第498話「砂浜」
歩いて中央街を抜けた先には、各商会の大きな倉庫や、取引所と思われる広場があった。
それらの施設を取り巻くように、宿と酒場が立ち並んでいる。
見た目でわかるくらい年季の入った建物も多く、街が拡張する以前からここで取り引きが行われていたことを感じさせてくれる。
「ここで行商人が品物を仕入れるんだろうな」
「今宿から出てきた人たち、冒険者のパーティーかしら?」
見ると二十代くらいの女ばかり、六人組のパーティーだ。
手荷物と武器を持参で、なぜか全員ビキニ姿。
「おおう……」
精悍な顔立ちに癖のある金髪、そしてデカい乳と割れた腹筋……。
頼れる女戦士のイメージがそのまま飛び出してきたような美女揃いのパーティー。
こういうのをなんて言うんだっけ?
油を売っている船乗りたちに絡まれても、煽情的なポーズで逆に挑発する逞しさだ。
海に向かう彼女たちの後ろ姿を、飼い慣らされた子羊のように付いて行く男たち。
まるでハーメルンの笛吹きだな。
いや、単に女の尻を追いかける男たちと言うべきか?
「凄い迫力だったわ」
「女だけの冒険者パーティーなんて存在しないと思っていたけど、探せばいるものだな」
同じ女でも別の生き物みたいだったが。
こっちは魔法が使えるのに、全く勝てる気がしないくらいの貫禄があった。
本能が負けを悟るとは、まさにこの事を言うのか……。
「彼女たちが出てきた宿を覗いてみましょう。冒険者の宿かもしれないわ」
──結論から言うと、覗いてみた宿はごく普通の宿屋だった。
宿の主人が教えてくれたが、仕事が欲しい冒険者は商会の掲示板を見ると良いらしい。
陸路から海路に至るまで、護衛の仕事なら毎日腐るほどあるようだ。
ただしオルステインの街道で護衛するような、形式だけの安全な護衛ではない。
その大半が国境を越える護衛になるので、期間も長いし戦闘が起こる確率も高いようだ。
ちなみに海路の場合だが、殆ど陸沿いを進むので遭難する確率は低いらしい。
嵐などで外洋に流された時は、巨大な海の怪物に襲われることがあるそうだが……。
「決まったホームの無い冒険者なら、諸国漫遊の旅も楽しかろうな」
「ユナが聞いたら喜びそうね」
ユナ……? ああ、そうか。
確か色んな物を見て回りたいと、始めに言っていたな。
道中の景色も楽しみたいらしいから、魔法でポンと移動するのは好みではないようだし。
自分でダレンシア王国まで旅をしたのも、この思いが根っこにあるのかもな。
「しかし街の南側は、半分くらい船と商会の施設で埋まってるな」
「豪華な家もあるけど全く観光を意識してないわね」
ここは王都で言う所の外周一区に当たる区画なのかな?
金持ちだけのエリアかと思えば、ボロボロの家屋も混じっているし、よくわからない所だ。
「南の国と言うからには、水上コテージみたいな家が並んでいるんだと勝手に決めつけてた。リゾート的な街の景観は無いんだな……」
バハール地方が安全な草原なら、オルステイン王国からの旅行客も見込めるんだろうけど。
基本的に海を渡ってくる貿易船の乗組員が、ここの海を見て喜ぶとは思えないし。
「貿易船の造船所なら見応えがありそうだけど、国の敷地だから近付けないわね」
興味の湧きそうな施設は立ち入り禁止か……。
それはそうだろうな。大きな船の造船技術となれば、国家機密でもおかしくはない。
俺とティナは人目のある場所から離れると、魔法で一気に海岸まで移動した。
ダレンシア王国、首都シアンフィの海岸──。
東の岸には桟橋や港の施設があり、漁に出る船もそこから沖に出ているようだ。
俺たちが着いたのは西の海岸線。
広い砂浜には、酷く壊れて破棄された船が何隻も並んでいる。
さしずめここは船の墓場か。
それはさておき海の色は恐ろしいほどに無色透明だ。
外海に接しているわりに波は穏やかで、海の底が透けて見える。
水平線の先には何もない。
あるのはただ、青よりも深い青空のみ……。
「こんなの初めて見た」
「ええ……」
街の喧騒も生き物の鳴き声も聞こえてこない。
聞こえるのはただ、波を打つ音。
ミラルダの荒ぶる海には興味を持てなかったがここは別物。
さらさらと流れる心地よい風と、幾重にも重なる波の音には不思議と癒しの効果がある。
「宿はもういいから、この辺でキャンプでもしたいな」
俺は朽ち果てた船の日陰に腰掛けて目を閉じた。
子供の頃に行った海水浴場はむせ返るほど磯臭くて最後まで慣れなかったけど、この海は臭みが無いな……。
「……………………」
いかん。少しウトウトした。
「…………」
ティナもうたた寝か?
それはそうと、心なしか海が近付いているような……。
さっきまでは無かったはずだが、砂浜には無数の穴。
俺はカニでもいるのかと思い、興味本位で穴に砂粒を流してみた。
「おお?」
落とした砂粒を吹き払うかのように、穴の中から勢いよく空気が噴き出す。
変なカニがいるものだな。
せっかくだから、どんな姿か見てみたい。
どうすれは穴の中までほじれるのかを考えていると、不意に穴の中から白い液体がせり出してきた。
液体に見えるが個体かも?
クラゲ? ウミウシ? 残念ながらカニじゃなかった。
そんなに怖い登場ではなかったが、他の穴からも白い物体が這い出してきたので少し不安になる。
「ティナ、ここを離れよう」
流石にちょっと気持ちが悪いのでティナを揺すり起こしたが、ここで海がもうそこまで迫っている事実に気が付いた。
「遠浅の浜辺だったの?」
「ここも海に沈みそうだ」
「大丈夫よ」
まあ、ティナの魔法で浮いてしまえば、それだけで解決する話だけど……。
「これだから、始めての土地は油断できん」
「いいじゃない。ここまで来ると人の目も無いと思うから、このまま海の上を散策してみましょう」
それは面白そうだ。
陸地ではどこに人の目があるか油断できないが、沖に出ればそんな心配をしなくて済む。
幸いなことに、西側の海には全く船影がない。
「行ける所まで行ってみよう」
「いいわよ」
俺とティナは、海面から少し浮いた状態のまま、海の上を真っすぐに南下した。