第496話「シアンフィの中央街」
首都シアンフィの朝日は眩しい。
宿を一歩出た俺とティナは、思わず朝日に背を向けた。
「さて、何処に行こうか?」
「海に出るだけでも相当歩くことになるわよ」
今俺たちが居るのは街の山側だ──。
ここから海に出ようとすれば、首都シアンフィを端から端まで縦断することになる。
山の頂きから見えていた海は、想像以上に遠そうだ。
「この街は、北と中央と南で性格が変わるらしいわね」
街の北部は山と森を生活の基盤とし、南部は平地と海を生活の基盤にしている。
中央街には首都の運営機関が集中しており、古い街並みが目立つ区画だ。
「本来は中央街の部分が首都になるのよ。そこから街が大きくなるにつれて、山側と海側で独自の発展をしたようね」
「公都エルレトラもそんな感じだったな。根性で壁まで拡張しているのは、王都オルステインだけか……」
俺とティナは人通りのない裏道に入ってから、魔法で少しだけ宙に浮いた。
「歩いていたらお昼過ぎるから、魔法で高速移動するわよ。適当に走ってる振りをして誤魔化してね」
傍から見れば地面に立っている状態だが、靴底には地面の感触がない。
エアホッケーの円盤のように、絶妙な感じで浮いているんだ……。
「こ、こうか……?」
馬よりも速い速度で俺の体が前進する。
とりあえず走っているような素振りをしてみるが、人の動きと背景の流れが全然合ってない。
これではまるで出来損ないの特撮映像だ。
「この世界の人間が見ても不自然だとわかるレベルは、流石にマズいかも知れない……」
民家の窓から外を見ていた少年は、目を丸くして叫んだ。
子供だけならまだ良いけど、朝から裏庭で酒を飲んでいる大人たちにも見られた。
ああ、知らないおばあちゃんの顎が外れている……。
「世紀のビックリ人間で通らないかしら?」
「ちょっと厳しいな。人間はナナハンじゃないんだぞ」
でもまあ、なんだろうな。
王都の家で冷え切った体が温まって、まるで夏のプール帰りのようにフワフワとした気分だ。
頭も体も良い具合に温まると、不思議な気怠さが気分まで大らかにさせてくれる。
「まあいいか……。もう曲がるのも面倒だ。あの家、飛び越えてしまえ!」
「えっ? ああ、うん。任せといて!」
俺とティナは屋根よりも高くジャンプして、目の前の家を飛び越えた。
首都シアンフィの中央街──。
魔法でひとっ飛びした俺とティナは、大した時間も掛からずに到着した。
「古い街並みっていうか、建物が密集しすぎてやばい」
大通りだけは広く整備されているが、そこから一歩でも外れた途端に街は迷路と化す。
最終的に街を拡張するまで、何とか中央街の内側で事を済ませようと努力した結果なのかも知れない。
家の横に家をくっ付けて、さらにその上に家を増築するなど、混沌極まる建築だ。
「変わった建物ね。ブロックで作った家に漆喰を塗ったみたい」
山側の家もそうだが、基本的には箱型の家が多い気がする。
ビルやマンションのように、屋根の部分が平面の建物だ。
家の上に別の家が立っているので、下の家の屋上が通路になっている。
「戸は小さくて窓は大きい。色んな部分がオルステインとは逆なんだな」
戸や窓は基本的に開けっ放し。
薄手のカーテンやすだれを下ろしている家が多い。
「あれ? この階段……まさか地下街でもあるのか?」
興味本位で階段を下りた先には小さな川があった。
見たところ天然の洞窟だ。
地上に続く階段は他にもあるようで、遠くの方に白い明かりが見える。
「変な場所だな。地上に戻るか……」
中央街の大通りは活気に満ちている。
牛馬やロバの背に大量の荷を載せて歩く人、天秤棒を肩に担いで往来する人……。
腰巻にサンダルのスタイルで歩く半裸の男性も多い。
オルステイン王国ではなかなかお目に掛かれない光景だ。
「荷車見ないわね」
確かにそうだ。きっと何か理由があるんだろうな。
俺たちは道行く人々から情報を得て、冒険者が集まる建物の前までやってきた。
観光もしたいところだが、この国の冒険者事情にも興味がある。
「宿兼酒場ではなさそうだな……」
「新規冒険者登録できますって立て札があるわ」
なんだそれは?
会員制の冒険者とか、ふざけているのか?
とりあえず中に入ってみよう。
「…………」
建物の中はそこそこの広さがあり、いかにもな風格のパーティーが何組かいる。
「あそこの張り紙が依頼かしら?」
壁の一画に貼られた大量の依頼書。
討伐の依頼から探し物の依頼まで、バラエティーに富んでいる所は国が違っても同じようだな。
「見て。飼い猫の捜索依頼があるわ」
「猫探しなんてド定番だな」
「違うわ。この街には猫がいるってことよ」
「あ……」
言われてみれば、オルステイン王国では猫を見た覚えがない。
外周一区から内側に住んでいる金持ちなら飼っているかも知れないが、普段の街中で見た記憶はなかった。
というか、シアンフィでもまだお目に掛かれてないな。
「ゴブリン討伐の依頼は一件も無しか」
「ユナが言ってた事、本当みたいね」
ダレンシア王国にゴブリンは生息していない。
どうやら本当らしいな。
他の討伐依頼を見ると、聞いたことのない生き物の討伐や、犯罪集団の討伐依頼なんてモノもある。
西の隣国、ハザーン聖国で密猟されたユニコーンの角を密輸して、貿易に回す犯罪集団がいるらしい。
何気に山賊も多いようだ……。
「土地柄が出てる感じだな。オルステイン王国で山賊になったらゴブリンと競合するし、魔物相手に戦ってる兵士や冒険者に蹴散らされるわ、冬は凍死するわで真面目に生きた方が何倍も楽だからな」
街の外でも快適に活動できるから、悪さをする余裕が生まれるんだろうな。
「そろそろ誰かが声をかけてきそうな雰囲気ね」
「じゃあ出よう。今のところ化け物退治の予定はないからな」
俺とティナは逃げるようにして冒険者の建物を後にした。