第523話「コイス村の凍湖(トウコ)」
テレポーターで家の中に戻ると、完全武装の面々が居た。
これから凍った湖の上で一日中過ごすとあって、みな防寒には余念がない。
ユナ、サキさん、エミリア、レレ、ナカミチにサーラ……これに俺とティナが加わるから総勢八名、結構な大所帯だ。
「ミナトおめー、なんつーカッコしてんだ?」
ナカミチが俺をガン見しながら言う。
一瞬何の事かと思ったが、言われてみればヨシアキから貰った「例の鎧」を着たままだ。
隣にいるサーラも、少し顔を赤らめながらこちらを見ている。
「あー、断じてコスプレじゃないぞ。これは魔法の鎧で、こう見えても暑さや寒さから身を守る機能があるんだよ。エミリアが持ってる魔法の指輪と同じ能力だな」
「確かに、そういえばそうでしたね」
この面子の中では唯一、夏も冬も着た切り雀よろしく導師のローブ一枚で澄まし顔のエミリアが相づちを打った。
今日も今日とて、エミリアだけはローブ一枚だ。
「あのー、見ているこっちが恥ずかしくなるので何か羽織って頂けませんか?」
「うん……」
しっかり者のサーラに注意された俺は、何とも言えない気持ちで上着を羽織る。
ユナもそうだが、同性からの受けはすこぶる悪い。
ヨシアキなんて泣きそうなくらい喜んでくれたのにな……。
「言われてしまいましたねー」
そのユナが追い打ちをかけた。
「あ、ああぁ……」
その隣では、俺の恰好を見て顔が緩んでいたナカミチが露骨に残念そうな顔をしている。
ナカミチよ、おまえはロリコンではなかったのか?
まさかナカミチ的には俺も子供にカテゴライズされているのか?
なんてことを考えていると、テレポーターからティナが現れた。
「揃っているわね? つがいのテレポーターをコイス村に置いてきたから、準備ができ次第テレポーターに乗ってちょうだい」
ティナは白の入り江に置いてあるテレポーターを回収して、一足先にコイス村までテレポートしてから、村の入り口にテレポーターを置いて戻ってきたらしい。
「私が一番乗りしますね」
まずはユナがテレポーターの中に消える。
「相変わらず不思議な魔道具だよなー」
サキさんに促されて、ナカミチとサーラが移動した。
「一応持って行くかの……」
サキさんはロングソードの魔剣を携えてテレポーターに乗る。
それらを追うように、ティナとエミリアとレレが自前のテレポートで移動した。
テレポートが使える魔術師が三人もいるのは地味に凄いと思う。
さて、俺。
上着の邪魔になる肩と腰の部分鎧を外してから、テレポーターに飛び込んだ。
次の瞬間、目の前にはコイス村の景色が広がっていた。
「おおーっ」
山間部の中ほどに位置するコイス村は、前面の湖と背面の山々に挟まれている。
真夏のコイス村しか知らなかった俺は、雪と氷の風景に思わず声を上げた。
「湖だった場所が雪原になってますね」
「かなり広い湖だったからな。広大な平地があるように見える。山の中なのにな」
家の外で作業している村人に挨拶をしつつ、俺たちは凍った湖の上を歩く。
こんなに毎日寒いというのに、村の空気はいたって明るい。
これも村を脅かす存在がいなくなったおかげだろうか?
