第52話「子供服を着たい女」
広間のテーブルに朝食が並び出した頃、ようやく起きてきたユナが洗い場の方へ歩いて行ったのを確認し、俺たちはそれを待っている状態だ。
今日の朝食は、自家製ソースをかけた魚のムニエルに、卵と野菜のサラダが乗った小さな器と、キノコの吸い物だった。空の茶碗はティナに言えばその場で好きなだけよそってくれるようだ。
「なるほど。食えるだけよそってくれる方針に変えたのか」
「わしはこっちの方がありがたい」
サキさんは茶碗山盛りだ。良く朝から食えるな。皿を見ると一人だけムニエルが一枚多い。三匹から三枚下ろして六枚になるので、一枚余ったわけか。そういえばティナの分だけ小さいな。
「ちゃんと食べられるか味見したから小さいのよ」
「小さくなった方をサキさんの二枚目にすれば良かったのに……」
ユナが洗い場から戻ってきたので、俺たちは朝食を食い始めた。
「ごめんなさい。すっかり寝坊してしまいました」
「昨日は随分遅かったようだが、いい感じにはなったのか?」
「はい。凄かったですよ。あれはもう手放せないです」
魔法の櫛もそうだが、ちょっと興味が沸いてくるな。今日のユナは機嫌が良い。心なしか表情も明るくなった気がする。
「白身魚かな? フライとかにしても美味そうだな」
「そうね。臭みもなかったし、また捕まえて来たいわね」
「罠を作ってみるかの? 田舎の川では良く設置してあるのを見た」
「良くわからんからサキさんに任せる」
久しぶりの魚は美味かった。エミリアも最初は抵抗していたが、一口食ってみると美味かったみたいで、そのあとは普通に食っているようだった。
朝食が済んで片付けが終わったあと、俺は今日の予定をみんなに告げた。
「今日はこの、着た切りスズメのエミリアをもう少しオシャレにさせようと思う。俺一人でも構わないが、誰か一緒に来てほしい」
「面白そうなので一緒に行きます!」
「私は家でやることがあるから、三人で行ってきてちょうだい」
「ティナは弓の調整でもするのか?」
「ユナが買った魔道具を使ってみたいの。あれは凄いわよ」
やっぱりそっちなのか。ユナが付いてくるみたいだし、こっちは問題ないかな。
「良いか?」
「サキさんどうぞ」
「昨日ミシンを見てきたが、一つだけ良い品があった」
「ほう」
「中古品だったがの、これがどのミシンよりも良かった」
「いくらだ?」
「流石のわしも言いにくいのだが……銀貨5万6000枚である」
「他に必要な物はないのか?」
「針や糸や油、生地などを買うと更に銀貨800枚はいる」
「無いと使えないものは遠慮せずに言えよ」
俺はサキさんに金貨1136枚と、これから先ある程度自由に生地が買えるだけのお金を手渡した。
俺とティナとユナの三人はいつも冒険に関係ない服や小物を買って遊んでいるのに、こいつは冒険に必要なもの以外は買った試しがないからな。
やはりこの辺りで趣味の一つくらいは持ってほしい。頭の中が死闘と男湯だけではいつか死ぬような気がして怖いからだ……。
サキさんは白髪天狗でミシンを買いに、ティナは家で怪しげな美容器具を使い、俺とユナはリヤカーにエミリアを乗せて街の服屋へ出発した。
俺とユナとエミリアの三人で買い物というのは珍しい組み合わせだな。
「エミリアはいつも何処で服を買うんだ?」
「最初にお渡しした王都の地図に書いてある服屋さんです」
あの店か……。
「いつもそのローブだが、普段着とかはないのかよ?」
「実家に戻れば両親が用意してくれたドレスが山のようにあるのですが、学院ではこれしかありません。寝るときもこのままですよ。流石に学院内でドレスは目立ちますし」
「寝るときもそれか。ちゃんと洗濯してるんだろうな?」
「臭ってきたら実家で洗濯してもらってます」
ダメだこれは。エミリアは変なところでお嬢様体質を発揮しているようだ。それに臭ってきたら洗濯じゃあダメだろう。臭い出す前に洗濯しろよ。
「そのババ臭い下着も両親が用意したのか?」
「下着くらいは自分で選んで買っていますよ! あと、ちゃんと選んでいるのでババ臭いとか言わないでください!」
「ちゃんと選んでそれだから余計悪いわ!」
まず初めに、俺たちはカッチリ服屋の方に入店した。
「ユナ、なんというかこう、女教師っぽくしてやれ。なるべくエロい感じで」
「エロいかどうかはわかりませんが、やってみますね」
ユナはちゃっちゃと服を組み合わせると、エミリアをエロ教師っぽく仕上げた。やはりユナは選ぶのが早くて的確だ。連れてきたのは正解だったな。
エミリアは長袖のブラウスにベストとタイトスカートというセオリー通りの服を試着した。普段はローブ姿なのであまり目立たないが、やっぱり胸がでかい。
「いいな。その臭いローブを着る決まりが無いなら、普段からこれ着てろよ」
