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第495話「ここからここまで」

 酒場のテーブルにはまだまだ余裕がある。

 そろそろ混み始める時間だと思っていたが、山側の端っこでは立地が悪いのだろうか?


「とりあえず注文しよう」


 俺たちは適当なテーブルを選んでから、手書きのメニューを手に取った。

 言葉も文字もオルステイン王国とは若干違うものの、この程度なら大まかな意味は通じる。

 使っている文字の形も少し違うが、コツさえ掴めば頭の中で置き換えられるレベルだ。


「うーん……これと……これと……」

「デザートもあるみたいね」

「どうせ現物を見るまでわからん。今回は適当に頼もう」

「すみません。ここからここまで全部ください」


 エミリアが駄目な貴族の手本のような注文をした。

 未知のメニューと睨めっこして、当たりを引くのが楽しいのに、満漢全席じゃないんだぞ。

 食い切れなかったらどうするつもりなんだ。


 いや、エミリアの場合は全部食べそうな気がするから怖い。





 注文の料理を待つ間、俺は適当に酒場の客を目で追った。

 街の大通りを歩くそばから宿に入ったせいで、この国の人々を観察する暇もなかった。

 やはり国が違うと服装にも違いが出るように思う。

 見たところ日に焼けている人が多い気もするが、頭まで覆ったローブで日除けしている人も目立つ。

 まあ、それぞれ好きなように暮らしているという感じなのだろうな。

 中でも特に気になったのは、ムラなく綺麗な褐色に日焼けしている人の存在だ。

 オルステイン王国でも夏の日差しで日焼けする人はいるが、殆どの人は赤くなってしまうからな。

 日差しに対する強さ一つとっても、国が違えば変わるものだな。


「お待たせしました」


 さっそく一皿目の料理が来た。

 見たところ、薄い色のスープに見えるが……。


「……これは何でしょうか?」

「うーん……」


 濃厚な風味としか言いようのないスープに、食感の違う数種類の具が入っている。

 スープ単体では味が強すぎて米が欲しくなった。


「これは干し物のキノコと貝で作ったスープね」


 ティナは味の分析でもしているのか、小皿のスープをゆっくりと飲んでいる。


「こういう地味な料理が実は高いんです。エミリアさんも少しは味わってください」


 全員が小皿に取り分けたあと、スープの皿を持ち上げて直飲みしていたエミリアの手が一瞬だけ止まった。


「心配しないでください。ちゃんと味わってますよ」


 エミリアはスプーンを使って、皿の底に溜まった具を口の中に流し込んだ。


 その後も次々と料理の皿が運ばれて来る──。

 大きな葉で肉を包んで蒸し焼きにしたものや、魚介類を甘辛の調味料で豪快に焼いたもの、米粉と野菜の平焼きなど……。

 色々つまんでわかった事だが、果物以外は火を通すのが一般的らしい。

 夏にオルステインで食べたフルーツも出てきたが、完熟しているのか飴のように甘かった。

 ちなみに「ここからここまで全部」の中に酒類も含まれていたが……。


「どれも蒸留酒だなあ。口を付けただけでも焼けてしまう」


 元から水を足していない蒸留酒は結構ヤバい。

 奥の方で甘みを感じる不思議な酒もあるから、薄め具合によっては化けそうな気もするが。


「これを割るだなんてとんでもない……」


 いかん。エミリアの目が完全にわっている。

 まるでシュレッダーに吸い込まれていく書類のように、エミリアは残りの皿も平らげた。

 すると、いつの間にかエミリアの食いっぷりを見守っていた酒場の客から大きな歓声が上がる。

 幸せそうな顔で酔い潰れるエミリア。

 人一倍うるさいイビキが楽しい酒場の雰囲気をさらに盛り上げてくれた。


「嫁入り前じゃなくて本当に良かったわね……」

「まあ平常運転ですよ」

「今日はもうダメだな。追加でエミリアの部屋を取って、そこに寝かせておこう」


 俺は頭を抱えそうになるほどの金額を酒場で支払い、エミリアを連れて二階の部屋に撤収した。





 翌朝、気分が悪いというエミリアを抜きにして朝食を終えた俺たちは、一度王都の家に帰ってきた。


「朝のうちにシャリルさんの店まで行ってきます」

「商談のアドバイスでも貰うのか?」

「そんなところですね」


 ユナが言うには、馬を売る相手は貿易船の商人になる可能性が高いので、宝石について話を聞きに行くそうだ。


「予定にない取り引きになるでしょうから、現物との交換を希望する商人も多いはずです。ダレンシア王国では安く買えて、オルステイン王国では高く売れる宝石があれば、目減りを気にせずに交渉できると思うんです」


 安く仕入れて高く売るのは商売の基本だろうけど、良くやるなと感心してしまう。

 当初の予定なら、今頃エミリアを連れて港の方に行ってたんだろうけどな。

 良くも悪くも準備に使える余裕が出来たのは吉と見るべきか。


「王都は冷えるから、普段以上に着込んで行かないとダメよ」


 家を出ようとするユナに、ティナはもう一枚羽織らせた。


「俺たちはどうする? シアンフィの街でも散策してみる?」

「そうね。日焼け対策をしっかりしてから遊びに出ましょう」


 俺とティナは去年の夏に買ったボンネット帽子にマントを引っかけて、テレポーターの上に乗った。


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