第552話「サキさんの悩み」
広間のソファーでは、あれからずっと寝ているらしいレレの姿。
こっちはエミリアと違い絶望的な寝相でソファーからずり落ちるようなこともなく、静かな寝息を立てている。
向かいのソファーではみゃーこも寝ているし、俺たちは物音を立てないように注意した。
「着替えたついでに買い物を済ませてくるわね」
ティナは声のトーンを落としたままテレポートする。
「起こしたら悪いし、俺も自分の部屋で何かしてるかな……」
「ならばわしの話に付き合わぬか」
何か言いたい事でもあるのだろうか?
俺は先日までサキさんの寝室だった空き部屋に連れて行かれた。
部屋を空けたのだから当然だが、薪ストーブすらない部屋の中は外気温と大差ない。
空気が冷えて吐く息も真っ白だ。
俺の方は魔法の鎧を着ているから特に寒さを感じないが。
「話ってなに? ここ寒くないか? 魔法の鎧貸そうか?」
「貸していらぬ。全部ハミ出るわい。それよりも重要な話があるんでの……」
サキさんにしては、いつになくはっきりとしない。
「まさかガチ悩みか?」
「うむ……。わしは、一周回って普通になったかも知れんのだわい」
「なにが?」
「ここに来て長年の夢が叶うたはずであったが……。銭湯やサロンで美少年とたわむれるよりも、普通に女を抱く方が気持ち良うての」
「ちょっと、生々しいのやめてくれない? こっちは両方未体験なんだぞ」
「む。おぬし未だ生娘であったか。そうかそうか」
引き気味で後ずさる俺に、サキさんは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
そうだ、こいつはわりと最初からこんな具合だった。
最近はホモとかあんまり言わなくなったから忘れていたが、こいつの正体は虫も食わない果実が地面に腐り落ちて、そこから全然別の木が生えてきたような存在のはず。
らしくないじゃないか。
「男色趣味はやめるのか?」
「やめん。が、理想と現実はだいぶ違ったのだわい。あれは理想であるから楽しいのであって、やはり生き物の本能には逆らえん……」
「それで良いと思うけどな。あとちょっと確認するけど、俺の体で変なこと考えたりはしてないよな?」
「ないない。それはないの!」
俺の心配をよそに、サキさんは鼻で笑いながら手を仰いで否定した。
ここまでコケにされると、これはこれで腹が立つ。
「性根が男のままではわしの目は誤魔化せん。まだまだよの」
「うーわ。失礼な!」
というか、サキさんみたいに最初から違和感ない方がおかしいだろ。
「何事も最初が肝心だからの。わしなど初っ端に小便をしたついでに二、三発かまして納得したゆえ。何一つ迷いが無かったわい」
──と、豪快な笑い。
聞いていて頭が痛くなるような内容だが、それも一理あるような気もする……。
「結局サキさんはあっち方面の経験はしないままで終わるのか?」
「うむ。こんな世界であるから腕っぷしが強ければやりたい放題の場もあろうと期待しておったがの。現実は甘くなかったわい」
結局サキさんの悩みは、趣味と現実を分けて考えるという、ごく当たり前な答えを落としどころにして終わった。
怖いもの見たさと言う意味では残念な一面もあるが、収まるべきところに収まったと言う意味では良かったと思う。
動機はどうあれサキさんを仕留めたレレには感謝しないといけないな。




