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第492話「吊り橋」

 一つめの山を乗り越えた俺たちは、そこで足を止めた。

 目の前に現れたのは、山と山を結んでいる頼りない吊り橋……。

 どうやらこれを渡るのが正規のルートらしい。


「いつ落ちるかわからんような橋だなあ」

「ロープはしっかりしていますし、所々新しい張り板も見えますから、見た目よりも丈夫だと思いますよ」


 馬から降りたユナは、吊り橋のロープを持ってわざと跳ねて見せる。

 よくやるなと思いながら、俺は吊り橋の下を見た。


「うわー」


 吊り橋の長さは大した事ないが、谷底は深くて先が見えない。

 山間の谷というよりは、山の中に巨大なクレバスが出現したという方が正しいかも。


「これ大丈夫か? 足場も狭い。人なら渡れそうだが、馬はキツくないか?」

「馬は浮遊の魔法で送るか、テレポートで向こう側に移すしかないわね」

「興奮して暴れられると術を維持できません。目隠しをしてからテレポートで移すのが安全でしょう」

「ちょっとまってください」


 ティナとエミリアが馬をテレポートで送る算段を立てていると、ユナはそれを制した。


「地元の人から馬で通れることを確認しています。私は魔法が使えませんから、こういう場面での経験も積んでおきたいです」


 ユナの言い分は、俺の心中にストンと落ちるものがあった。

 便利な魔法を駆使すれば、旅も冒険も快適になる。

 が、確かに、魔法の使えない側からすれば、何一つ経験を積めないまま状況が解決することになるよな……。

 以前の俺なら安全を最優先に考えていただろうが、エルレトラの山中で大変な思いをして以来、多少なりとも冒険との向き合い方が変わってきた自覚はある。


「わかった。そのかわり、ユナ一人で渡ってくれ」

「はい。行ってきます!」

「ユナ、やめて。ミナトも──」

「いや、これはユナの冒険だ。もしもの時は魔法で助けたらいい」

「それはそうだけど……」


 ティナは納得いかないようだが、万が一には魔法で助けるという事で押し通した。

 エミリアの方は特に口を出さないから、ここに来るまでにも何度かこういう場面はあったのだろう。


『……………………』


 一人馬に跨り、足場の狭い吊り橋を渡るユナ。

 俺たちは応援に精を出すこともせず、ただ無言でそれを見守るしかない。

 山間の谷とは違う地形が幸いしているのか、急な横風に煽られることもなく安定して馬を操る。


 あと少し──。


 ユナは途中で立ち止まる事もなく、ただ淡々と吊り橋を渡りきった。

 ほっと胸をなでおろす俺たちに向かって、ユナは大きく手を振っている。


「よし次は俺が行こう」

「ええっ?」


 ユナの挑戦を見ていたら、俺もやらないといけない気分になってきた。

 精霊魔法が使えるとはいえ、俺も空を飛んだりテレポートしたりは出来ないからな。


「良い機会だから、俺も挑戦してみる」


 俺はもう一頭の馬に跨って、吊り橋に向かう。


「うわ!?」


 吊り橋が始まる少し手前のスロープで、さっそく馬のひづめが滑った。

 いくら何でも始まる前からビビったのでは情けないので、俺は歩を進める……。


「うぅ……」


 馬に乗った状態で吊り橋に侵入すると、視線の高さに比例して恐怖が倍増する。

 不安で両手を伸ばしても、俺の手が吊り橋のロープに届くことは無い。

 俺の上半身は、吊り橋のロープよりも高い位置にあるからだ。


「………………」


 馬の足元が見えないから、馬が足を踏み外していないかと不安になる。

 吊り橋はそれなりに揺れるが、これは馬の重量によるものだ。

 横風が吹いている訳ではないはず……。

 俺の体は平衡へいこうを保つのが精一杯で、貧血のようにクラクラしてきた。

 何かの拍子に引っくり返って、そのまま谷底に落ちそうな感覚に襲われる──。


 何かあっても魔法で助けてもらえるとはいえ、危険な状況は誤魔化せない。

 吊り橋のド真ん中、馬の足元が気になって下を向いたとき、谷底の闇と「目」が合った。


「…………」


 背筋に悪寒とはまさにこのこと。

 谷底の闇を目にした瞬間、俺は膝の震えが止まらなくなった。

 しかも俺の震えを何かのサインと受け取ったのか、馬は小さくいななくと、早足で吊り橋を渡り切ってしまう。


「すごい汗ですよ。怖いなら無理しなくてもいいのに……」


 ユナは俺から手綱を取り上げて、馬ごと安全な場所まで移動させた。





 何とか吊り橋を渡り終えた俺たちだったが、どうせなら谷底に何があるのか見てみたいというユナの要望に応えて、ティナはユナを連れて谷底へと降りていった。

 不可能を可能にするという側面では、やはり魔術師にかなうものはないなあ。


「いつもあんな調子なのか?」

「ええ、まあ……私も興味があることが多いので、それはそれで良いのですが……」


 谷底には興味がないのか、エミリアは俺と一緒に留守番を決め込む。

 グレンもあまり興味が無いらしく、暗い場所より明るい陽の下で飛び回っている。


『…………』


 暫く待っていると、ティナとユナが戻ってきた。

 知的好奇心を満たして来たにしては、二人とも暗い表情だ。


「モンスターでもいた?」

「今までにここから落ちた人たちが眠っていたわ……」

「ああ……」


 俺はそこから先の話を聞くのをやめた。

 街灯もガードレールも舗装も何もない危険な場所だ。

 一人で落ちたら誰にも気付かれないし、例え同行者がいても救出はできない。

 きっと何人も落ちてるよな……。


「ごめんなさい。気を取り直して先に進みます」


 ユナは一度も後ろを振り返ることなく、街道を進み始めた。


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