第500話「海岸沿いの探索」
シャリルから宝石の価値について聞いてきたユナの報告だが、結論から言うと難しい話だった。
「品質を見抜く目も必要みたいで、実際に見せて貰ったんですけど、手を出さない方がいいと思いました」
「餅は餅屋というやつだな」
「では、明日は当初の予定通りでよろしいでしょうか?」
「ですね。それでお願いします」
ユナとエミリアは午前の競りに間に合わせるため、今日は早めに休むと言って酒場を後にした。
「俺たちも上がろう。明日は陽が昇る前に出て、ダレンシア王国の西側を探索したい」
暇だからと言って、家でゴロゴロしているよりは良いだろう。
空が暗いうちに出発すれば、グレンも連れて堂々と飛行できるというものだ。
「それなら食べ物も用意しておかないと」
「うん。ここで適当に頼んでおくかな」
俺は傷みにくそうなメニューを酒場で作ってもらい、冷蔵庫のように冷たい家の広間に置いてきた。
翌日、陽が昇る前から宿の外に出た俺とティナとグレンは、闇に紛れて南の海岸まで飛行した。
「この時間帯でも、起きて作業してる人はチラホラいたな」
「下からは見えない工夫も必要ね……」
ホームではないにせよ、あまりに雑な行動は控えるべきか……。
「首都シアンフィから西側の領土は殆ど開拓されてない。街道もない未開の土地なら、好き勝手に開拓しても百年は見つからんはずだ」
「楽園デモ作ル気カ?」
「毎年、毎年、死ぬまでオルステイン王国に冬がやってくる事を想像してみろ。南の国に別荘の一つは欲しいじゃないか」
「オ……オオッ!!」
本当は街の外れに一軒あれば便利なのだろうが、シアンフィは貿易都市の側面が強すぎる。
俺としては、もっと緩い感じの南国生活が理想なんだよな。
「開拓するのはいいとして、未開の土地で安全は確保できるの?」
「いやもう、ゴブリンが生息していないだけで十分安全のような気がするんだけど……」
ゴブリンはネズミ算式に増えるからな。
下手をすると、魔法を使う魔物と同じくらいにタチが悪い。
「とりあえず海岸沿いを飛んでみて、良さそうな場所にマーキングしていこう」
俺とティナとグレンは魔法で宙に浮くと、海岸に沿って飛行を始めた。
最初は南西、次は南、地形に沿って飛ぶものだから、その次は北西に針路を変える。
すると、切り立った岩で側面を取り囲んだ入り江を発見した。
「一昨日見つけた場所よ。候補の一つになると思うわ」
それほど広くない空間だが、綺麗な砂浜と、緑がかった青色の水が目を引く。
隠れ家的なプライベートビーチには最高かもしれない。
「こういう色をなんて言うんだっけ?」
「ターコイズブルーね」
「魚も泳いでる。ちょっと降りてみようか」
俺たちは、入り江のビーチに降り立った。
海の方に気を取られがちだが、砂浜の後ろには一段高い岩場があり、その奥は森になっている。
「時間帯によっては砂場が海に沈むかもな」
「殆ど沈みそうね。岩の色を見ればわかるわ」
有力候補だが、利用するには後ろの岩場に階段を作る必要がありそうだ。
その後も俺たちは、海岸沿いを飛行して良さげなポイントを探した。
「良さそうな場所なら、チラホラとあるんだが……」
「そうね……」
「モウ、何処デモ同ジナンジャネーノ?」
グレンの言う通り、わりと似たような景色が多いので、甲乙付けられないでいる。
何かこう、特別に感じる場所を求めて彷徨っているような感じだ。
「ここだけ半島になってるんだな……」
相当な距離を飛んだ先に、大きな半島を見つけた。
半島の先には、それと同じくらいの大きさの島があって、更にその先には、半円を描くように小さな島々が連なっている。
いわゆる列島と呼ばれる地形だ。
「この半島を超えると、急に波風が荒くなったわ」
「半島の東側面までが安全圏だな……折角ここまで来たんだ、列島の先まで行ってみよう」
俺たちは半島から続く島を追いかけるようにして、列島の終端まで移動した。
この列島は、緩い弧を描きながら南東に向かって長く続いている。
列島の距離は──首都シアンフィから半島までの距離とほぼ同じくらいだと思う。
「この島で最後かな?」
外洋の海にポツンと浮かぶ小さな島。
波は嘘のように穏やかで、遠浅の海が広がっている。
島の地表は光を反射して眩しい。
角度を変えて見ると、地表は荒れた岩のようにも見えた。
「島全体がガラスで出来ているのかしら?」
「まさかとは思うけどな……」
この列島は、奥へ行くほど動植物の数が減り、最後の島ではコケのような植物すらも見なくなった。
ガラスのように光を反射する特殊な地表では、それも仕方がないか。
「地表の正体が気になる。とりあえず降りてみよう」
「待テ!!」
島に降りようとした俺とティナを、グレンが制止する。
「俺ガ先ニ降リル」
グレンはティナの飛行魔法の影響から抜けると、自前の羽で島に舞い降りた。
「…………」
特に何ともないようだが?
そう思った瞬間、グレンの足元が崩れた。
「オオッ?!」
「ちょっと、大丈夫?」
島の地面を踏み抜いたグレン。
「ヤッパリ、溶岩ダッタナ!」
地面の下には、鈍く発光するオレンジ色の溶岩が溜まっていた。
グレンは火の悪魔なので、どんな火や熱にも耐えられるが、俺とティナではアウトだった。
「助かったけど、よくわかったな」
「コレト似タノヲ、良ク知ッテイル……」
地表を壊しながら、溶岩の中を練り歩くグレン。
水飴のように伸びる溶岩を手に取ったりと、信じられない行動をしている。
確かに火の悪魔の名は伊達ではないが、石綿じゃあるまいし、そもそも燃えない生物なんてものが存在するのか?
サラマンダーのように、存在そのものが「火」であるならともかく。
不思議なものだな。