第508話「西の入り江」
宿を引き払った俺たちは、人目を忍びつつテレポートで街の外に出た。
街から出ればこっちのものだ。
飛行の魔法で西の入り江に到着するまで、そんなに時間は掛からなかった。
「うわぁ。凄い所ですね……」
「うん……」
素直に感心するユナに釣られて、俺も言葉を呑む。
先日素通りした時にはそこまで真面目に見ていなかったが、改めて見ると最高のスポットだ。
入り江を覆う真っ白な砂浜と岸壁の岩──。
底がそのまま見えるほどに透明度の高い海。
濡れた砂浜の色を見るまでは、そこに水があるなんて思わないほどの透明度だ。
「海外旅行のパンフレットでも見たことがないわい!」
「サキさんそんなもの見てたの?」
「見るだけならタダなんでの」
俺とティナは念のため、生き物の不自然な気配が無いかを確認してから砂浜に舞い降りた。
「降りてみると結構広いですね」
確かに、上空から見た時はこぢんまりとした入り江に見えたが、実際にはそこそこ広い。
これだけの広さがあれば、プライベートビーチのほかにも色々な遊びが出来そうだ。
「ここは船で通っても見逃してしまうわね」
「岸壁の向こうが入り江になっているとは思わんだろうしな」
しかも後ろに広がっている森は結構深い。
ダレンシア王国の西半分は未開の土地だと言うから、ここが発見されるのは大分後の話になるだろう。
「焚き木の跡も無いの? ワハハ! わしが一番乗りだわい!!」
そう言うとサキさんは全裸になって、そのまま海に飛び込んだ。
せめてパンツは残しておいてくれ!
「サキさん! どんな生き物がいるかわからん! 噛み切られても知らんぞ!!」
俺が脅しをかけると、サキさんは股間を手で隠そうともせずに海からあがる。
一度本当に噛み切られた方が良さそうだな。
早く海で遊びたいのは山々だが、白い砂浜が照り返す日差しは想像以上に強かった。
仕方なく俺たちは、一旦森の中に避難する。
「ビーチパラソルに代わるような、何か日除けになる物が必要だ」
今も砂浜ではしゃいでいるグレンは良いとしても、やはり何らかの日焼け対策は欲しい。
「木の枝を組んで、屋根を作れば良いのかの?」
「シアンフィの街でオープンテントを買ってくるのが一番確実だと思います」
「買ってくるわ。他に必要な物は?」
「効くかどうかわかりませんけど、アロエに似たような植物から採れる液体が、日焼け止めになるらしいです」
「それも見つけて来るわね」
そう言うと、ティナはフッと目の前から消えた。
「ユナは空と海を見張っていてくれ。サキさんは武器を持って俺と一緒に森の中に入るぞ」
「家から取ってくるわい」
ロングソードの魔剣を取ってきたサキさんを連れて、俺は森の奥に入っていく。
「道らしきものはないの? 完全にジャングルだわい」
「でも獣がうろついた形跡はある……この辺でいいかな?」
俺は植物の精霊を行使して、木と木の間に細い蔓を編んでいった。
「こうやって森の中にフェンスを作ってやるんだ。これが破られていたら要警戒ってことだな」
「ほう……」
俺は入り江に繋がる森の中を植物のフェンスで囲った。
用心のためにサキさんを連れて来たが、目に見えてヤバい生き物が出てくることもなく作業は終わる。
「ヘビと変な虫はおったがの」
「おったんかい」
まあ、毒虫でなければ良しとしよう。
俺とサキさんが森の奥から戻る頃には、ティナとユナはオープンテントの設営を終えていた。
「もう二人で作りましたよ」
「おお、なかなかいいじゃないか」
ちょうど森を抜けた所に、屋根だけのテントが二つ並んでいる。
野外のイベント会場や、運動会などで良く見るタイプのテントにそっくりだ。
この中に椅子や茣蓙を敷けば完璧だな。
「こっちは森の中をフェンスで囲ってきた。今の所は陸地から襲われる心配はない」
「砂浜も大丈夫みたいだし、あとは海の中だけね?」
「せっかくですから水着に着替えませんか? サキさんも、次に全裸で泳いだら切り落としますよ」
「むむむむ……とぅッ!」
サキさんは後退りしながらテレポーターの中に消えた。
「次に全裸で何かしたら、幻影の魔法で『見えなく』してやろう」
「覚えていたらそうするわね」
俺たちも一度家に帰って、クローゼットから久方ぶりの水着を取り出した。
「夏の終わりに一回着て終わりだったよな」
俺のは白いワンピースの水着だ。
ティナは紺色で、ユナはピンク色だったはず。
あの時はティナに合わせて全員ワンピースにしたけど、次に水着を買うときはビキニにしよう。
ワンピースの水着だと、胸の形がきれいに出ないからな。
……ティナの体型なら、ワンピースの方が幼く見えて可愛いけど。
「ここで着替えていきます?」
「そうしよう」
俺たちは自分の部屋で水着に着替えた。




