第527話「謎のコンテナ①」
亀裂の中を進むと、やがて外の風音も聞こえなくなり無音の空間になる。
壁も床も一面が氷の世界。
霜のように白かった氷は、やがて濃い水色に変わってきた。
「外とは氷の成分が違うのか?」
精霊感知では良くわからない。
ちょっと舐めてみたい気もするが、氷に舌がくっ付いたら大変なのでやめた。
手袋ごしに触ってみると、若干水分で濡れているのかツルツルしている。
地面の方も壁と同じ感触だ。
今はティナの魔法で地面から浮いているので大丈夫だが、アイゼンなしで歩いたら絶対にコケる。
「下り坂になってるわね」
「ホントだ。ここで足を滑らせたら止まれなくなるぞ」
これは後で村長にも報告しておかないと、興味本位で入ったら事故が起きそうだ。
それにしても、亀裂の中は幻想的だな。
現実離れしているというか、まさに秘境を探検している気分になる。
まあ、ガチ秘境なんだけど……。
今のところ精霊感知に怪しげな反応はない。
例えモンスターといえども、好き好んでこんな場所をうろついたりはしないか……。
「下り坂がきつくなった。ここで滑ったら本当に二度と戻って来れないな」
「奥に何があるのか確かめた方がいいわね。謎を残したままで帰ると入りたくなる人もいるだろうし……」
それはある。
単に亀裂の向こう側に出るだけとか、地底湖で行き止まりとか、そういう簡単なオチで終わってほしい。
俺とティナは、ますます勾配がきつくなる下り坂を降りていった。
幸い下り坂が垂直の穴になる事もなく、暫く進んで行くと亀裂の出口が見えてきた。
「単に氷の高台が割れていただけなのか?」
俺とティナは、とりあえず亀裂の出口に足を踏み出す。
「──おっと!?」
踏み出そうとしたが、寸でのところで踏み止まった。
「魔法で浮いてるから大丈夫よ」
「ああ、そうか」
亀裂の出口には足場がなかった。
下は急斜面を流れる川がそのままの形で凍ったような地形をしている。
俺たちは、眼下の急斜面からおおよそ2メートルほど高い位置にいた。
ここから落ちて死ぬ高さではないのだが、実際に落ちたとしたら今度は急斜面を転げ落ちる羽目になるだろう。
ちなみに、ここからでは急斜面の奥は見えない。
「降りてみる?」
「せっかくだから降りてみようじゃないか」
俺たちは亀裂から飛び降りて、氷の急斜面を滑るように下って行く。
どのくらいの斜面かというと、まず道具なしでは登れないくらいの角度だ。
恐ろしいことこの上ないが、今は魔法で浮いているから落下の心配はない。
「これは川じゃなくて岩山の斜面かな? 視界に入る物全部、ヤケクソみたいに凍っているから、何がどうなっているのか頭で理解が追い付かんわ……」
「ここから垂直の崖になっているわね」
「降りてみよう」
緩やかに崖を降りていくと、次第に陽の届かない暗闇が迫ってくる。
「暗くなる前にウィル・オー・ウィスプを出して先行させるぞ」
俺は光の球を三つ出して、一つは自分たちに追従するように命じた。
残りのウィル・オー・ウィスプは崖の下を先行させている。
すると地面が見えるかどうかという所で、先行していた光の球が一つ消滅した。
「術者から離れすぎると駄目なのか?」
まあ仕方ない。周囲を取り巻く闇の精霊に負けてしまったのかもしれん。
そんなことをしていると、崖の底に到着した。
──いや、ここは崖の中腹だな。
「崖からデカい岩が飛び出しているのか?」
「何か違うわ。自然の岩がこんなに角ばっているわけないもの」
崖の中腹に飛び出た地面も氷に覆われているのだが、言われてみれば確かに、何となくだが貨物のコンテナが壁から飛び出しているような形にも見える。
「地面の裏側を見てみたいな」
俺とティナは飛行の魔法で地面の裏側に回った。
「何かの人工物くさいな、これは……」
最初に思った通り、貨物のコンテナが崖から生えているような形だ。
そしてこれは、自然に出来た岩とは根本的な部分が違う。
いわゆる「底面」には殆ど氷が付着していないのだが、鉄なのか焼き物なのかよくわからないコンテナ表面の材質が透けているのだ。
「こっちの窪みはドアかしら?」
ティナが指差した場所には、何やら不自然な切れ込みと長方形の窪み。
電車のドアのような形だが、もちろん窓は付いていない。
「どうしてこんな事になっているのか知らないけど、このコンテナは横倒しになった状態で凍っているんだわ」
「このコンテナから魔力は感じる?」
「んーー。特に何も感じないわね……」
古代の遺跡じゃないのかな?
まあ全ての遺跡が魔力を発しているとは限らないが。
「中味が気になるけど、こじ開けるなら全員揃ってる時がいいな」
「そうね。ここはまた後で調べるとして、とりあえず一番下まで降りてみましょう」
俺たちは怪しいコンテナを後にして、更に下を目指す。
といっても、それほど深い崖ではなかったんだが。
崖の下には分厚い氷の層に閉じ込められてはいるが、先程のコンテナと同形状のモノが二つ折り重なっていた。
「これって、上から落ちてきた感じかしらね?」
「たぶんそうだろうな」
何時の時代の物かは知らんけど、少なくともオルステイン王国が出来る前に作られたのは間違いないだろう。
そもそもなんで、こんな場所にコンテナを放置しているのか理解に苦しむが。
「二人で調べるのはここで終わりにする」
「じゃあコイス村に戻りましょう」
俺が探索の終了を宣言すると、ティナはテレポートの魔法を使った。
フッと視界が切り替わると、そこはコイス村の入り口だ。