第511話「常夏の日焼け」
休憩を挟んでは浜辺で遊び倒した俺たちは、テレポーターを入り江のテントに設置して、王都の家まで戻ってきた。
「全力で遊んだの、この世界に来てから今日が初めてかも……」
両肩と鼻の頭に痛みを感じながら、俺は感慨に耽った。
家の外は雪景色だと言うのに、耳の奥では今も波の音が聞こえてくる。
いつもは凍り付くような寒さの広間も、心なしか心地よい。
全身にまとわりつく気怠さも含めて、俺は今日に満足していた。
「おぉ。トマトソースだ」
「テントのついでに買っておいたのよ」
白身魚のポワレに添えられているのは、今の時期には手に入らないトマトで作ったソース。
真冬の王都では入手難の食材を手に入れることは、ダレンシア王国まで行く最大の目的であった。
これでようやく、我が家のメニューも安定するというもの。
ただ、今晩のトマトソースは急ごしらえのせいか、いつもより酸味が強い。
「いい感じに疲れてますからね。こっちの方が進みます」
それもそうか。
そしてこの、ふわふわとした魚の白身。
シアンフィの宿ではしっかりと焼かれていたが、程よい焼き加減の白身は、箸を入れただけでも軽快に身がほぐれる。
やはりこのくらいの焼き加減が一番だ。
「そういえば、エミリア来ないな」
「使い魔の契約は一昼夜の儀式魔法だから、さすがに今日は無理だと思うわ」
それなら仕方ない。
明日の朝には復活して、使い魔にした猫と一緒に現れる事を期待しよう。
熱めの風呂では日焼けの部分が痛む。
タオルで体を洗うことさえ、これでもかと言わんばかりに沁みてくれる。
「ティナもユナも焼けてないのか。あの日焼け止め、魔道具並みの性能じゃないか……」
俺はワンピースの水着の跡がくっきりと出ている自分の体に溜め息を吐いた。
焼けたと言っても赤くなっているだけで、まだ黒くなっているわけではないが。
「肌が弱いんですよ。それ、日焼けじゃなくて火傷だと思いますね。回復の魔法で治せませんか?」
「うーん……」
精霊魔法で治せないかと少し考えたが、問答無用で治すなら魔力の方が良さそうだと、俺はティナに頼んだ。
「どうやって治そうかしら? 火傷、火傷ね……」
俺たちの常識からすれば、一度日に焼けてしまったものは諦めるしか無い。
それを無理やり何とか出来るのが魔法の良い所。
常識を覆すからには、術者自身の常識も捨て去るしかないのが玉に瑕だが……。
「………………」
ティナの手が俺の日焼けに触れる。
無言の数秒──ティナが手を放すと、その部分は元通り。
手の形をした部分だけ、白くてきれいな肌が戻ってきた。
「ホントに治るんですね……」
最初に提案したユナも呆れていたが、命に関わる傷まで簡単に癒せる程の魔力なら、軽度の火傷など造作もないのだろう。
「火傷をしたら、無意識にそこを押さえるじゃない。そのイメージなら上手く行くわ」
魔法の効果自体は完璧だ。
一つ難点があるとすれば、対象に接触した部分だけが治癒される点だな。
「もう全部お願い。後でシミになったら泣くぞ」
結局俺は、頭の天辺から足のつま先まで、ティナの手が触れていない部分は一つも無いと言うくらい触って貰った。
流石に時間も掛かるので、ユナは途中で風呂を出ていったが……。
「水着の下も全部やって!」
「んー……大丈夫じゃないかしら?」
「あの白い水着少し透けてるから、水着の下も焼けてる気がするのぉ!」
全身を撫でまわす「治療」ですっかり気分が出来上がった俺は、水着の下の部分までおねだりした。
結局寝たのは、自室に戻ってから気が済むまでコロコロをした後になる……。
常夏の日焼け対策、大事なんだな。