第519話「エミリアの耳に念仏」
暖炉の前ではレレに問い質されるエミリアの姿──。
問い質されるエミリアはもちろん正座だ。
直近の問題行動では、魔界に送還するフリをして自室にグレンを隠した一件から、密出国してダレンシア王国に行った事件まで……。
流石に『猫』を買ったのは純粋な一目惚れで、交渉相手が密猟者だとは知らなかったようだが、しかし「絵に描いたような不審者でしたよ」とユナがこぼした事により、結構話がこじれた。
そういえばあの時、ユナはかなり不満そうな態度を取っていたよな……。
まあ、それで終わりかと思いきや、魔術学院の在籍時代にまで遡って出るわ出るわ、叩かなくても埃が出るような人間は生まれて初めて見た。
「大体全部察しは付いていたけど。まさかホワイトウロゥスまで持ち出していたとはね……。あれ、国宝の聖剣でしょ? 一体どうやって持ち出したの?」
「んー、んーー、ごにょごにょ…………」
何やら相当ヤバい魔法の剣を無断で持ち出した前科があるらしい。
この女、本当に大丈夫か?
「でもでもっ、問題の一つも起こさないような魔術師は探求心が足りない証拠だって学院長先生が……」
「あんたのは起こしすぎよ。どうやったら次から次にバカなこと思い付くの?」
「エミリアさんの思考回路を本にしたら、いい教科書になりそうですね」
散々ツッコミを我慢していたユナが、たまらず口を開く。
「自分で言うのもなんですが、結構すごい事もやってますからね!? そのうち教科書に載せるための肖像画を描いて貰う予定です」
「おまえが載るのは悪い例の参考書だよバカ!」
流れるようにボケたエミリアに、堪らずレレが罵声を浴びせた。
そんな俺たちをよそに、ティナは「猫」が気に入ったのかずっとそれに構っている。
仕舞いには「みゃーこ」と勝手に名前を付ける始末。
ミャーと鳴くからみゃーこらしい。
そんな名前で大丈夫か?
当のエミリアは猫の名前どころではなく、レレのお説教でかなりやられている。
「そういえば、サキさんはどこに行った?」
「随分前にお風呂セット持って出掛けましたよ」
本当にもう、各々やりたい放題だな……。
「そろそろ晩御飯の支度するからみゃーこお願い」
俺はティナからみゃーこを渡された。
こいつは一応、エミリアの使い魔なんだよな?
うちに置いていたら使い魔にした意味がないと思うんだが……。
確か、魔術師と使い魔が互いに意識を共有できる距離には限度があったはず。
エミリアが家に帰ってしまうと、みゃーこは野生の猫に戻ってしまうのではないか?
首輪とリードでも付けておかないと、いつ居なくなるかわかったもんじゃないぞ。
そもそも、いつまでうちに置いておくつもりなんだろう?
「おまえも大変だな」
俺の気分を察してか知らずか、みゃーこは「ミャー」と鳴いて答えた。
あれから暫く経ったが、まだレレのお説教は続いている。
実家と学院をフラフラと行き来していた時代ならいざ知らず、今は次期ペペルモンド爵の夫人なのだから、いい加減自覚を持てという部分で、お説教が長引いている様子だ。
「いくら婚礼の直後に旦那が遠征してもね、家の外で好き勝手したり、遠征先の野営地にテレポートで先回りしたら駄目なの。いい? なぜか私の方に苦情がくるんだからね」
ああ、なるほど……。
エミリアがなんかやると、全部レレの方に苦情が行くんだ……。
それはお説教の一つもしたくなる。
遠征軍の野営地にテレポートで先回りした話、ちょうどエミリアが目を腫らして朝食を食べに来た日だぞ。
きっと現地で旦那に怒られて帰ってきたんだろうな……。
「ミナトからも、この子が危ない事しようとしたら止めてあげてよ」
「いやー、それはちょっと難しい相談かなあ……」
前に王都の民家を調査するときに、もう独り身じゃないんだから危険なことはさせられないと思ったんだけど、言葉足らずで上手く伝わらなかった前例もあるし……。
いきなり仲間外れにしたなんて印象持たれると目も当てられない……。
「そろそろ夕飯ができる頃合いだし、今日の所は終了でいいんじゃないか?」
食事が出来上がる前の、微妙な匂いの変化を察知した俺は、レレにお説教の終わりを促した。
「でもね、言わないと分かんないでしょ」
「逆に考えるんだ。言ってわかる性格なら、今頃こんなになってない」
「あぁ……。それもそうか…………」
レレは心底悲しそうな目でエミリアを見た。
「言われなくてもわかってやってますから! そんな目で見ないでください!」
「人デナシ! イイ加減ニシロ!!」
俺たちが突っ込むよりも早く、暖炉の中に隠れていたグレンが叫ぶ。
散々レレが暖炉の前であーだこーだ言ってたお蔭で、全部グレンの耳にも入っていたらしい。
ちなみにグレンは、エミリアの魔術研究で召喚された純粋な被害者である。
「悪魔に人でなしって言われる人間もいるんですね」
ユナがとどめの一撃を放ったところで、レレの長いお説教は終わりを告げた。