第543話「雪の散歩」
防寒着を着込んで家の外に出た俺は、馬小屋に手を差し入れる。
「街の散歩に行くぞー」
サキさんは白馬の白髪天狗、ユナは黒馬のハヤウマテイオウとそれぞれ連れて行く馬が決まっているのだが、俺は特に決まってない。
なので声を掛けて反応した方を連れて出ることにした。
「…………」
白髪天狗は暫くこちらを見てから尻を向けてしまったが、鼻を鳴らして反応したのはハヤウマテイオウだ。
雪の中では真っ黒な馬は良く目立つ。
「じゃあ、行くか!」
俺はハヤウマテイオウに跨り、昨晩降り積もったばかりの雪を蹴散らしながら家の前の森を進んだ。
魔術学院を通り越して、王都の外壁に差し掛かったところ。
これから行く場所と言えば、強面親父の宿で冒険の依頼がないかを確認するくらいだ。
といってもこの雪ではまともな依頼なんてあるはずもない──と、決めつけて掛かるのも良くないが、実際に何も無いんだよな……。
(王都の周りでも走ってみよう)
見渡す限りの銀世界を熊鹿のソリで走った時は、思いの外爽快だった。
まだ誰も踏んでいない真っ新な雪に足跡を残すのは楽しい。
あくまでも遊びの範疇なら雪があるのも悪くはないのだ。
俺は小川に嵌まらないよう気を付けながら、馬を走らせる。
普段は外壁の側面に張り付いている掘っ立て小屋たちも、雪が覆い隠して見えない。
都合の良いモノも悪いモノも全部覆い隠してしまう雪の世界だ。
ふと閃いた俺は、馬を止めて雪の下の地面に集中した。
「………………」
雪に覆われているものの、足元からは土の精霊を感じる。
精霊力では掻き消されていたと思うが、精霊そのものなら問題なく感じ取れるようだ。
これなら誤って溝に落ちるなんてこともなさそうだな。
道中では魔術師と思しき人物が畑の中で雪を吹き飛ばしている姿を目撃したが、それ以外は何もない。
きわめて平和な風景が流れ続けて、やがて荷馬車が行き交う西の街道に出た。
王都オルステインとカナンの町を繋ぐ西の街道は、王国の二大街道の一つ。
ここは執念ともいえる作業で除雪が行き届いている。
俺はそんな街道を横切ってから、さらに北へと進んだ。
暫く北へ進んだら、北の街道沿いにコイス村まで続く川がある。
ちなみにこの川には橋が掛かっていない。
川の向こう岸に行きたければ、王都の中にある橋を渡る必要があるのだ。
まあこれはわざと不便にしている節があって、おおかた魔物の移動を阻害する目的があるのだと思う。
誰かに聞いた話ではないが、ここで生活しているとある程度の察しはつく。
!?
そろそろ引き返して王都の中にでも入るかと思い始めた頃、川沿いの道に馬の足跡を見つけた。
最初は雪を踏み荒らしたのかと思ったが、よく見ると四~五頭の馬が移動した跡のようだ。
おそらくは王都の北西出入り口から川伝いに走ってきたのだろう。
(同業者か? こんな雪の中で?)
川の向こう岸ならともかく、こっち側には村も集落もなかったはず。
それとも何かの討伐か?
それはそれで興味がある。馬の足跡を追ってみようか?
遠巻きに見て何かありそうなら、勘付かれる前にさっさと逃げればいいしな。
足の速いハヤウマテイオウを連れてきて正解だ。
俺は気分的に身を屈めながら、馬の足跡を辿ってみた。