第4話「ニートブレイカーズ」
地図を頼りに冒険者用の宿へ到着した。観音開きのドアは半開きになっていて、そこから明かりがもれている。ドアの横にはプレートが掛けられていて、この店の名前が彫ってあった。
この宿は「強面親父と冒険者たちの宿」という名前らしい。凄いネーミングセンスだ。
今日は一日中色んな店をはしごしたが、どこもこんな調子だったのだろうか? 機会があったら確認して回りたい。
俺がドアの隙間から中の様子を窺おうとすると、サキさんに後ろから掴まれた。
「こういう荒っぽい世界は舐められたら終わりである。わしが前を歩く」
サキさんは俺を押しのけると、ドアを開いて真っすぐカウンターの方へと歩いて行く。俺とティナもあまりキョロキョロせずそれに続いた。
「ご主人、部屋を一つ頼めるか? それと、エミリアの紹介で来たのだが、駆け出しでもすぐに出来る仕事が欲しい」
カウンターごしに立っている親父は確かに強面であった。
日に焼けたような肌で、顔には無数の傷跡、シャツの上からでも十分にわかる筋肉……元冒険者なのかもしれない。
「初めて見る顔だな? 宿は一部屋銀貨25枚、今なら二階の角部屋が空いてるぜ。後ろの二人は連れか? どの部屋もベッドは二つしかないぞ。水が欲しい時は裏の井戸から自分で汲んで使いな」
宿代を払おうとしたサキさんは、自分が一文無しだったことに気付いて振り返り、情けない顔で掌を出してきたので、俺は慌てて銀貨を取り出した。
「これが部屋の鍵だ。部屋のドアにも鍵と同じ番号が書いてあるから自分で探してくれ。部屋に置いた荷物は自己責任だから、現金は置かない方が良いかもな。仕事の方は適当に見繕ってやる。まずは部屋に行って荷物を置いて来いよ。それから、ここにサインをしてくれ」
「名前は金払ったミナトで良いかの。ミ、ナ、ト……うむ」
話が済んだようだ。早速俺たちは二階への階段を上がり、角部屋の一室に入る。
部屋の中は真っ暗だったが、木窓を開けるとまだわずかに明るい空の光が入り込んできて部屋全体を見渡せた。
広さは六畳間程度、ベッドが二つに小さなテーブルと椅子が二つ、テーブルの上にはランプが置いてある。あとは一畳ほどの押入れがクローゼットの代わりになっていた。
「もっと酷い所を想像していたけど、そんなに悪い感じじゃないわね」
「確かに。とりあえず荷物と防具はここに置いて、槍とか弓も邪魔だから置いて行こう。剣だけ持って下りればいいかな? 俺はこの手斧を下げておくか」
俺とサキさんが武器と防具を外している途中、ティナは買ったばかりの火口箱を取り出してランプに火を灯す練習をしていた。
なかなか上手く行かないみたいだったが、サキさんが防具を外し終える頃には何とか火を灯せるようになった。
俺たちは腰を落ち着けて休む間もなく、一階の酒場へと下りて行く。もちろん部屋の施錠は忘れずにした。
階段を下りると、俺たちに気付いた店の親父に手招きされるがまま、三人でカウンターの前に並ぶ。
「お前らに出来そうな依頼は二つある。まずこっち、王都から出ている乗合馬車の護衛だ。明日の朝から出発して、隣町のカナンまで行ってもらう。そこから半日ほど歩いた場所にアサという村があるから、村の近くに住み付いたゴブリンを退治してもらおう。馬車の護衛はついでだが、荷馬車にタダで乗れるし、この辺は襲われる事もないから、路銀の足しになるだろうよ」
手早く説明をする親父。合理的で効率の良い依頼を斡旋してくれたようだ。
正直こういう話の早い奴は助かる。女子供のパーティーなので、あれこれ聞かれるかと覚悟していたが、完全自由、完全自己責任の世界なのか、冒険者だと言えば冒険者の扱いをしてくれるみたいだ。
「悪くない内容だと思うが、どうかな?」
「いいんじゃないかしら」
「うむ。任せる」
問題ないと思ったので、俺はティナとサキさんにも確認を取った。
「話がまとまったようだな。馬車の護衛はちゃんと飯も出る。成功報酬は銀貨250枚だ。ゴブリン退治の成功報酬は銀貨800枚、現地での宿や食事は村長に用意して貰え。どちらも報酬は現地で貰える手筈だ。依頼達成の報告は依頼側がすることになっているから、お前たちは何もしなくて良い」