「ま、それも大きいだろうけど、カルカス卿の努力の賜物だね。前の領主は本当に何もしない人だったから、余計にね」
内部の事情を知っていそうなレレが答えた。
言われてみれば、放置された採石場とか廃村や荒れた畑など、思い当たる所は色々ある。
「陸地の近くは氷が厚すぎますから、もう少し奥がいいですね」
俺たちはエミリアを先頭にして、凍った湖を歩く。
村を背にすると、視界に入るもの全てが白い。
白く連なる山々の向こう側には、空の水色と同じ色をした山脈が綺麗なグラデーションを作っている。
雪を踏みしめる無数の音。
開けた湖の上には、谷の奥から冷たい風が吹いている。
「何だか不安になってきますね」
ユナが後ろを振り返りながら歩く。
俺たちの後ろには、コイス村にある家の一軒一軒から立ち昇った煙が見える。
前を向けば世界の果てのような景観。
後方の村がなければ、雪山で遭難しているようにも見える絵面だ。
完全にレジャー気分で来たはずだが、圧倒的すぎる大自然も考えものだな……。
「この辺りが良いと思います」
一番先頭を歩いていたエミリアが、後ろに向き直る。
「結構歩いたぞ。サーラは疲れてないか?」
「大丈夫です。納品に向かう方が何倍も遠いですから!」
サーラは胸を張って答えた。
「村から三百メートルも離れてなかろう?」
あれ? そんなものか。
気分的には2、3キロ歩いたような感覚だったが……。
「私が氷に穴を開ける手本を見せますから、レレとティナさんも開けてみてください」
この寒空の下、エミリアは腕まくりをして足元の氷に手をかざす。
俺の感覚では魔力の流れを掴めないが、レレはふむふむといった感じで見学している。
「…………」
何も起こらないなと見ていると、やがて「ポコッ」という小さな音と共に穴が開いた。
ようやく片手が入る程度の小さな穴だ。
「雑にやると穴が大きくなりますから、ゆっくりと丁寧に、なるべく小さく。足がスッポリ嵌まるような大穴は開けないでくださいね」
「このくらいかしら?」
「うん、できたできた。上出来だね」
エミリアが説明し終わった頃には、ティナもレレも自分で穴を開けていた。
まあ、二人の実力なら何てことはない作業ということか。
そんな訳だから、八人分の穴を開けるのに三分も掛からなかった。
「手ぶらでどうすんのかと思ってたけど、アイスドリルいらねーんだな」
自分の目の前に開いた氷の穴を覗き込みながら、ナカミチはしきりに感心している。
「ティナさん。氷の厚さはどのくらいあるんですか?」
「1メートルあるかないかってところね」
「私が開けた所はそんなに厚くなかったよ」
平らな表面とは裏腹に、水面の側は結構デコボコしてるんだろうな。
「わり―けど即席の釣り竿は5本しかないわ。針の返しも付いてねーけど、誰が使う?」
「大丈夫ですよ。コイス村で仕掛けも借りてきましたから。適当に分けてください」
細めの竹竿に丈夫な糸を結んで、その先には小さな釣り針。
即席で作ったにしては妙に完成度が高いところは、さすが職人たる所以か。
一方、エミリアが村から借りてきた仕掛けといえば、雨といのような形状の細長い木の棒だった。
一体こんな木の棒でどうせよというのか……。
「まずへこんでいる面を上にしてから、この棒が若干斜めになるように氷の穴に刺しておくんです。そうするとですね、勝手に小魚が木の棒を伝ってのぼって来ますから。後は水から飛び出してきた所を適当に捕まえるだけです」
なるほど、ここに生息する魚の習性を利用した仕掛けってわけか。
それなら氷の穴は垂直じゃなくて斜めに開けないと駄目だろう。
「村の人の話ですと、垂直の穴でも大丈夫らしいですよ」
「まあ何でもいいよ。どうせなら二手に分かれて勝負しない? どっちが多く獲れるか。勝った方は好きなお酒を買って貰える」
「よかろう」
いきなり勝負を切り出したレレにサキさんが同調した。
『………………』
二手に分かれるというキーワードに反応してか、若干名の位置が動いたように見える。
レレはサキさんに、ユナとサーラはナカミチの方に。
何とも分かりやすい構図だが、最初からナカミチの方に三人が固まったので、サキさんのチームに二人を追加して、ナカミチのチームには残りの一人を追加すればいいだろう。
「勝負なのね? いいわよ。私はナカミチの方に行くわ」
なんと、一緒に居てくれると信じていたティナが我先にとナカミチの側に付く。
「ハ、ハンデをくれ!」
要するにこっちの潮目が激悪いということじゃないか。
俺は無意識のうちにハンデを要求した。
「ちょっとミナトさん!? こっちは釣バカトリオのうちの二人がいるんですから! こっちの方が有利です!」
いや、違う。違うぞ。悪い予感しかしない。
以前、エミリアとサキさんとナカミチの釣りバカ三人組が川魚を獲りに出掛けたときの話、俺は全然興味がなかったから聞かなかったけど、ティナは知っているんだ。
ナカミチが一番釣りが上手いってことを!
もしかしたら、エミリアが絶望的に使えないだけかも知れないが……。
「レレ、魚釣りの経験は?」
「ん? よくわかんないね。魚が来たら引っ張ればいいの? ミナトは?」
「俺は釣られる側なんだよな……」
これは分が悪い戦いになりそうだぞ。