第531話「闇の精霊」
怪物魚を水面に浮かせてから釣り上げるまでに、それほどの時間は掛からなかった。
魔法の明かりで良く見えるが、サイズ的には6メートルか7メートルくらいだと思う。
俺は20メートルだの30メートルだのと言うモンスターサイズを想像していたのだが、現実味のあるサイズが返って不気味さを増している感じだ。
「サメかな?」
「ナマズではないかの?」
「サンショウウオにも似ているわね」
「なんか色々混ざってんなー」
そう、釣り上げたは良いがここにいる誰もがその正体を知らない。
サメの仲間にも見えるし、ナマズの仲間にも見えるし、サンショウウオの仲間にも見える。
しかし色んな生き物のパーツを魔法で無理やり組み合わせたキメラ的な違和感は感じなかった。
俺も色々なモンスターを見てきたからわかるが、これは自然に生まれた生物に違いない。
「これがサムクラなんかの?」
「学院へ持ち帰る前に村長に見せて確認した方がいいな。もういい加減撤収するぞ。みんな釣り具を片付けて」
俺の号令一下、みんなそそくさと釣り具を片付け始めた。
というか、結構な数の小魚が獲れているぞ。
体長は8センチにも満たない小魚だが三桁はあるだろうな……。
「おおお? 暴れ出したわい。こりゃいかん!」
釣りが終わって完全に油断していたら突然怪物魚が暴れ出した!
もはや針も抜いてあるので、押さえ付ける手段もない。
「サキさん! 魚からナカミチを遠ざけろ! 早く!」
「うむ!!」
突然大暴れを始めた怪物魚に驚いたのか、硬直して動けないナカミチをサキさんが避難させる。
「ティナはもう一度湖に氷を張って退路を断ってくれ」
「えっ?! それは間に合わないかも」
いかにティナと言えども、一瞬で分厚い氷になるまで凍らせるのは無理か──。
怪物魚は逃げ場がわかっているのか、氷の溶けた場所に向かって体をくねらせた。
「ちょっと間に合わんか。エミリア、雷の魔法で絞めてしまえ!!」
「そんなことをしたら身が焼けてしまうじゃないですか!!」
それはそうだが獲り逃すよりはいいと思うけどなあ。
攻撃を放棄したエミリアは障壁の魔法で行く手を阻もうとしているが、怪物魚の執拗な体当たりを食らって障壁が壊された。
壊れるのかあれ? 結構硬い障壁だと思うんだけど。
なんにせよ、こういう時こそ魔法の矢の出番なのに、あれはもう無いんだよな……。
土の矢で一時的に石化させれば、それだけで解決する場面なのに。
「真っすぐ氷の張っていない方向に逃げてるよね。もしかして賢いの?」
レレは見学を決め込んだらしい。
困ったな。
「ま、まあ良い思い出にはなったし、ここは逃がしてあげても……」
「いやです!! だめです!! ミナトさんお願いします何でもしますからーーっ!!」
再度障壁の魔法で食い止めようとするエミリアが涙目で叫ぶ。
仕方がない。
そもそも俺は冷気の精霊と相性が悪いから、氷上でどこまでやれるかわからないが。
「出てこい闇の精霊シェイド!」
闇の精霊とも相性がよろしくないのだが、ここは頑張るしかない。
俺はシェイドを1体だけ呼び出した。
具現化した闇の精霊は、黒いモヤのような見た目をしている。
幽霊と言えば、そう見えなくもない……。
「へえ、それが精霊魔法なの? 魔術師の魔法とは雰囲気が違うね」
完全に見学モードのレレは手を叩いて喜んだ。
「行け!!」
俺はレレの拍手を無視して、シェイドを怪物魚の脳天に直撃させる。
その瞬間、シェイドの実体は崩れて、怪物魚も大人しくなった。
『…………』
突然の静寂にその場の全員が無言になる。
「……今のうちだ。今のうちに陸まで運ぶぞ」
俺が小声で言うと、みんながそれぞれの顔を見合わせたあと無言で頷いた。