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第544話「対峙する者たち」

 新雪を踏み荒らした複数の馬の足跡は、小さな森を迂回するように続いている。

 森に生い茂る木々の間隔はそれほど狭くないが、それゆえに雪で覆い隠された地面の様子が見えない。

 下手をすれば足を取られる森の中は避けて、迂回ルートを選んだのだろう。

 俺の感覚なら地面の様子もわかるので、ここは迷わず森の中へと入った。


 森の中を真っすぐに突っ切っていると、何やら騒がしい一団の声が聞こえてくる。

 声と言うよりは、怒声と悲鳴が混じったような叫び声に近い。

 否が応でも何かあるなとわかってしまうが、このまま帰ってみんなを呼びに行こうかと迷う自分がいる。

 いや、ここを離れた時点でこの件は終わりか……。

 見に行くべきかどうか迷う自分に猶予を与えるかのように、自然と馬の歩も遅くなる。


「大丈夫か?」


 不安を転嫁てんかさせるかのようにハヤウマテイオウの首筋を撫でると、ハヤウマテイオウは少し興奮気味に鼻を何度も鳴らした。

 エルレトラの山岳地帯を連れ回した時ですら見せたことがない挙動だ。

 野生の本能で何かを感じているのだろうか?

 こういう場面では軍馬の種である白髪天狗の方が肝が据わっているように思う。

 まあ嫌々連れて行っても何だから、馬はここに置いていくか……。


「木の精霊、悪いが手綱を引っ掛けさせてくれ」


 万が一でも逃げる時に手綱の結び目がほどけなくなったら困るからな。

 俺が木の精霊に頼むと、手近な木の幹から不自然な形の枝がにょきっと生えてきた。

 相変わらずおかしな精霊魔法の使い方だと思うが、これはこれで便利である。





 馬から降りた俺は、早足で喧噪のする方向へと向かう。

 幸いとでも言うべきか、白銀の世界で真っ黒な馬を降りるということは自然と身を隠す手段にも繋がる。


 俺は森の中から状況を分析した──。


 人間の数は全部で五人、馬の数も同じく五頭、防寒着のせいで冒険者のようにも見えるが、何というかゴロツキ一歩手前の荒れくれたオーラはない。

 対峙しているのは熊かと思う程の大きなライオン……だが、背中には白ヤギの頭がくっ付いている。

 一瞬見ただけでは見逃してしまいそうなほど取って付けた感じの蝙蝠の羽と……本来尻尾がある部分には、不自然に長くて気味の悪い大蛇が生えていた。

 まるで狂人の発想で作られたようなこの生き物には心当たりがある。


『こいつはライオンとヤギと毒蛇の頭を持った魔法生物でな、空は飛ばんが知能が高くて魔法まで使いやがる……』


 いつか聞いた強面親父のセリフが脳裏をかすめた。

 その後に本で見たりユナから聞いた知識を組み上げると、魔法を使うのはヤギの頭で間違いない。

 好んで使ってくる魔法の種類は、主に精神に作用するようなものが多いとある。

 毒蛇の頭も──あの大きさだと仮に毒性が弱くても毒の量が半端ないだろうから噛まれるのだけは避けたいところだな。

 身体を操っているのはライオンの本体だと思うが、この巨体だ。物理的な怪我は魔法で癒せるが、それにも限度というものがある。


 どこを取っても脅威に違いないが、敢えて優先順位を決めるなら、ヤギの頭、蛇の頭、最後にキマイラの本体だろう。


 そして人間の方はと言えば、リーダー格と思われる屈強な男の後ろに控える魔術師っぽい優男と、男装の令嬢を思わせるような美男子が並んでいる。

 そして、キマイラを取り囲むようにして後方左右に展開した中肉中背ちゅうにくちゅうぜいの男が二人。

 ちょうど三角形の中にキマイラを閉じ込めたような陣形を取っている。


「ロディオン卿! ここは我らが引き受けますゆえ、若様を連れて早く!!」


 リーダー格と思われる屈強な男が、後ろにいる魔術師風の優男に怒鳴っている。


「王家のひざ元でこのような魔物をのさばらす訳には行かん! 騎士イグレスよ、ここで魔物を討伐するのだ!!」


 などと言いながら、魔術師風の隣にいる美男子が声を上げた。

 見た目からして何処かのボンボンかと思ったら、なかなかどうして熱血漢のようだ。


「…………」


 状況から察するに、鹿狩りか雪兎狩りにでも興じていた貴族と護衛の一団がばったり魔物と出くわした。そんなところではないか?

 キマイラを囲んでいる屈強な男と中肉中背ちゅうにくちゅうぜいコンビの三人が護衛役、美男子がお坊ちゃまで、その隣の魔術師風が教育係兼お目付け役かな?


「フレイ、ヴァイス! 距離を一定に保ちつつけん制せい!」

「はっ!!」


 護衛のリーダー格が部下の二人に命令する。

 この陣形は相手の動きを封じ込める事で後ろにいる二人の安全を確保しているのかも知れないが、これではキマイラの方も逃げるに逃げられない状態になっているわけで、討伐が前提でなければお世辞にも上手い立ち回りとは言いにくい。


「先ほども申しましたがこの魔物は魔法を使います! わたくしの抑えなしでは厳しい戦いになるでしょう。多少の危険はありますが、わたくしも殿下のお考えに賛成いたします!」


 と、魔術師風の男が護衛のリーダー格に声を掛けた瞬間、キマイラを取り囲んでいた護衛の部下の一人が、乗っている馬と共に地面に突っ伏した。


「むうっ……」

「イグレス様! フレイの奴が倒れました!!」

「フレイ!? おのれ、魔法の類を使いおったか!?」


 護衛役の陣形が崩れたことを確認したキマイラは、これから獲物狩りでも始めるかの如く咆哮ほうこうを上げた。

 こうなっては仕方がない。俺も加勢しようじゃないか。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 まるでミナトが主人公のような活躍をしそうでワクワクが止まらない。 いや、一応主人公かつ腕利き冒険者パーティのリーダーだったな···。なぜか忘れそうになるが。 人…
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