「ん? どういうことだ?」
「二種類の金属と酸性の液で電気を作る実験、ミナトもしなかった? 雷の放電現象に精霊力があるとしたら……」
「あ……なるほど」
昨日は聞き流してしまっていたが、ティナが全部を言う前に俺は理解した。これは学校の授業で習った電気を作る実験だ。
一瞬で消滅する雷の放電がダメなら、その場から逃げない電気を捕まえようという方法だな。俺は偽りの指輪に意識を集中して雷の精霊力を探した。
「確かにここから今までに感じたことのない精霊力があるような気がするんだが、力が弱すぎて掴めない感じだ」
「もう少し強ければいいのかしら?」
「そうだな。例えばランプの火なら大丈夫だが、小さな火の粉だと精霊力が弱すぎて捕まえることができんみたいだし……」
「ちょっと待ってて」
ティナは部屋に戻ると、同じ容器をいくつも抱えてきた。
「これを全部直列にするのはどうかしら?」
「なるほど。やってみる価値はあるな」
俺とティナは、二人で電極を固定する作業をした。
電極のプレートは二種類ある。銅と亜鉛らしい。俺の記憶にあるのは銅とアルミニウムだが、他の金属でも良いのだな。
俺とティナが電気の実験装置を作っていると、ユナが街から戻ってきた。
「ただいま。矢の方は100本で契約してきました」
「おかえりユナ。矢はいつできそうなんだ?」
「矢じりの大きさと形には特に厳しく注文を入れたので、一日に20本作るのが限界みたいです。できた物から受け取りはできますけど、全部で五日は掛かりそうです」
「……何の話し?」
俺とユナは、魔法の矢の自作についてティナにも説明した。
「それはミナトの言う通り、あまり他人には知られない方がいいわね」
「今は何をやってるんですか?」
今度は俺とティナで、電気から精霊力を取り出す実験について説明した。
「これも他人には知られない方が良さそうですね……」
「偽りの指輪もそうだが、俺たちはどんどん秘密の多い冒険者になっていくな」
ユナも加わって作業を再開したが、電気の実験装置では言いにくいので、ティナが「不思議電池」と勝手に命名した。
この装置の正式名称を知らないし、詳しい原理もわからないので不思議なのは間違いない。理系に強いメンバーが居ないのは我がパーティーの弱点でもある。
「電気の強さが良くわからんので直列と並列で試してみるか」
不思議電池を九個作った俺たちは、色んな繋げ方をして試してみた。
結果的には直列に三個繋げたグループを、三個並列に繋げた状態にすれば辛うじて雷の精霊石を作ることができるようだ。
「精霊石を一個作る間に不思議電池が弱くなってしまうな」
「液を一度に入れ替えできるように、板か何かにまとめて固定すると良さそうですね」
「塩とか酸っぱい液を色々混ぜて安定する液を探したいわね」
いくつか課題が残ってしまったが、これで俺は基本十種類の精霊石を全て手に入れることができた。
だがユナに言われた通り、俺たちが雷の精霊石を持っているのは身内だけの秘密にしておいた方が良いだろうな。
ティナとユナが調理場に行ってしまったので、俺は不思議電池を余った木箱の蓋に固定していた。普段ならようやく銭湯から帰ってきて二階の部屋で髪を乾かしているくらいの時間だ。
「ミナトさんは何をしているんですか?」
「エミリアか。まじでびっくりするから幽霊みたいに出てくるのやめてほしい」
エミリアはまだ頭の狂ったピンクのワンピースを着ていた。明日もこの恰好のまま来たら、流石にちょっと注意してやらんといけないだろう。
「ちょっとした実験だが、まあ食い物とは関係ないよ」
俺が食い物ではないと教えると、エミリアは興味を無くしたようだ。
「そうそう、明日は夕方から雨が降るみたいなので、街で買う物があれば明るいうちに済ませておくのが良いと思いますよ」
「魔術学院だとそういうのもわかるのか。いつ止むんだ?」
「そこまではわかりません。これから暫くは降ったり止んだりでしょう」
俺とエミリアがこの世界の天気についてあれこれ話をしていると、サキさんが銭湯から戻ってきた。
全員が揃ったところで俺たちは夕食を食い始める。今日の夕食は鶏の唐揚げ定食風に仕上げられていた。醤油と味噌がないので全体的に洋食風味であるが。
「次は竜田揚げみたいなのも食いたいな。あれ好きなんだよな」
「竜田は醤油ベースのたれを使うから来年になりそうね」
「そうかあ。冬になったらナカミチも呼んでいっぱい仕込まんとなあ」
食事が終わって一息付いているところで、俺は明日からのことをいくつか提案した。
「我が家にもようやく風呂ができた。今まで銭湯が空いている時間を利用していたので夕食が遅くなっていたが、明日からは早めに夕食を済ませた後で風呂に入ろうと思う」
「途中で鍋を止めなくて良くなるから、私はその方がいいわ」
「わしもその方が良い。遅くなっても迷惑掛からぬし、混み合った銭湯にも入れる」
「私はどちらでも構わないです」
異議なしといった感じか。エミリアは暇人だから時間はいつでも良いだろうし。
「サキさんお前は知っているか? 王都には他にいくつもの銭湯があるという事実を」
「なぬ!?」
「くっそ遠い銭湯まで行かれて、飯の時間に戻って来なかったら迷惑なので今まで黙っていたが、飯の後なら関係ないので教えておいてやろう」
「頼む!!」
「俺からはもう一つ、解放の駒が三セットに増えたので、各自各部屋への割り当てをきちんと考えようと思う」
「弱駒を二つと、光と風の精霊石をくれえ。残りは三人で決めて構わん」
「わかった。解放の駒の割り当ては俺とティナとユナで後ほど話し合って決める」
サキさんは基本一人だから二つで足りるのだな。今までは一つしか渡していなかったが、追加でもう一つ駒を渡した。
それはそうと、弱駒って呼び方は良いな。さしずめ強い方は強駒かな? 俺も今度からそう呼ぶことにしよう。
「エミリアには魔術学院から儀式テレポートを繰り返して、自力でテレポートできる町や村を増やしてもらう。王都では手に入らん食材や調味料のために必要だ」
「私が直接現地へ飛んで、食材をいつでも手に入れられる基盤を作るんですね?」
「そうだ。飯のためなら職権乱用もやむを得ないだろう?」
「はい!」
この女はいつか魔術学院から追い出されやしないかと心配になるな。
「わしからも良いかの?」
「ん?」
「全員分の浴衣を縫おうと思うんでの、好きな生地を買うてもらいたい」
「良いですね。明日買いに行きましょう」
「それは楽しみね」
良いな。秋には王都でも収穫祭の祭りをやるらしいし、みんなで着て遊びに行くのも楽しそうだ。本当は夏の方が良いのだがな。
「私からもいいかしら? 明日からは調理場の入り口に紙を張っておくわ」
「うん?」
「やっぱり献立を考えるのが一番大変だから、食べたい物を書いてちょうだい」
「前にも言ってたな。みんな思い付いたら書くようにしてくれ」
気が付くとプチ会議になってしまったが、風呂の湯も一杯になる頃合いで切り上げることにして、今晩は解散した。
エミリアはそのまま魔術学院へ、サキさんはミシンで作業を再開して、残った俺たちはこれから風呂場に直行である。




