第533話「宴会を横目に」
ユナが油の入った鍋を火にかけてもなお、ティナたちが戻ってくる気配はない。
俺はボウルに落とした卵と冷水を手早くかき混ぜてから、薄力粉をぶち込む。
「ここは俺がやるから、ユナは適当に配るための皿を用意してくれ。サーラは家の調理場に戻って手を洗って来るといい」
確かティナは薄力粉をあまり混ぜないで使うと言ってたっけ。
何だかんだで調理場に居ることが多かったので覚えていることは多い。
「魔道具はすぐわかりますか?」
「流しの横に水を張った水瓶があるから、それに手を突っ込めば臭いも全部消えるよ」
なんてことを言いながら薄力粉を混ぜていると、さっそく混ぜ過ぎた……。
サーラの手前、ちゃんと料理も出来るお姉さんを演じようと見栄を張ったのが原因だ。
まあいいや。
過ぎたことは仕方がない。
微妙な出来のやつは大酒飲んで騒いでいる男衆に持って行こう。
どうせ酒が回り過ぎて何食べてもわかんないだろうし。
「そろそろかなー」
菜箸からしたたる衣を一滴落としてみると、熱した油の上でいい音が響く。
じゃあ始めようか。
俺は小魚を一匹ずつ衣に浸して、油の上にそっと浮かべた。
やはり一匹が小さいぶん、小魚の天ぷらは想像以上に早く揚がる。
生煮えだと困るので試しに一つ食べてみたが、身は脂身の少ない青魚みたいだった。
揚げ時間は良いと思う。
これはこれで悪くないが、何かもう一味加えたい食感だな。
「青のりでも混ぜれば良さそうなんだが……」
「そういえば海苔とかは見ませんね」
ユナは揚がった天ぷらを手早く皿に盛り付ける。
「ユナもサーラも出来たやつからどんどん持って行って」
回転が早いと衣の減りも早い。
この調子だとあと二回は衣を作らないと足りないな。
いい感じに揚がったやつはエミリアとカルカスのおっさんに食わせてやろうか。
「ティナさんたち戻ってきましたね」
あっという間に空になった皿を戻しに来たユナが村の入り口の方を見る。
ざっと見た感じ、ティナ、エミリア、レレ、もの凄く迷惑そうな顔をしている導師モーリンに、緑のとんがり帽子がトレードマークの学院長先生、名前は知らないがエミリアのゴミ部屋を片付けていた時に随分怒りながら本の整理をしていた女生徒と……あとの人は良くわからない。
全部で八名くらいがサムクラを取り囲むようにして儀式テレポートを行っている。
行き先は──魔術学院のグラウンドだろうか?
ああ! もう! 魔術師を数えながら衣を作っていたらまた混ぜ過ぎた。
結局、儀式テレポートはすぐに終わり、ティナ、レレ、カルカスの三人を残して他の魔術師たちは学院に帰ったようだ。
「まあ後はエミリアが何とかするでしょ。自分のことだし。もう学院の席はないのにお構いなしの根性は私も見習いたいね」
「あれは見習わんでよい。ハァ……」
レレとカルカスのおっさんは、サムクラの見張りから解放された兵士たちを引き連れて宴会の場に乱入していった。
「まあ。ミナトが揚げてるの?」
目立たない所で一人天ぷらを揚げていた俺を見付けたティナは、小走りでこちらに向かってきた。
「ナカミチが揚げる予定だったけど、結局酒飲みになったみたいで……」
小魚の残りからして、これが最後の衣作りだ。
ようやくよそ見をする対象もなくなったので、俺は三度目の正直で失敗を回避した。
というか、ぐるぐる混ぜずに薄力粉を切るようにしたらうまく行った。
このやり方は覚えておこう。
「おお……」
衣が軽く広がりながら揚がる。
俺のイメージする天ぷらだ。
「その辺で上げていいわよ」
「もういいのか?」
「……ん。完ぺきじゃない」
川魚はしっかり熱を通しておこうと揚げていたが、俺のはやり過ぎだったようだ。
ティナのタイミングで揚げた小魚の天ぷらは身崩れもよく別物の食感だった。
揚げるだけなら誰でも出来ると踏んでいたけど、揚げ方一つでこうも違うとは……。
完ぺきな出来の天ぷらは、村の女性陣とカルカスと兵士たちだけで食べた。
酒も飲まずに宴会の世話ばかりして散々後回しになった分の埋め合わせである。
「エミリアにも後で届けてやろう。今はサムクラのことで頭がいっぱいだろうけど、自分だけ食えなかったと知ったらその後が面倒だ」
「後で一度家に帰る予定だから、その時に渡しておくよ」
「それにしてもこの天ぷらとやらは美味であるな。我が国特産の塩も良い加減じゃ」
カルカスのおっさんは小魚の天ぷらがお気に召したらしく、周りの兵士が遠慮するのをいいことに一人でひょいぱくと平らげてしまった。
「カルカス様、もうそろそろ館に戻りませんと明日のご予定が」
「うんむ。では酒の興が冷めぬように村を発つとしようぞ」
兵士に耳打ちされたカルカスは、俺たちと村の女たちにだけ別れを告げると、特に振り向くこともなく颯爽と帰ってしまった。