第522話「炎の竜巻」
グレンは人間の背丈よりも少し高い位置まで飛翔すると、大きく息を吸い込んだ。
一瞬の間があってから、グレンは俺に目掛けて強烈な炎を吐く。
「バカやめろ!? 土の壁よ! 炎を遮れっ!!」
まるで火炎放射器のように一直線に伸びてきた炎を、俺は寸でのところで防いだ。
火を吐けとは言ったけど、俺に向けて吐けなんて言ってない!
そうしている間にも、俺の盾となっている土の壁は煙を出しながら白化していく。
ひび割れて崩れ去るのも時間の問題だ。
「姿を現せ! 火の精霊、サラマンダー!!」
周囲から湧き出る火の精霊に命ずるも、俺の呼び掛けに応じる気配はない。
「なんで!?」
(火の精霊が魅力的に感じる方はどっちか、ちょっと考えりゃわかる事じゃろうが!)
テオ=キラめ、結果がわかっていて、わざと言わなかったな?
あとで覚えてろよ。
そろそろ土の壁も限界。これだけ強烈な炎だと水をかけたくらいじゃ消えないだろう。
「吹き荒れろ風の精霊! 渦を巻いて炎を飲み込め!!」
俺とグレンの間に割り込んで、質量を感じる突風が大きく渦を巻き始めた。
「ワワッ! 何ダコレハ!?」
調子に乗って炎を吐いていたグレンも、自分の炎が突然目の前で渦を巻き始めたことに驚きを隠せない。
炎を吐くのをやめたまま、空中で固まった。
「炎ノ竜巻ニナッタゾ!?」
「精霊が混じった? 大丈夫なのか? テオ=キラ!?」
(『交わる』は自然に起こる現象ばい。精霊が混じったらこんなものじゃにゃあで)
今この瞬間には理解が追い付かないが、とりあえずは大丈夫なんだよな?
炎の竜巻は今も俺の制御下にある。それなら──。
「竜巻よ、目の前の悪魔も一緒に飲み込んでしまえーっ!!」
「エッ?! チョ、マッテ、ウワァーーーーッ!!」
炎の竜巻に飲み込まれたグレンは、まるで乾燥機にかけたTシャツのように宙を舞った。
「イタッ! イタタッ! イタイ! イタイ! イタイッ!」
グレンの炎で崩れ去った土壁の一部も飲み込んでしまったせいか、竜巻の中で「いしつぶて」の攻撃を食らっている様子だ。
これはちょっとかわいそうだと思った俺は、速やかに竜巻を消した。
「悪い。やり過ぎた」
突然消えた竜巻の反動で投げ飛ばされたグレンの傷を癒しながら、俺はグレンに謝った。
でもいきなり本気で攻撃してきたグレンも悪い。
ついつい本気の戦闘モードにスイッチが切り替わってしまった。
「竜巻ノ炎、吸イ込ム事ガ出来ナカッタゾ!」
(風の精霊に飲み込まれたせいじゃな。得意の火炎で火の精霊に塗り替えてやりゃあ、あんなちゃっちい竜巻くらい消し飛んじょったろーに)
「ちゃちくて悪かったな」
でもいい勉強になった。
精霊を行使するさい、主導権の取り合いになったときは、精霊はより自分と関わりの強い方に惹かれるという特性があるんだな。
魔力や精霊力を源にする「魔術」には無かった特性だ。
今後グレンのように特定の属性を司るような存在や、狂った精霊と対峙する場合には、行使できる精霊の種類に制限が掛かるかも知れない。
同時に、別の精霊が交われば相手の能力を取り込める可能性も出てきた。
精霊を「混ぜる」ことは出来ないが、自然に「交わる」ことなら可能か……。
例えばだけど、水に土を含ませて泥水として行使するなんてこともできそうだな……。
「ちょっと、いつまでやってるの? もうナカミチも来てるわよ」
テレポーターから現れたティナが、呆れたように言う。
もうそんなに時間が経っていたのか?
「ミナト、俺ハココデ留守番シテモ良イカ?」
「んー、あー、そうだな。家もコイス村も寒いから、でもここ大丈夫かな?」
(わらわもここに残るけん、安心して遊んでくればよかたい)
テオ=キラが一緒なら、何かあっても逃げる知恵なり与えてくれるだろう。
「わかった。向こうで一泊することになっても、明日には迎えに来る」
俺はグレンとテオ=キラに見送られながら、テレポーターで家に戻った。




