第502話「拘束」
海の上、ティナには飛行魔法の制御に専念して貰うから、攻撃担当は必然的に俺の役目だ。
俺はこの場で行使できる精霊の存在を確認する──。
「光、風、生命と精神、水……植物?」
力の強い順に感知したが、海面から離れると水の精霊は弱まるから注意が必要だな。
何故か植物の精霊もいるけど、これは強弱が感知できない。
その辺に漂っている海草だろうか?
ちなみにサンゴは動物だが、海藻はどういう扱いになるんだ?
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「こっちに頭を向けたわ」
「海面ギリギリでやり過ごしてくれ」
俺とティナは、海面に近い位置まで降りて迎撃の構えをとる。
海面との接触を恐れていないのか、怪鳥は恐ろしく巨大な翼を折りたたんで急降下した。
「垂直に上昇して避けるわよ」
「どんな軌道を取るかわからん。少し多めに避けてくれ」
真正面から急降下してくる怪鳥、始めは遅く感じたが、近付くにつれて恐ろしいほどの速さで迫ってくるのがわかる。
「……海の水よ、俺の動きに合わせて水の壁を作れ!」
俺たちに狙いを定めた怪鳥は、大きな翼を開くと同時に足の爪を突き出す。
向こうは純粋にエサとして「捕捉」するつもりだ。
「うぇっ……」
俺たちが捕捉される寸前のタイミングで、ティナが急上昇をかける。
あまりの急加速で、内臓が押し潰されそうな不快感に襲われた。
足元からは盛大な破裂音がする。
俺たちと入れ替わるように現れた海水の壁に、翼を広げた怪鳥が突っ込んだ音だ。
「ワイバーンの時に使った戦法だ。今回は水の壁だけどな!」
急上昇した俺たちの足元にも水しぶきが振りかかる。
下の様子を見ると、怪鳥がぶつかった衝撃で水の壁は爆発四散していた。
だが、大量の水しぶきを物ともせずに、悠然と現れる怪鳥の姿──。
「足から突っ込んでも怯まないか……」
「でも速度は落ちたわ」
このまま上昇に転じさせると手に負えなくなる。
俺は出来るだけ大きなウィル・オー・ウィスプを出して、怪鳥にぶつけた。
「効いてはいるようだが、相手が大きすぎるのか……」
海水を被っている所に、ウィル・オー・ウィスプから放たれる電撃を受ければ、並みの化け物なら暫くは動けない。
しかし怪鳥はその巨体故か、一瞬は怯むもあまりダメージを負った様子はなかった。
「仕方ないわね。本気の電撃か、炎に包んで羽を焼けば……」
「向こうが逃げるか、こっちが逃げる時間があればそれでいい。やり方を変える」
上空から狙えるうちに終わらせようとするティナを、俺は制した。
「植物の精霊よ! 蔓となって鳥の翼に絡み付け!!」
全力で上昇しようと翼を広げる怪鳥に向けて、俺は植物の精霊に命じた。
広げた翼はゆうに30メートルを超える。
ちょっとした飛行機よりも大きな翼に、何処からともなく伸びてきた蔓が巻き付く。
きつく締まった蔓は、怪鳥の翼に櫛のような隙間をいくつも作った。
「胴体ごと拘束しても、引き千切られるのがオチだからな」
巨体を支えるだけの揚力を失った怪鳥は、いくら翼を羽ばたかせても堕ちて行くばかり。
けたたましく鳴きながら着水するが、島の周囲は浅い海。
怪鳥ほどの大きさなら、せいぜい足の部分が浸かる程度だ。
「これなら暫く飛べんだろう。今のうちに逃げるぞ!」
海に落ちた瞬間は、気が狂ったように翼を羽ばたかせていた怪鳥だが、すぐに自分の翼に絡まった蔓に気付いて、くちばしで解こうとする。
なかなか頭がいいな。あまり時間をかけるのは危険だろう。
「グレン、海にドボンしなさい!」
「エエーーッ!」
とりあえず海水で体を冷やすように言われたグレンが、露骨に嫌そうな顔をする。
「ごねると魔法で凍らすわよ」
「ハーイ……」
どっちがマシかを瞬時に理解したグレンは、全身から白い湯気を放ちながら海の中に浸かった。
「グレンの近くまで移動しよう」
「そうね」
すっかり熱の冷めたグレンと合流した俺は、怪鳥の翼に巻き付けた蔓を解く。
正体不明の蔓の拘束から解き放たれた怪鳥は、俺たちには目もくれず、一目散に飛んで逃げた。
「流石の怪鳥も逃げて行くか……」
怪鳥が無事に飛び上がるのを確認したら、即座にテレポートして逃げる予定だったが、向こうの方から立ち去ってくれた。
「南の方角から飛んできたわね。やっぱり海の向こうに何かあるのかしら?」
あわよくば新大陸発見だなんて思っていたけど、あんな化け物がいる新大陸なら見つけない方が良い。
「折角だ。海に浮いた鳥の羽根、記念にいくつか回収したい」
怪鳥が着水した場所には、2メートル以上もある大きな羽根が浮かんでいる。
一番小さな羽根でも50センチはくだらない。
黒と灰色の地味な配色だが、広間に飾れば冒険の記念になるだろう。
「おお……!」
超特大の羽根を海面から拾い上げた俺は、思わず声を上げた。
大きさの割には破格の軽さ。
羽根のように軽いとは、まさにこの事だな。