第541話「朝の出来事①」
家に戻った俺たちは、暖炉に火を入れて風呂の支度をした。
「サキさん一番にどうぞ」
「うむっ。よきにはからえ」
「いらんこと言ってないではよ入れ」
今日は特に冷えると思って少しだけ木窓を開けてみると、また雪が降りはじめた。
「積もりそうですか?」
「どうだろう……積もりそうだな」
オルステイン王国の雨雲は西の空から流れてくる。
元々降水量の多い国なので、極寒の冬場には自然と豪雪に見舞われることが多い。
雪さえなければまだ我慢もできるのだが、元々が雪国育ちではないので慣れない。
いや、下手に雪国育ちだと逆にイライラするかもな──。
「あがったわい」
俺が夕食の後片付けを手伝っていると、風呂からあがったサキさんがいつものように全裸のまま広間に出ていくのが見えた。
……短い悲鳴と共に、椅子か何かを倒したような音が聞こえる。
「またエミリアか。しょうがないな」
「ほんとしょうがないわね」
多分俺たちの中では一番サキさんのアレを見た回数が多いエミリア。
きっと旦那のモノよりも見た回数が多いのではないだろうか?
いい加減もう慣れて欲しいと思う。
「あれな、悲鳴上げてるわりには指の隙間からしっかり見てるからな」
「あ、やっぱり……」
「レレみたいにまじまじと観察するのも結構やばいと思うけどな」
なんかろくな奴がいない気がする……。
まあいい。
夕食の後片付けをしていた俺たちだったが、急遽エミリアの分の夕食を作ってから風呂に入ることにした。
俺たちが風呂からあがった時には、食事を終えたエミリアの姿はもうなかった。
サキさんも自室に籠ったままのようで、今日は広間で酒を飲む姿もなし。
今日はレレは来てないのか?
少し寂れてしまったが、たまにはこんな日もあるだろう。
俺も自分の部屋に戻ってから、日課の手入れをした後で寝ることにした。
翌朝、特に変わったこともなく、いつもと同じ朝を迎える。
昨晩降っていた雪は、とうとう止むことがなく今も降り続いている。
朝のテーブルについているのは、俺たち四人とエミリアにレレを合わせた六人。
「以前エミリアがくれたテレパシーの護符なんだが……」
昨日の出来事を思い出した俺は、エミリアにテレパシーの護符の作り方を聞く。
「あれは図書館の禁書庫で見つけた本に書いてありました。本自体が魔法の塊ですから、不注意で傷付けると命に関わります。流石に本物は持ち出せませんが写本したもので良ければ後で持ってきますよ」
「禁書庫まで漁ってんの? あんたも相変わらずだね」
「ところでコイス村で釣ったサムクラの正体はわかったんですか?」
ユナが怪物魚の話題を出すと、エミリアは歯切れ悪く呟きながら首を傾げた。
「今のところ誰も知らない生き物……本でも見たことがない生き物です。キメラの一種かと思いましたが、魔術で融合された形跡もなくお手上げ状態です。自然の生き物なら何らかの形で繁殖しているはずなんですが、他に仲間がいるような雰囲気では無さそうでしたし……」
昔からあの湖に棲んでいたわけではないと聞くし、どこかの川から泳いできたのかも?
「誰かが放流したとかはないんですか?」
「あの村でか?」
「例えばですけど、趣味で飼っていた魚が手に負えなくなって王都の川に捨てたとか……」
趣味で飼っていた巨大ムカデを逃がした貴族もいたし、ありえなくもない話だ。
なんにせよ、突然変異ならともかく、あんな怪物魚が研究の対象にもならずに今まで生息していたと考えるのは少し不自然ではある。
「エミリア、オルステイン以外の生き物も当たってみたらどうだ? 外来種かもしれんぞ」
「外来種……国外から来た種類ですか? コイス村の寒さにも耐えられるということは──東のマルスヘイム帝国から持ち込まれた線が濃厚ですね!」
何かを思いついたように勢いよく立ち上がったエミリアは、何食わぬ顔でレレのベーコンサンドに手を延ばしたと同時にテレポートで消えた。
「あれ? 私のベーコンサンドが消えたんだけど?」
「うん。一瞬何が起こったのか分からなかったけど、今エミリアが持って行った」
エミリアめ。まだビックリ特技を隠し持っていたとは恐れ入った。
「冗談でしょ……」
ちなみにエミリアの両脇にはレレとティナが座っているが、報復の恐ろしさまで勘定してレレのパンを奪って行くあたり犯行の計画性が高くて感心する。
「わ、わしのを一つやるわい」
「そうかい? ありがとうサキ……」
こっちはこっちで良い雰囲気になりつつある。