「そうですね。正式な儀式がないときの服装は自由なのでそうします。あと、ちょっと臭うとは思いますけど臭くはないと思います!」
「ちょっと臭ってる時点で臭いの! もういい加減にしなさいよ」
こいつは一着だけでは絶対にダメだ。俺はユナに言って、デザインの違うベストとスカートをもう一着、色違いのブラウスをもう三着選んでもらった。
特に一番臭くなりそうなブラウスが四着もあれば十分洗濯も間に合うだろう。
エミリアが使うかわからんが、胸元に飾る紐とリボンも二種類ずつ買った。
「学院で着るのはこれでいいだろう。いきなり少女趣味全開な服を着だしたら、遂に頭がイカレたと思われかねないからな」
「そうですね。エミリアさんくらいになると落ち着いた女性の雰囲気が欲しいですね」
続いて俺たちは、いつものフワフワ服屋に入った。最初に入ったときには頭がおかしくなりそうなくらい抵抗があったのだが、最近ではわりと気に入っている。
「ユナ、とりあえずパジャマを選んでやれ。スケスケのエロいやつでもいいぞ」
「スケスケは無さそうですが、部屋着ですしかわいいのを選んでみますね」
ユナがパジャマを選んでいるうちに、俺はエミリアに下着を選ばせてみた。
「いつも買い物に行く服屋とは全然違いますね……」
「エミリアは下着を何枚持っているんだ?」
「予備の新品を一枚合わせて五枚ですね。新品は以前ミナトさんに渡してしまったので今は四枚です」
「ちゃんと洗濯しているか?」
「股のところが汚れて臭くなってき……」
「はい。もういい。十四枚選べ。そして頼むから毎日交換しろ。このことはみんなには黙っておいてやるから、今日からちゃんとしてくれ」
「は、はいぃ……」
付いてきたのがユナだけで良かった。こんなことをティナが知ったらエミリアはこの場で正座させられて小一時間お説教が始まるところだ。
幸いこの店はババ臭い色やデザインの下着を置いてないので、何を選んでも大体かわいい物ばかりだ。なのでサイズだけ測り直してエミリアに選ばせることにした。
「パジャマはこれなんてどうですか?」
「なるほど。エミリアにはこっちの方がいいだろうな」
ユナが選んで来たパジャマは、俺たちのようなネグリジェではなく上下に別れた普通のパジャマだ。この女は大股を開いて寝るのでズボンの方が良いだろうな。
俺はパジャマも二着買った。どうせ朝洗濯するなんてことはしないだろうから、替えがないといつまでも着続けて臭くなるのは目に見えている。
「これで必要な物は揃ったな。エミリア、何か着てみたい服があったら選んでいいぞ」
「ミナトさんが着ているような思いっきり恥ずかしい服が欲しいです」
「は?」
「物心ついた頃にはドレスとローブしか着ることが無くなっていたので、私もミナトさんが着ている子供服を一度着てみたいです」
酷い言われようだ。いつもそんなふうに見られていたのか。俺も人のこと言えんけど。
「ユナ、エミリアさんが幼稚園児が着るようなデザインの服をご所望だから頼む」
「わ、わかりました」
ユナは女主人と相談して、この店で一番恥ずかしいピンクのワンピースを持ってきた。
エミリアが試着すると、おっぱいボインの大人がフリルとリボンで埋め尽くされた痛ましいワンピースを着ている状態になり、見ているこっちの胸が苦しくなった。
「か、かわいいです! これにします!!」
「良かったな。じゃあ清算を済まそう」
エミリアは姿見に映った余りにも痛ましい自分の姿に感動していた。本人が喜んでいるのだから俺はもう何も言わないが、これで外を出歩くのはやめた方が良いと思う。
「ユナ、どうするんだ? この喜びようはネタではなさそうだぞ」
「どうすればいいでしょうか? 正直とても痛ましいです」
店を出た俺たちは、リヤカーに今日の荷物と痛ましいワンピースを着たエミリアを乗せて帰路についていた。
エミリアはフリルとリボンで埋め尽くされた桃色のワンピースが気に入ってしまったらしく、試着したまま着替えずに店を出てしまった。
本人が気に入っているのだから好きにすれば良いと思う反面、尋常ではない喜びようにエミリアの人生の闇を垣間見た気がして、何とも気の毒に思えてくる。
明日からはもう少し優しく接してやるか……。
エミリアを魔術学院の正門前に降ろすと、いつも警備してる門番の二人も引きつった顔をした。門番の二人はまさかエミリアだとは気付かなかったらしく、門をくぐろうとするエミリアを慌てて止めに入ったくらいだ。
「導師エミリアも色々と疲れているから、暫くそっとしておいてほしい」
「わかりました。お忙しい方ですし、色々あるのでしょうね……」
門番の二人はそれで納得したようだ。
「あれで晩飯食いにきたらどうしようか?」
「学院の中に注意してくれる人がいることを願いましょう」
俺とユナは不安を抱えつつ家に帰った。




