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第53話「コロコロ」

 俺とユナが家に帰ったのは、昼をだいぶ過ぎた頃だ。馬小屋には白髪天狗が入っているので、サキさんはもう帰ってきているようだ。

 馬小屋から調理場を覗くと、ティナは例の魔道具を使い終わったのか、今は夕食の準備をしている。


「おかえりミナト。エミリアの方はどうだったの?」

「ただいま。あの女は色々と終わってたから、俺一人だと手に負えなかった」

「大変だったわね」


 俺とユナは玄関に回って家に入った。衝立を避けて広間を抜けようとすると、階段下のスペースに大きなミシンが置いてある。これがこの世界のミシンなのか……。



「大きいですね」

「台の部分も金属が多いから重そうだな。まるで工業用のミシンだ」

「部屋に入らぬから、広間の隅に設置したわい」


 サキさんが二階の廊下から声を掛けた。早速何かを縫うのか腕に生地を抱えている。

 俺はミシンの事はよくわからないので話しに入れなかったが、サキさんとユナがテーブルの椅子をミシンの前に移動させてあれこれ話しているので、俺は一人で自室に戻るのが寂しくなり、テーブルの椅子に腰掛けて二人を見ていた。


「サキさん、テーブルの椅子移動するの面倒だから専用の椅子買って来てもいいぞ。足踏みだから高さも合わせないとしんどいだろ」

「そうさせてもらおう。銭湯のついでに買ってくるかの」


 サキさんは布の切れ端でテストをしたあと、早速何かを縫い始めた。






 どのくらい経ったかわからないが、俺がぼーっとしていると、ナカミチが家に来た。どこからか借りてきた荷馬車に湯沸かし器を乗せてやってきたようだ。


「よおミナト。湯沸かし器が完成したんで持ってきたわ」

「遂に完成したんだな。サキさん運ぶの手伝ってくれ」

「うむ」


 ナカミチとサキさんは二人で湯沸かし器を抱えて洗い場まで運んだ。こういう時に男手があるのは頼もしい。



 湯沸かし器は鉄製の外装と、水が通る部分は銅製の二重構造になっていて、外装と中身が接地する部分にはヒノキのような木材が挟まれている。


「所々木材が挟んであるのはなんでだ?」

「ミナトは知らんのか? 種類の違う金属同士が触れてる部分に水が掛かると錆んだよ」

「そうなのか。知らんかった」

「濡れた鉄たわしを置きっ放しにして、ステンの流しが錆びたことがあるわ」

「そうそう。その原理で錆るんだわ。だから木で絶縁してるってわけよ」


 調理場から覗いていたティナが言うと、ナカミチはうんうんと頷いた。



 湯沸かし器を設置し終わったサキさんはミシンの方に戻って行ったが、俺とティナとユナはナカミチから湯沸かし器の説明を受けていた。

 設計自体は俺たちが考えたものだが、想像していたよりも湯沸かしの効率が高いので排水に回す水は殆ど無い状態にできたようだ。むしろ夏場は熱すぎるので弱火を使う必要があるらしい。


 排水する水量の調整レバーや、解放の駒から火の精霊石を乗せたり外したりする火バサミが本体の側面に掛けてあったりと、細部まで良くできていた。

 俺が大きなたらいを浴槽代わりにして湯沸かし器を動かすと、なかなかの勢いで湯が出てくる。たらいはすぐにいっぱいになり、ドバドバと湯が溢れてしまった。


「これだけ熱いお湯が出るなら冬でも安心ですね」

「そうね。まさかここまで上手く行くなんて思わなかったわ」

「やはりナカミチに頼んで良かった」


 上手く動作するのを確認したので、俺たちは湯沸かしを止めて広間に戻った。ティナは引き続き夕食の支度をしているようで、サキさんは縫物をしている。



「じゃあ俺は帰るからよ。荷馬車も返さねーといかんし」

「そうなんだ。飯でも食って行けばいいと思ったんだけどな」

「また今度にさせて貰うわ。銅の値段が下がるっていうんで、色々仕事が入って来てるんだよな」

「そうか。何かお礼がしたかったんだが」

「そういやミシン買ったみてーだな。サキさんは作務衣さむえとか縫えんのかな?」

「どうだろ?」

「やっぱり俺は、あれを着てないと決まらねーから、もし作れるようなら依頼したいわ」

「あとで伝えておこう」


 作務衣がどんな服か知らんが、サキさんに言えば大体わかるだろう。

 しかし相場の情報はこの世界でも早いようだ。ナカミチの所にも仕事が回っているようだし、銅の採掘場の依頼を引き受けたのは正解だったようだな。


「そういやナカミチは、こっちに来た時に体に変化とかあった?」


 俺は前から疑問に思っていたことを聞いてみた。


「変化はあったな。痔とか水虫とか……他にも色々治ってた。そんくれーかな」

「そうか。引き留めて悪かったな」


 俺は荷馬車に乗ったナカミチに手を振って見送った。



「ナカミチさんは痔と水虫だったんですね……」

「みたいだな。エミリアの話だとこっちに来たら病気が治ってたんで元の世界に返して貰った人もいたみたいだ。ユナは何か変化とかあった?」

「私ですか? 強いて言えば黒く染めていた髪が元の金髪に戻ったくらいです」

「地毛だったんだ」

「私、お父さんが英国人でハーフなんですよ」

「そうなのか。ユナの髪は日の下に出るときらきら光っていいよな」

「そうなのかな……」


 原型を留めないくらい変化してしまったのは俺とティナとサキさんだけなのか?