大体三人で一日あたり銀貨70枚は欲しい。風呂に入るなら銀貨100枚だ。武器や防具もギリギリ使い物になるレベルの品質なので、いずれは買い直しが必要になるだろうし、生活用品も最低限度しか揃えられていない。
一日でも無駄にしてしまったら、一気に生活が苦しくなるだろう。不安になる。これは一人ではやっていけなかったな。
「じゃあこの二枚に依頼を受けたサインをしてくれ。パーティーの名前とリーダーの名前を頼む」
「パーティー名ってなんだ?」
「その名の通り冒険者パーティーの名前さ。依頼をこなしていくうちに特定のパーティーが指名される事もある。こちらから依頼を斡旋するときもパーティー名があると何かと便利だな」
「……考えてなかった。今から決めるのでちょっと時間が欲しい」
俺たちはリーダーとパーティー名を考えることになった。
「リーダーはミナトで良かろう」
「まじで?」
「ミナトでいいわよ」
「俺がリーダーらしいです」
俺は依頼書に自分の名前を描き込んだ。今まで自分の名前を書くのが死ぬほど苦痛だった事を思い出してしまったが、今日からは違う。この世界に来た価値はあった。
「で、パーティー名は決まったのか?」
「ふんどし男珍道中!」
「黙れチンカス。ええと……異世界の冒険者たち」
「難しいわね……ニートブレイカーズ」
『それはない』
「おい早くしろ。そろそろ店が混み始めるんだ。もうなんだ、ニートなんたらとか言うやつ、それでいいだろ。意味不明だが結構カッコ良い響きじゃないか。はよ書け!」
こうして俺たちのパーティー名は「ニートブレイカーズ」になりました……。
店の親父が言うように、下の酒場はあれからすぐに混み始めた。
俺たちはというと、他の冒険者に因縁を付けられたりすると面倒だからというティナの提案で、部屋に食事を運んで貰う事になった。
今日の晩飯は、小さめのパン二個とソーセージが二本、野菜入りのシチューである。
椅子が二つしかないので、俺がベッドの脇を椅子代わりにして三人で食事を囲った。日はすっかりと落ちたので、今はランプの明かりだけが頼りだ。
「米が無いと物足りんが、わりと美味い」
「確かに」
「今思い出したけど、調理器具は買ったのに調味料を買ってなかったわね」
それぞれが好きな事を言いながら食事を終えて、食器を片付けた後の事だった。
「ちょっとトイレに行ってくるわ」
「あー、わしも小便」
二人は便所に行ってしまった。そういえば今日は朝から一度も行ってなかったな。
道中飲まず食わずでバタバタと買い物をしていたから、微妙に行きたかったけどついつい後回しになっていたんだ。
ヤバい……。
思い出したら行きたくなってきた。しかし今の俺には……。
しばらくするとサキさんがホクホク顔をして帰ってきて、少し遅れてティナも戻ってきた。
俺は両手を内股に挟み込んでモジモジしている。タイムリミットは近い。
「俺も便所に行きたいんだが……」
「行けば良かろうが」
「しかし俺の将軍様は……不在でして……」
「うんこするとき座ったついでに小便もするだろう? それと同じである。遠慮なんかせずにジャバジャバして来るが良い」
「あー! もー! もうっ! もうっ!」
俺は便所に駆け込んで遠慮なくジャバジャバした。便所が暗かったので助かった。スッキリしたわもう。
便所一つでこれである。これから大変だな。順応できるか心配だ。したくもないが。
寝る前に、俺たち三人は井戸の所まで行って、歯を磨いたあと顔を洗った。雑貨屋でティナに買わされたヘアバンドが早速役に立つ。やるじゃん。
最後はバケツに入れた水を部屋まで運んで、暗い部屋の中で背を向けあったまま体を拭いて寝た。
ベッドは誰が二人で寝るかで揉めたが、俺のわがままでティナ一人、俺とサキさんが同じベッドで寝ることにしてもらう。
女二人なんて単純な考えで別けられると俺が寝不足必至だからな。
昨晩は早めに寝たせいか、俺一人、夜が明ける頃には目が覚めてしまった。よく眠れたので体の疲れは何ともない。夢も見なかったと思う。
ベッドの脇でごそごそしていると、サキさんを起こしてしまった。眠そうな目でじーっとこちらを見てくるので、起こしてしまって悪い事をしたなと思った。
共同生活なので、次からは気を付けよう。
「……朝立ちしとる」
「くそが! しばくぞワレ!!」
ティナも目を覚ました。