 それを知ったところでどうにかなる問題でもなさそうだが、一応三人のときに報告だけはしておいた方が良さそうな情報だ。






 俺とユナが家に入ると、夕飯の仕込みを終えたティナが銭湯へ行く準備をしている。それを見た俺とユナも急いで準備をして出かけることにした。

 サキさんは銭湯のついでにミシンの椅子を買ってくると言って、俺たちを待たずにさっさと出て行ったようだ。


 俺たち三人は遠回りになってしまうが今日中に浴槽の手配をしてから銭湯に入った。


「王都の銭湯はこれで最後になるかもしれんなあ」

「そう考えると少し寂しい気もしますね」

「そうね。毎日三人だけのお風呂になるものね」


 俺とティナとサキさんが初めてここに来た日の夜は、バケツの水で体を拭いて終わったんだよな。銭湯に行く余裕もなかったし。あれから一カ月ほど経ったのかな?



「今日はティナもユナも肌がきれいだな」


 風呂場にいたときは気付かなかったが、脱衣所で体を拭いているときに二人の裸を見ていてそう感じた。なんだか肌の光沢からしていつもと違う気がする。


「どうですか? あの魔道具を使うとこうなるんですよ」

「産毛でも容赦ないから本当につるつるになるわよ」

「そうなのか……」


 俺はティナとユナの体を触らせてもらったが、確かに全く抵抗がないくらいつるつるになっていた。


「気になる所も全部処理できるからすごくいいですよ」

「あの値段でこれなら安いと思うわ。ちょっと信じられないわね」

「こうして肌が触れ合うと気持ちいいんですよー」

「ミナトも家に帰ったらコロコロ使ってみるといいわ。感動するわよ」


 ユナはティナに抱き付いて、裸同士で体を擦らせてみせた。

 ううむ。そんなに気持ちが良いなら俺も使ってみよう。肌の光沢感が凄くてちょっと羨ましいし……。






 家に帰って髪を乾かしているときに、俺は怪しい魔道具の使い方をユナから教わった。

 この怪しい魔道具は、ティナが勝手に「コロコロ」と命名していたので、俺もそう呼ぶことにする。


 コロコロの見た目は野菜の皮むき器のような形状で、本来なら刃が付いている部分に琥珀のような素材のローラーが付いている。

 特に面白いのは、ローラーの部分を軸にして、取っ手がバタフライナイフのように二枚に割れて裏表にひっくり返せる構造になっているところだ。


 取っ手が銀一色のときは美容効果、バタフライナイフの要領で取っ手をくるっと裏返せば、銀と黒のストライプになる。その状態で使えば脱毛効果らしい。


 スイッチやボタンを使わずに切り替えをする工夫だろう。上手くできてるな。


「いまいち良くわからん。ティナは夕食の準備があるから、ユナに手伝ってほしい」

「いいですよ。何時間か掛かるので、今日は上半身だけですね」


 俺は夕食ができるまでの間、脱衣所でユナにコロコロしてもらうことにした。



「……かなりこそばゆいな。しかも転がってるだけで何が起きてるのかもわからん」

「そうなんですよ。全然手応えが無いので不安になります」

「これ抜いた毛はどこに消えてるんだ?」

「たぶん消滅してますね。掃除機がないので私もティナさんも洗い場で使ってたんですけど、明日からは部屋で使う方がいいかもですね」

「そうしよう。明日は浴槽の設置で洗い場も使えないし……」


 ティナに呼ばれるまで上半身をコロコロされた俺は、今までとは全く違う自分の肌質に感動してしまった。

 バカバカしい魔道具だと思っていたが、自分の間違いを認めてやろうじゃないか。






 俺とユナが広間へ移動すると、エミリアとサキさんも揃っていた。といってもサキさんはミシンの方で作業しているが。食事が運ばれるギリギリまで縫い続けるようだ。

 テーブルにはきちんと六脚の椅子が並んでいるので、ミシンで使う椅子はちゃんと買ってこれたみたいだな。


 俺がサキさんの作業を見ていると、ティナとユナが食事を運んで来た。今日の夕食はハンバーグだ。俺はテンションが上がって他のおかずには興味が沸かなかった。


「ちゃんと肉汁が出るやつだ。もう毎日これでいいな」

「さすがに毎日はきついですよ」


 朝の魚は恐る恐るだったエミリアも、これは気に入ったみたいだ。ハンバーグは最初から切れてないので、エミリアのナイフとフォークも遺憾無くその機能を発揮している。



「サキさんって作務衣さむえとか言うの縫えるか?」

「縫ったことないが形はわかる。それっぽいのは作れるであろう」

「ナカミチがその何たらって服じゃないと、作業に身が入らんそうだ」

「では作るかの」


 エミリアが帰ったあと、俺たち四人は広間の方でくつろいでいた。サキさんが広間で作業しているので、何となく全員そこにいるのだ。

 この日サキさんはずっとミシンと格闘していたので、俺とティナとユナの三人で洗濯をして、歯磨きだけはサキさんも呼んで一緒に終わらせた。


 明日は色々やることも多いから、今日は早く寝ないといけないな。


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